この度、私の古巣である広島大学教育学研究科の同僚である樫葉みつ子先生との共著論文を公刊することができました。
ちなみに、2020年4月から広島大学の「教育学研究科」は大学院改組に伴い他の研究科と共に「人間社会科学研究科」となりました。
旧教育学研究科のメンバーの多くは、現在、「教育科学専攻」に属しています。旧教科教育学専攻のメンバーの多くは「教師教育デザイン学プログラム」に所属しています。
樫葉みつ子・柳瀬陽介 (2020)
「当事者研究から考える校内授業研究のあり方」
広島大学大学院人間社会科学研究科紀要「教育学研究」
第1号 (2020) pp. 105-114
自画自賛は鼻白むものですが、教育現場経験が豊富な樫葉先生の見識と、ややラディカルな私のアイデアが融合して、それなりに面白い論文になったのではないかと思っています。
■ 校内授業研究の特徴
ここでは「校内授業研究」はしばしば次の特徴をもつと規定しました。
(a) 上から与えられる研究テーマ
(b) 分析よりも示範
(c) 前景化されにくい文脈情報
(d) 被告のような発表者
(e) 一般参加者による無難な質問
(f) 指導助言者による裁定
そういった校内授業研究にどれだけ当事者研究の考え方を導入できるかというのがこの論文の問いです。
■ 当事者研究的校内授業研究の特徴
論文では、当事者研究的な校内授業研究は次のような特徴をもつだろうと論じました。
発表者の立場から
(1) 物語様式による通時的報告
(2) 背景状況も報告
(3) 発表者による研究サブタイトルの決定
主催者の立場から
(4) 安全で安心できる場の確保
(5) 特権的な参加者を認めない
(6) 全員に協働研究当事者としての参加を求める
■ 認識論的変容と理論的根拠
論文ではさらに、上の特徴はどのような認識論的な変容を伴うものであり、どのような理論的根拠をもってそれらの特徴が好ましいと考えられるのかについての説明を加えました。ちなみに以下の番号は、上の番号に対応しています。
(1) 単一の因果関係の立証から共起的な諸要因の記述へ
(2) 個人帰属の行為主体性から諸縁による作用起因性へ
(3) 実行者から省察的実践者・探究的実践者へ
(4) 属人的で固定的な権力観から社会的で動態的な権力観へ
(5) 判断の一時停止
(6) 個人的能力の開発から社会的能力の開発へ
■ 英語教育学界の主流が量的研究であり、質的研究の普及が遅れている理由
論文で上の説明をする中で、なぜ英語教育学界で当事者研究を始めとした物語様式ひいては質的研究がなかなか普及しないかについても推論しました。
i) 学界自体の戦略:専門家としての権威を担保する
ii) 論文生産の効率性:手続きが定まっている方が執筆も評価も容易
iii) 研究者個人としてのリスク:研究スタイルをキャリアの途中で変えるのは困難
論文ではこれらは確かに学界としての理由かもしれないが、そういった学界の事情から自由な現場教師は、物語様式・質的研究に思い切って舵を切ることは可能ではないかと主張しました。
■ これからの校内授業研究はどうなるか
こういった当事者研究的な校内授業研究は、現実的に普及するだろうかという考察については、どうぞ論文をお読みください。
この論文は査読なしなので、学界での業績としては高いポイントは与えられません。しかし、私は敬愛する実践者・研究者と共同で論文が書け、かつレポジトリというありがたい制度のおかげで公刊直後から多くの人に無料で読んでいただけるので、とても嬉しく思っています。
また、当事者研究との関わりから言えば、10年以上前から興味を持ち、数年前からその英語教育界への応用について論文を書いてきたテーマに、少なくとも理論的な側面に関してはようやくそれなりのまとめを書けたのではないかと自負しています。
先日、私も一章を書かせていただいた『英語授業学の最前線』の問題意識とも重なる論考です。ご興味をお持ちの方はぜひ上のリンクからお読みください。
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