2025/06/21

ChatGPT登場半年後に私が考えていたこと:2023年『英語教育増刊号』(大修館書店)の原稿を転載


以下の原稿は、私が2023年の5月に執筆し、その年の夏の『英語教育増刊号』(大修館書店)に掲載していただいた「ChatGPTは孫悟空」という記事です。編集部の許可を得て、ここに転載します(ただし脚注は省略)。


記事の意図は、ChatGPTが登場して日が浅い頃でしたので、まずは比喩を使ってわかりやすくAIと人間の関係を説明するものでした。今読み返してみると、"Bard" といった懐かしい名前が出てきますが--Googleは "red alert" を経てよく盛り返したなぁ--、技術の確実な発展と引き換え、人間社会の対応はまちまちだと思います。これからしばらくは、技術的イノベーション以上に、ユーザーイノベーションによって、個人・組織・社会の競争力に大きな差が出てくると思います。


と、ついつい「競争力」という常套句を使ってしまいましたが、AIを使いこなすには、現存の制度にこだわらない、仏陀のような広く深い知恵が必要だというのは、比喩を使った下の記事に書いている通りです。記事の最後の「人間には、ChatGPTの可能性を凌駕するような広く深い知恵が必要だ。古くから人間はそういった知恵を宗教的想像力などによって構想してきた。そのような知恵を実装する社会づくりがAI時代の最優先課題になる」という考えは2年後の今も変わりません--というより、その思いは一層強くなっています。


ご興味があれば下の記事をご一読ください。

補記:ちなみにこの夏に出る『英語教育増刊号』(大修館書店)の新たなAI特集号にも、私は寄稿する機会をいただきました。今度は、激動する国際情勢の中で、日本の英語教師がもつべきAIリテラシーについて書きました。出版されましたら、こちらもお読みいただければありがたい限りです。



ChatGPTは孫悟空


ChatGPTを何に喩えよう?


ChatGPT は衝撃的だ。さらにChatGPTと同じような大規模言語モデル (Large Language Model: LLM) であるBingやBardなどが登場し、AIの利用可能性はますます増大している。「ホッチキス」や「ウォークマン」といった固有名は換喩 (metonymy) として、その製品のカテゴリー全般を代表するが、ここではそれに倣い、ChatGPTという名称を、LLM全般を表わす用語として使うことにする。


ある人々は、ChatGPTの登場をiPhone やコンピュータ・マウスの登場に喩えた。だが、電気の発明や火の発見に相当すると考える人たちもいる。ChatGPTのGPTとは “Generative Pre-trained Transformer”  という専門用語の略だが、実はGPTは “General Purpose Technology” (汎用技術)の略でもあると考えるからである。ChatGPTも汎用技術として電気や火のように人類史を変えるだろうという予測がその考えの背後にある。だが電気や火という喩えは巨大すぎてイメージしにくい。だからもっと具体的なものに喩えることにしよう。私の喩えはこれだ。「ChatGPTは孫悟空」。


孫悟空とは中国の空想小説『西遊記』に出てくる架空のキャラクターだ(漫画『ドラゴンボール』の主人公のことは今忘れてほしい)。孫悟空は、人・猿・神の性質を備えて超能力を発揮するが、単純でおっちょこちょいだ。『西遊記』は、日本では1978年のテレビ番組として有名になり、テレビ番組はその後も何度かリメイクされている。これらの番組で、孫悟空は三蔵法師が天竺に行くまでのお供をする。孫悟空は、筋斗雲・如意棒・分身の術を使いこなす[補注:「筋」は略字です]。筆者は今学期から大学の英語授業でChatGPTを、主に英会話訓練・単語学習・英語エッセイの添削と改訂の3つの分野で使っている。その経験から、ChatGPTはまさに孫悟空のように思える。



筋斗雲のように知識空間をかけめぐるChatGPT


 ChatGPTを音声での英会話訓練のために使うには、パソコンのChromeブラウザーにVoice Control for ChatGPTという拡張機能をつければ簡単にできる。筆者は上級者用と初級者用のプロンプト(=ChatGPTへの指示文)を作り公開している。上級者用は英語教師の自己研修のために使える。英語教師の多くは、表面的な会話はできても、話を深掘りする表現力がない。ChatGPTは、英語圏で知られている話題なら何でも対応できる。音楽でもスポーツでも経済学理論でも社会的問題でも何でも語りかけるといい。ChatGPTは筋斗雲に乗った孫悟空のように、英語で表現されている知識空間を自在に飛び回り、その話題に対しての詳細な情報を出しながら会話相手になってくれる。人間の英会話講師なら、学習者が勝手に選ぶ特定の話題をそこまで深く話すことはできない。また仮に何かの話題で学習者と興味が一致したとしても、学習者が次に選ぶ話題でも興味が一致するとは限らない。英語圏での知識世界を自在に飛び回り会話を成立させるChatGPTはまさに筋斗雲に乗った孫悟空である。

 初級者用のプロンプトは、中高生にも使える。ChatGPTがあまり話しすぎないように指示を出しているからだ。しかしChatGPTは、孫悟空のようにおっちょこちょいで、ついつい自分がペラペラしゃべってしまう。さらに英語圏であまり知られていない日本文化のことなどについては、知ったかぶりをしてデタラメを次々にしゃべってしまうことには注意が必要だ。



如意棒で自在に学習者の疑問に答えるChatGPT


 筆者は、所属校指定の単語集を使った語彙学習を、学生にChatGPTと対話することに任せている。学生は、単語学習用のプロンプトをChatGPTに入れた上で、自分が選んだ英単語について学びたいと告げる。ChatGPTは日本語よりも英語で対話した方が、はるかにパフォーマンスがいいので、学生には英語で対話するように指示している。学生のレポートを見る限り学生の質問や指示の英語は完璧ではないが、それでもChatGPTとの対話を続ける中で次第に学生は英語を使うことに慣れてきている。このあたり、ChatGPTは孫悟空と同じように完全な人間ではないので、学生も気楽に英語を使っているようだ。


 ここで特筆すべきは、学生が具体的な質問をすればするほどChatGPTが関連性の高い回答を出してくれることだ。まるで孫悟空が如意棒で自由自在に回答を示してくれるようだ。ある学生は(英語で)「なぜ一方で “in a circle”と言うが、他方で “in line”と冠詞なしで言うのか。 “in a line” と言ってはいけないのか?」と尋ね、ChatGPTとの対話をしばらく続けた。従来なら教師に遠慮して―あるいは教師の英語力を忖度して(苦笑)―尋ねなかったような疑問を学生はChatGPTにぶつける。それに対してChatGPTは如意棒でひょいと目的物を取ってくるように例文を示して解説をする。この例文生成能力も、多くの人間英語教師の能力を超えている。


 とはいえ、そそっかしい孫悟空は添削の見逃しもしてしまう。ChatGPTが問題ないといった英文に間違いが残っていることもたまにある。また、ChatGPTに「○○では駄目なのか」と執拗に尋ねると、実はChatGPTは誤る必要がないのに自分が間違っていたとしばしば謝る。英語教師は三蔵法師のように、そそっかしい孫悟空がしでかした失敗を見守らねばならない。



分身の術で教師のコピーを作り出す英語エッセイの添削と改訂


 英語ライティング指導で教師は添削に追われる。教師は学生の英文の語法(文法・句読点・綴り)の誤りを正した添削をしてそのポイントを提示する。だができれば文体的に改善した英文改訂案を出してそのポイントも説明するべきだ。さらには最後に励ましのことばも添えるべきだろう。これをすべて人力でやると、1人の学生あたり最低30分はかかる。実際の作業では疲れが溜まり、作業時間はどんどん長くなる。休憩時間も入れると、30分を人数分でかけた時間ではとてもすまない。これらのフィードバックを毎回・毎週やろうとすれば過労で健康を損ねかねない。


 だがChatGPTにプロンプトを入れると、これらのフィードバックが自動的にできあがる。数十人のフィードバックがわずかの時間で終わる。最初使った時、筆者は文字通り笑いが止まらなかった。まるで筋斗雲と如意棒で能力強化した教師としての自分を、分身の術で何十人にも増やしたようだ。筆者は、授業で学生にAIなしで英文を書かせ、その授業後にそれらへのフィードバックをChatGPTに作成させる。次の授業で学生はChatGPTからのフィードバックを吟味し、そこから学べたことや疑問点をレポートにまとめる。筆者はそれを授業後に読んで必要な助言を加えてその次の授業で学生に示す。このような人間の介入は必要だが、ChatGPTで教師は千人力を得る。高校生用のプロンプトも作ったのでぜひお試しいただきたい。



孫悟空には仏陀の知恵が必要


 以上、ChatGPTがなし得ることを孫悟空に喩えるという極めて非科学的な説明をした。比喩による説明は真面目な人には怒られそうだが、比喩にはある側面を強調するという長所がある。最後に孫悟空という喩えでさらに強調したい点を述べる。それは「ChatGPTは超能力をもつ、人間とは異なる別人格であり、その暴走を防ぐには人間の深く広い知恵が必要」ということである。孫悟空が人・猿・神の性質を備えているように、ChatGPTも人間に似ながら明らかに異なる思考・行動様式をもつ。孫悟空は、悪事を働けば頭に巻かれた輪を締め付けられたが、ChatGPTにも今後数々の規制が必要になるだろう。また孫悟空はある時、世界の果てから果てまで筋斗雲で移動したが、実はそれはすべてお釈迦様の手の上でのことだった。人間には、ChatGPTの可能性を凌駕するような広く深い知恵が必要だ。古くから人間はそういった知恵を宗教的想像力などによって構想してきた。そのような知恵を実装する社会づくりがAI時代の最優先課題になると私は考えている。



まとめ

★ ChatGPTは孫悟空のように超人的な能力をもっているが、少しおっちょこちょいなので、人間の監視が必要。

★ だがChatGPTに英会話訓練や単語学習の相手をさせると、学習者は自らにもっとも関連が深い学びをすることができる。英語エッセイの添削・改訂能力も驚異的。

★ ChatGPTがこれから教育界で善用されるためには、人間と地球にとって何が大切なのかを見極める人文的知恵が必要。