2019/05/25

遠田和子 (2018) 『究極の英語ライティング』


新しい職場では週に6コマのライティングの授業を教えています。そのうちの一つにおいて、一人の大学院生が単位不要で授業を受講してくれています。他大学からこの大学の大学院に入ったので、学術英語の書き方がまだよくわからず勉強したいというのが受講理由でした。話をもう少し聞いてみると、10年ぐらい英語論文を書いているが、頻出英語表現データベースからの出力を継ぎ合わせているだけなので、今ひとつ自分で何がよい英文なのかわからないとのことでした。

そこでお薦めしたのがこの『究極の英語ライティング』です。これまで私としてはWilliams, J. M. and Bizup, JU.  (2014). Style: The Basics of Clarity and Grace (5th Edition). Peason.を愛用していたのですが、実際にライティングを教えるとなると、この英語話者が英語話者のために書いたライティング指南は、必要以上に小難しい書き方に慣れてしまったネイティブのためのものであり、何より日本語話者の思考法などは(当然のことながら)一切扱われていません。ある程度英語を書きながらも、どこか自分の書く英語に不全感を覚え、かつそれがなぜか分析的に理解できない日本人英語使用者にとっては、この『究極の英語ライティング』の方がいいと考えました。

著者の遠田和子先生は日英翻訳家で、日々の仕事の中で「日本人である自分が自然な英語を書くには何をすればよいか」「明快で簡潔な英文の秘密は何か」を問い続けていらっしゃいます。そのエッセンスを集めたのがこの本かと思います。(関連旧ブログ記事:遠田和子(2009)『Google英文ライティング』講談社インターナショナル)

そのエッセンスは目次を見るだけで「なるほど!」「その通り」と思わせるものです。私なりに整理番号を付け替えてまとめると目次は次のようになっています。

1 主語の設定
1.1 ほかの主語候補を探す
1.2 無生物主語で発想転換
2. 受動態を能動態に
2.1 受動態を能動態に
2.2 it構文やthere構文を能動態の文に
3. 強い動詞を選ぶ
3.1 弱い動詞を見つける
3.2 強い動詞を使う
4. 短く洗練された表現
4.1 余計な語句を減らす
4.2 簡潔な表現で言い換える
5. 要素を効果的に並べる
5.1 情報の新旧を見極める
5.2 Given→Newから主語を選ぶ
6. 具体的に書く
6.1 表現の具体化と数値化
6.2 情報・論理を明確にする
7. 肯定的に書く
7.1 否定語を使わないテクニック
7.2 肯定表現でわかりやすく

それではこれらの項目を見ただけで誰でも達意の英文が書けるのかといえば、もちろんそうではありません。長年こびりつき、英語を書く時以外は常時使っている日本語の思考様式の力は思いの他強いものです。この軛から自由になるには、具体例を通して丁寧に考え納得しなければなりません。

その点、この本は、著者がまずは日本人が書きがちな英文--文法的な誤りはないが、どうもわかりにくいし英語らしくもない英文--を示し、どのように発想を変えたら平易で明快な英語らしい英文が書けるかを実例を提示しながら解説します。これはゆっくり読むべき本です。

またこれらの内容の間に挟まれるコラムや章扉ページの引用からも、著者の英語の素養の深さがよくわかります(私などが言ったらかえって失礼ですね。申し訳ございません)。

私の授業では、英語ライティングをStory, Style, Usageの三つの観点から分析的に考えようとしています。Story(もしくはStorytelling)は話の展開についての側面、Styleはいわゆる「文体」の側面、Usageは文法や語法やスペリングなどの正解がはっきりしている側面です。

これら三つのうち、Storyについては勤務校の指定教科書(LongmanやMacmillanやCENGAGEなど)も指針を示してくれていますので、それなりに指導できます。Usageについては大学生はそれなりに理解していますし、Grammarlyなどのアプリがそれなりの支援をしてくれますので私としては優先順位を少し低くしています(しかし、いくつかのポイントについては誤解の根が深く今後の対応が必要ですが、ここではその話は割愛します)。一番苦労しているのがStyleです。教科書の英文や学生さんの提出した英文をこちらで書き直して比較させたり、文体の差を生み出す観点のリストを提示したりしているのですが、なかなかうまくゆきません。

その点、この本は、日本人が英語の文体感覚を学ぶのにも格好の本になっていると思います。非常に有用な参考書として学生さんにも薦めたいと思い、このブログでも情報を共有しました。ご興味のある方はこの本を通じて、どうぞゆっくりと思考のOS変更を楽しんでください。







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