2024/08/01

ガート・ビースタ(著)、 亘理陽一、神吉宇一、川村 拓也、 南浦涼介(訳) (2024) 『よい教育研究とはなにか--流行と正統への批判的考察』 明石書店


 今月発刊される大修館書店の『英語教育9月号』に、ガート・ビースタ(著)、 亘理陽一、神吉宇一、川村 拓也、 南浦涼介(訳) (2024) 『よい教育研究とはなにか--流行と正統への批判的考察』(明石書店)について私が書いた書評記事(というよりも紹介記事)を掲載していただく予定です。

 私はまったく不勉強でこのビースタという教育学者の存在すら知らなかったのですが、読んでみたら大当たりでした。こんな本を読みたかった。私が常日頃言いたくても言語化できないことを見事に表現してくれた本でした。もちろん私にとっての発見もたくさんありました。 

 教育研究(私の関心で言うなら英語教育研究)を目指す人には全員読んでほしいと私は思っています。ベテランの研究者も--「量的研究」と「質的研究」という便利だけれどやや粗すぎる用語を使って述べるなら--、量的研究の限界を確認し、質的研究についての勉強不足を自覚するために本書を読むべきでしょう。

 この本があまりによかったので、私は書評原稿を2種類書きました。1つはこの本の良さを私なりにできるだけ忠実に伝えようとしたもの、もう1つはそれよりももう少し大胆に私の意見も入れたものです。編集部との相談で、後者の書評を掲載していただくことにしました。

 以下に掲載するのは、『英語教育9月号』に掲載しない方の書評です。本当は9月号の発行の直前に掲載する予定でしたが、本書の前に発行されていたビースタの『教育の危うい美しさ』を読んだらそれも面白くて、そのまとめもブログに掲載したく思ったので、本書の出版しない書評を本日掲載することにしました(この掲載についても大修館書店編集部の許可を得ています)。



英語教育研究の再生のための必読書


 あなたが研究者であれ実践者であれ、以下の問いが心に刺されば、ぜひ本書を読んでほしい。該当章からでいい。

 「研究者が自説に引用する理論は、研究者の信仰対象になっていないか(1章)」。「教育研究を自然科学化する動きは無条件に正しいのか(2章)」。「教育研究はエビデンスを求めるだけの営みか(3章)」。「実践とは、インプットとアウトプットの間の没個性的な生産プロセスなのか(4章)」。「教育研究は、心理学者や社会学者や哲学者が自らの専門を応用する研究にすぎないのか(5章)」。「教育における測定の過大視は、教師を技術的管理者に変え、教育の知恵を矮小化していないか(6章)」。「知識は人の主観から独立した存在か、それとも人と物理世界の間で越境的な相互作用 (transaction) が行われることで生まれるのか(7章)」。「学術出版制度は今や研究のあり方を定める政治的・経済的権力になっていないか(8章)」。

 教育学の世界的重鎮による本書は、現在流行し正統とされている研究だけが教育研究ではないことを示す。実践の個性や複雑性や価値判断を重視する研究は可能だ。評者は本書に、研究者と実践者が共に学び合える教育研究の可能性を見る。プロローグに書かれた「研究者の仕事をいくらかでもより知的なものとすること」の含意は、実は非常に深い。質の高い翻訳と訳注と共に刊行された本書を英語教育界は丁寧に読み解かねばならない。



 翻訳および訳注は優れていて読みやすい日本語になっています。とはいえ現在流行しているしか追っていない研究者は、慣れない考えが出てくるので、本書を丁寧に読む必要はあります。しかし丁寧な読解はきっと教育研究についての深い理解をもたらしてくれるでしょう。

 私の場合は、下のようにデューイやシステム理論をある程度理解していましたから、スイスイ読めました。これらの分野にある程度の知識がある人でしたら楽に読めるはずです。


John Dewey (1916) Democracy and Education (デューイ『民主主義と教育』の目次ページ)

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2013/09/john-dewey-1916-democracy-and-education.html


英語教育の哲学的探究2:ルーマンに関する記事

https://yanaseyosuke.blogspot.com/search/label/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3


英語教育の哲学的探究3:ルーマンに関する記事

https://yanase-yosuke.blogspot.com/search/label/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3


B・ラトゥール著、伊藤嘉高訳 (2019)『社会的なものを組み直す』法政大学出版局、Bruno Latour (2005) “Reassembling the social” OUP

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2019/08/b-2019bruno-latour-2005-reassembling.html



  本書『よい教育研究とはなにか--流行と正統への批判的考察』のご一読を心よりお勧めします。また『英語教育9月号』もぜひ御覧ください。



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ガート・ビースタ(著)、田中智志・小玉重夫(監訳) (2021)『教育の美しい危うさ』東京大学出版会 /Gert Biesta (2013) The Beautiful Risk of Education. Routledge