2022/12/26

人間教師の添削を待つより、ChatGPTによる改訂版を読んでそこから学ぶサイクルを何度も繰り返した方が、英語ライティング能力は向上するかもしれない。

 

ChatGPTは、わずかの入力 (prompt) で自動的に英文エッセイを生成するだけでなく、英文の書き直しもしてくれます。このツイートは、ChatGPTの書き直しは、英語学習の点でも有効ではないかと説きました。

たしかに、技能習得のためには、自分の技能へのフィードバックを受ける経験と、その経験のある程度の絶対量が重要です。人間教師はライティングへのフィードバック(ここでは書き換え)を与えるのにかなりの時間をかけざるをえませんが、ChatGPTといったAIならわずかの時間で書き換えをしてくれます。

学習者は自分で英文を書いたら直ちにAIによる改訂版を見て、自分の改善点を学ぶことができます。この「学習者による英文書き出し→AIによる書き換えの入手→元の文と改訂版の比較による学習」というサイクルを、数多く繰り返せば、たしかに英語力は上がるかもしれません。技能向上には、自らのパフォーマンスへのフィードバックという質的な側面と、パフォーマンスを数多く経験する量的な側面の両方が大切ですが、上のサイクルの繰り返しは、両方の実現を容易にするからです。

また私のような英語ライティングの教師は、元の英文とAIによる改訂版を比較する学習者の支援をした方が、はるかに効率的に時間を使えるとも思えます。支援が必要であるのは、リーディング力が十分でない学習者は、比較から学ぶことがなかなかできないからです。また特に冠詞などについては、いくらフィードバックを受けても、その根本の考え方がわかっていないと学習者は自分でうまく使いこなせません。英語ライティング教師の主な仕事は、自ら添削・書き換えを行うことから、AIの書き換えから学習者が学べるような環境を作ることに変わるのかもしれません。

私はここ2年程度、「機械翻訳で日本の英語ライティング教育も変わらざるをえないのではないか」と思い、いくつかの発表をして文章を書いてきました。ですが、ChatGPTが英文改訂もできることがわかり、機械翻訳だけに注目していても仕方がないことが明々白々になりました。恐ろしいほどの変化の速さを感じます。

下では、ChatGPTがどのくらいうまく英語を改訂してくれるのか自分で試してみました。例文として使ったのは、学生さん(学部1回生)が書いた文章(英語・日本語)です。研究・教育目的での利用の許可は得ています。


実験1:学部1回生が完成させた英文をChatGPTに改訂させる。

実験1は、学部1回生のAさんが期末に提出した英文を、ChatGPTに書き直させるものです。私がChatGPTに対して使ったprompt(入力文)は以下のものでした。(後で見ると、機械相手に "please"などと言っていることが、我ながらおかしいですが、それはさておいてください)。

Please revise the following text, which is inserted between double quotation marks. The revised edition must be in a formal style and yet easy to read with no grammatical or spelling errors left. It must retain the original meaning and contain no explanation for the revision or interpretation. Just produce the improved edition. [以下 " "の中に入れられた学生さんの英文エッセイが続く]

その結果は以下の通りです。左がその学部1回生が書いた英文、右がChatGPTが出力した書き換えです。すべて私の主観的判断ですが、明らかに書き直しが必要な箇所は薄赤色、文体上などの理由で書き直した方がよいかもしれない箇所は薄黄色、書き換えで明らかに改善されたと思われる箇所は薄緑色でハイライトをつけています(信号機の色と同じ原則で、赤は危険、黄は注意、緑はOKといった意味合いです)。



左のスペリングや文法上ミス(薄赤色部分)は当然の如く根絶していますし、薄黄色のまわりくどい表現も改善されています(薄緑色)。右のChatGPTによる改訂版にも薄黄色をつけましたが、それは「新たな主語が来る場合は通常カンマを入れる」「主語の部分がやや長い」といったものぐらいで、特に書き直さずとも文章理解にはまったく問題ありません。このAIによる書き直しを得た学習者は、さらに読みやすい英語を書くためのコツを学ぶことができるのではないでしょうか。


実験2:実験1のpromptに一人称と二人称の代名詞を避けろという指示を加える。

別の英文を同じようにChatGPTに改訂させましたら、その英文には多くの"we"や"you"が含まれており、AI改訂にもそれらが残っていました。ですから、上のpromptに Avoid the first-person and second-person pronouns, such as “we” and “you.”を付け加えて次のようにしました。
Please revise the following text, which is inserted between double quotation marks. The revised edition must be in a formal style and yet easy to read with no grammatical or spelling errors left. Avoid the first-person and second-person pronouns, such as “we” and “you.”It must retain the original meaning and contain no explanation for the revision or interpretation. Just produce the improved edition. [以下 " "の中に入れられた学生さんの英文エッセイが続く]
※ 今、このpromptを読み直してみますと、挿入のために挿入文の直後の"It" の指示対象がややわかりにくい英文になっていました。しかし、ChatGPTはその問題も克服していたようです。

結果を以下に示します。上と同じように、左が学生さんが自力で書いた英文で、右がそれをChatGPTが改訂したものです。


一人称と二人称の代名詞は一箇所を除いてなくなりました。上のカンマの問題は残っていますが、特に問題のない文章になっていると思います。左にあった文法ミスやぎこちない表現もわかりやすい英語になっていますから、この事例からも学習者はいろいろと学べるかと思います。(細かいことを言えば、 "many of them are even known by high school students" は、独立した文にして能動態で表現した方がよいかもしれません)。


実験3:日本語から英語に翻訳したDeepLをChatGPTに書き直させる。

実験3は、さらに機械化を進めて、日本語をDeepLに英訳させ、その英語をChatGPTに改訂させたものです。使った日本語は、ある学生さんがセメスター初期に書いたものですから、上の2つの作品より完成度は低いものになっています。この文章から "I"を取り除くことは困難ですから、promptは実験1のものを使いました。

左にDeepL英語出力、右にChatGPT改訂を並べたのが下です。



これはDeepLが直訳調になっていたこともあり、ChatGPTによりずいぶん読みやすい英語になっているようです(日本語を書いた時点で、学生さんは特にpre-editingを意識せずに日本語を書いていました)。こうなるとChatGPTによる改訂は、エッセイの完成時期よりも途中段階での方が学習者にとって有益な情報になるのかもしれません。とはいえ、代名詞の "they"には注意が必要ですし、Thesis Statement(イントロダクション段落の最後で示されるエッセイの論点)の役割を果たしていた文がなくなった格好になりましたから、ここも気をつけるべきでしょう(最後の [Thesis Statement] は私が挿入したものです)。しかしそういった箇所を教師が指導してやれば、学習者はChatGPTが機械学習して出力した「よくある英文」(=確率的に生起しやすい語の並びからなる文)から、「英語らしさ」を学べるのかもしれません。


以上、3つの実験(という程でもない簡単な試行)により、現時点でのChatGPTの英文改訂能力を確認しました。わずか3例で結論づけることは危険ですが、十分実用にはなるのではないでしょうか。

こうなりますと、英語ライティング教師は、どんどん学習者に自分で書いた英文をAIに書き換えさせて、元の文章とAI改訂版を比較させるというサイクルを数多く学習者に経験させるべきなのかもしれません。

ただし、その際、学習者および改訂ポイントによっては学習者が比較から学べないことがあること、および特定企業のAIに依拠してしまうことの危険性については配慮が必要です。

改訂のポイントを学習者が理解できないことについては、教師による丁寧な一般的指導と具体的な個人的指導が必要でしょう。私は現在、授業でDeepL出力の英語を書き直させる指導をしています。改訂のポイントを一般的に示した上で、それぞれの学生さんに自分のDeepL出力を吟味させ書き換えさせています。ですがその書き換えにも添削が必要です。学生さんの書き換え自体が間違っていることもあるからです。さらに、学習者には英英辞典・類語辞典や関連文献から適切な英語を見つけ出す調査能力をつけさせる必要があります。

特定企業への依拠については私はよい考えをもちません。AI開発の寡占状況というのは、今後大きな問題となるのではないでしょうか。

ともあれ、時代は大きく動いています。2年ぐらい前に私が機械翻訳について語り始めた時には、一部の英語教師からかなり感情的な反発を受けました。しかし、もはや個々人の思いを超えて時代は大きく変わったといえるでしょう。

日本いや世界中の英語教育は、この大変化に適応できなければ、ますます世間からの信頼を失うだけではないでしょうか。「AIを使えば、自分の職がなくなる」という思いからAI導入にヒステリックに(あるいは屁理屈をつけて)反対すればするほど、英語教師の職の安定は危うくなると私は考えます。

一方、英語を学習している方々は、英語教師による英語教育改革など待たずに、どんどんAIやウェブにあるリソースを使って自力で英語を学習することを、一人の英語教師としてお勧めします。"Be the master of your learning"です。


2022/12/17

ChatGPTといったテクノロジーの話も、究極的にはいかにすべての人を尊重するかという話にしなければならない。

    【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さんへの課題リマインダーメールに掲載した文章をこのブログに転載しているものです。】


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OpenAI社のChatGPTについては、さまざまな論評記事が続いていますが、次の記事は、人文系の人間が未来を見据えた発言をしているという点で目を引きました。


What Would Plato Say About ChatGPT?

by ZEYNEP TUFEKCI

https://www.nytimes.com/2022/12/15/opinion/chatgpt-education-ai-technology.html


そのエッセイの要点は次のセンテンスに要約できます。


The right approach when faced with transformative technologies is to figure out how to use them for the betterment of humanity.


新たなテクノロジーを前にして私たちは熱狂したり、狼狽えたり、ことさらに平気を装ったりします。ですが、大切なことは長期的なゴールを見失わないことです。


学校教育でAIが活用されると、かつてプラトンが文字の普及がもたらすものとして表現した“Not truth but only the semblance of truth”がはびこります。


ノーベル経済学受賞者のハーバート・サイモンはかつて、“A wealth of information creates a poverty of attention”と述べました。扱うべき情報が増えるたびに、人間が払える注意力はますます希少資源になってゆきます。


同様に、AIが作り出したもっともらしい情報が知らぬ間に増えると、こんどは正しい知識を見抜く力が貴重になってゆくとこのエッセイの著者は説きます。


Similarly, the ability to discern truth from the glut of plausible-sounding but profoundly incorrect answers will be precious.


莫大な情報の中から正しい情報だけを見抜く力を学習者が育てるには、これまで以上に教師の支援が必要になるでしょう。そうなると教育格差がますます拡大し、教育資源が豊かな学校はAIを活用してますます学習者の能力が高まり、そうでない学校では情報洪水の中で溺れかける学習者が増えるでしょう。それは私たちの長期ゴールを否定するものです--私は宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という洞察は正しいと信じていますーー


If A.I. enhances the value of education for some while degrading the education of others, the promise of betterment will be broken.


一部の人々がいくら嘆いてもAIの進展は止まらないでしょう。人間は、ますます増える情報の中から正しいものだけを見出すという、これまで以上に複雑な知的能力を獲得しなければなりません。大切なことは、そのための教育をすべての人々に与えるという理想を失わないことです。


The way forward is not to just lament supplanted skills, as Plato did, but also to recognize that as more complex skills become essential, our society must equitably educate people to develop them. 


ですから、テクノロジーの話も、究極的には人間の話にしなければなりません。


And then it always goes back to the basics. Value people as people, not just as bundles of skills.


かつてAlan Kayは "The best way to predict the future is to invent it."と言いました。未来を創るために、私たちは人間を大切にするという基盤に立ち戻るべきです。



2022/12/10

ChatGPTについてのThe New York Times, The Economist, MIT Technology Reviewの記事 -- 私たちが興奮しようが冷笑しようがテクノロジーは後戻りしない

   【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さんへの課題リマインダーメールに掲載した文章をこのブログに転載しているものです。】


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最近公開されたAIであるChatGPTについて、The New York Times、The Economist, MIT Technology Reviewがそれぞれ短い記事を掲載しました。私たちがこの新たなAIについて興奮するにせよ、やや冷笑的な態度を取るにせよ、確実にテクノロジーは社会を変えていると感じざるをえません。

以下、これら3つのメディアが伝えた記事について短くまとめます。メディアのトーンの違いもわかるでしょう。


The New York TimesのOpinion欄は、ChatGPTについてのエッセイを2本掲載しました。


[1] The Brilliance and Weirdness of ChatGPT

By Kevin Roose

https://www.nytimes.com/2022/12/05/technology/chatgpt-ai-twitter.html


[2] Does ChatGPT Mean Robots Are Coming For the Skilled Jobs?

By Paul Krugman

https://www.nytimes.com/2022/12/06/opinion/chatgpt-ai-skilled-jobs-automation.html


[1] は、ChatGPTがなしうることに驚くツイートを多く掲載するなど、この新たなAIのインパクトを伝えるものでした。[2] は、産業革命の時期に生じたような仕事内容の変化が生じ、それは長期的には人類を豊かにするが、短期的には多くの職業人に痛みを伴う変革をもたらすだろうと説きました。やはり毎日刊行される新聞という性質のせいか、どちらの記事もわりに常識的なものかと思います。


その後、The EconomistにもChatGPTについての記事が2本掲載されました。


[3] Artificial intelligence is permeating business at last

https://www.economist.com/business/2022/12/06/artificial-intelligence-is-permeating-business-at-last


[4]How good is ChatGPT?

https://www.economist.com/business/2022/12/08/how-good-is-chatgpt


[3]はThe Economistらしく、やや冷静にChatGPTの興奮とは少し距離をおいています。その記事は、AIが浸透するにつれ人々はそれを当たり前と思うが、そういった "boring AI" がますます普及していること、しかしその普及と共に法的責任といった問題が浮上することを論じています。

[4]は気楽な短い記事で、ChatGPTに、ChatGPTの解説をシェイクスピア風の言語で書かせた結果を紹介した後、人間の書き手の需要がなくなることはしばらくないだろうと結論しました。


MIT Technology Reviewは、ChatGPTの公開以前に、Metas社のAI (Galactica) に関する記事を掲載していましたが、それが結果的にはChatGPTに関連する内容となっていました。


[5] Why Meta’s latest large language model survived only three days online

By Will Douglas Heaven

https://www.technologyreview.com/2022/11/18/1063487/meta-large-language-model-ai-only-survived-three-days-gpt-3-science/


この記事は、科学文献を読み込み科学的な答えを出すだけだったはずのAI (Galactica) をMeta社が公開したら、科学的にでたらめな内容をかなり出力するので、3日で公開停止となったという記事です。

要は、Galacticaは "capture patterns of strings of words and spit them out in a probabilistic manner"をするだけだということです。このAIも "a superlative feat of statistics”を行っているだけで、人間のような知性を発揮しているわけではないわけです。これは現在の深層学習一般の特徴といえるでしょう。

実は [1] ではなばなしい紹介のされ方をしたChatGPTも、大笑いできるような非科学的な答えを出します。コンピュータ科学者のAndrew NGは、ChatGPTが「そろばんは、深層学習においてはDNAコンピューティングよりも高速である」と答えたことをツイートで伝えています。


しかし、ChatGPTには、気になる特徴があることを、次のMIT Technology Reviewの記事が短く伝えています。


[6]ChatGPT is OpenAI’s latest fix for GPT-3. It’s slick but still spews nonsense

by Will Douglas Heaven

https://www.technologyreview.com/2022/11/30/1063878/openai-still-fixing-gpt3-ai-large-language-model/


特徴とは、ChatGPTの完成には、人間の「教育」が加わっているということです。人間がAIに(正解付きの)訓練データを提供するだけでなく、AIに好ましい回答例を与えています。AIは、それをもとに強化学習を行っています。ですからChatGPTは単なる「深層学習」ではなく「深層強化学習」を行っているわけです(注)。


To build ChatGPT, OpenAI first asked people to give examples of what they considered good responses to various dialogue prompts. These examples were used to train an initial version of the model. Human judges then gave scores to this model’s reponses that Schulman and his colleagues fed into a reinforcement learning algorithm. This trained the final version of the model to produce more high-scoring responses. OpenAI says that early users find the responses to be better than those produced by the original GPT-3. 


たまたま最近読む機会を得た『ラディカリー・ヒューマン』(ドーアティ・ウィルソン著、山田美秋訳、2022年、東洋経済新報社)でも、大量のデータで力任せに行う深層学習に、人間の「教育」を加えることの重要性を多くの事例で伝えていました。



新しいテクノロジーが登場するにつれ、人々は興奮したり、逆にシニカルになったりします。しかし、テクノロジーは後戻りはしません。私たちは着実に--もし指数関数的進展という仮説を信じるなら加速的に--新しい時代に入っていると考えるべきでしょう。

ちなみに[5]や[6]などの記事を読むため、私はMIT Technology Reviewの有料会員になりました。これからも上の[1]から[6]の違いでわかるように、各種メディアの特徴に自覚的になりながら、時代の流れをできるだけ英語で理解してゆこうと思います。英語がコンピュータ科学者たちがもっとも多く使っている自然言語だからです。



(注)ChatGPTの注目するべき点は、それが深層強化学習を行っていることだという指摘は、次の記事にもありました。


チャットできるAI、ChatGPTが「そこまですごくない」理由。見えてしまった限界

清水亮

https://www.businessinsider.jp/post-263042





2022/12/02

機械翻訳についてのEcononmist誌の短い記事:翻訳者はAIを自身の一部とするという意味で「サイボーグ」となる。

  【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さんへの課題リマインダーに掲載した文章をこのブログに転載しているものです。】


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The Economist (December 3, 2022) は機械翻訳に関する短い記事を掲載しました。


"The translator of the future is a human-machine hybrid."

https://www.economist.com/culture/2022/11/30/the-translator-of-the-future-is-a-human-machine-hybrid



その記事は以下のように締めくくられています。


Tales of artificial intelligence usually pit humans against encroaching machines, “Terminator”-style. But the translators of the future will be neither entirely human nor machine. They will be human beings with mechanical enhancements. Call them cyborgs.


人間の知性は、そもそも道具や媒体--典型的には言語--の利用をほぼ不可欠なものとしている点でサイボーグ的であるという議論は、哲学者のAndy Clarkが昔からしておりました(注)。

The Economistの記事は、例えば法律関係でしたら、定型的な契約書の翻訳はほとんど機械翻訳でなされるが、新たな法解釈の議論などの場合はほとんどすべてを人間が翻訳することになるだろうと報告しています。

この記事は、多くの人が実感していることを表明していると思います。機械翻訳は、ビッグデータに頻出する慣習的・典型的・定型的な表現をきわめて忠実に訳すが、珍しかったり創造的だったりする表現は苦手とするということです。

しかし、このことは逆に、専門知識はもっているが英語が母語でない者にとって、機械翻訳が非常に有用な道具となることを意味するのではないでしょうか。

非母語英語話者は母語話者に比べて英語に接する時間が圧倒的に少ないので、英語の慣習に忠実に書くことが苦手です。機械翻訳は、そんな非母語英語話者に自分が言いたいことについての慣習的・典型的・定型的な表現を教えてくれます。

そのように機械翻訳に助けてもらえば、専門知識をもっている非英語母語話者は、自分の専門知識の英語表現により力を注ぐことができます。そうすれば、これまでよりも多くの人に自分の専門的発見を届けることができるでしょう。

英語を苦手とする知的職業人が考えるべきことは、「機械翻訳が発展するから、英語の学習はいらない」ではない、と私は思っています。

そうではなく、「機械翻訳が発展するから、もっと自分の専門について英語でも読んでおこう。そうすれば、自分で機械翻訳出力を修正して、他の人にはできない自分なりの貢献ができるから」と考えた方が生産的ではないでしょうか。

さらに極端に表現するなら、「日常会話英語よりも、専門の英語を勉強を優先させよう」とすらなるのかもしれません。

英語母語話者なら誰でも知っている表現については、機械翻訳の助けを借りることができます。それよりも、英語母語話者も機械翻訳も対応できないような、高度で専門的な英語表現を学んでおくことの方が、後々有用になると私は考えます。

専門知識をもった者がその英語表現も学んでいれば、その人が機械翻訳を使いこなす「サイボーグ」となれます。そうなれば、どんなAIや英語母語話者にもできない独自の知的貢献を英語で行うことができるのではないでしょうか。

ですから私としては、大学生の皆さんは、専門の英語論文を正確に読めるリーディング力だけはつけておいてほしいと願っています。専門知識を英語で正確に理解できる力は、機械翻訳を使って英語論文を書く際には不可欠だからです。

もちろん、他の研究者と直接にコミュニケーションを取るためのリスニング・スピーキング力も必須です。しかし、これについてはまた別の機会にお話します。とりあえずは下の関連記事の本多先生のインタビューをお読みください。


関連記事

工学研究科(教授)本多充先生

「研究者同士が英語で語る際に、スマホを経由して話すわけにはいきません」

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/interviews/transcripts2022_jp#frame-689


追記

上の本多先生のインタビューは「京都大学自律的英語ユーザーインタビュー」の一つですが、このインタビュープロジェクトではさまざまな声を集めています。

上の記事では述べませんでしたが、専門文献がほぼ英語でしか存在しない分野の研究者は、当然のことながらその分野について日本語で考えることが困難です。ですから、論文は初めから最後まで英語で書くことになります。


理学研究科・院生(博士課程)村山陽奈子さん

「言語能力だけがコミュニケーション能力ではありません」

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/interviews/transcripts_jp#frame-250


工学研究科・院生(修士課程)飛田美和さん

「英語はゴールではなくツール」

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/interviews/transcripts_jp#frame-440


他方、重要な英語論文以外の情報収集用論文読解には機械翻訳を使うという実践は、こちらで語られています。

経済学研究科(教授)黒澤隆文先生

「社会変化を踏まえ、自分のスキルへ投資する」

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/interviews/transcripts_jp#frame-578


この他にも多くの英語学習・使用についての知恵が公開されていますので、ぜひ「京都大学自律的英語ユーザーインタビュー」をご参照ください。


京都大学自律的英語ユーザーへのインタビュー

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/interviews_jp



(注)

私もアンディ・クラークの考えを引用しながら6月に「機械翻訳が問い直す知性・言語・言語教育 ―サイボーグ・言語ゲーム・複言語主義―」という講演をある学会で行いました。


LET関東支部研究大会講演スライド公開 「機械翻訳が問い直す知性・言語・言語教育 ―サイボーグ・言語ゲーム・複言語主義―」

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/06/let.html


先日、この講演に基づく論文を同学会支部紀要に投稿したところです。機械翻訳の可能性を示す論文ですから、その主張を実践すべく英語翻訳版も投稿しました。紀要編集部のご理解に感謝します。


2022/11/26

「起承転結」、ABT、Context-Problem-Solution

 

 【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さんへの課題リマインダーに掲載した文章をこのブログに転載しているものです。】


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先日、私のTwitterのタイムラインに "How to write a contemporary scientific article" という論文がわかりやすいという情報が入ってきました。この論文は、Open Accessのようで、誰でもPDF版で読むことができます。


How to write a contemporary scientific article

https://arxiv.org/abs/2203.09405


このようなタイトルをもつ論文ですから、Abstractも極めて読みやすいものです。


Today scientists are drowned in information and have no time for reading all publications even in a specific area. The information is sifted and only a small fraction of articles is being read. Under circumstances, scientific articles have to be properly adjusted to pass through the superficial sifting. Here I present written down instructions that I used to give to my students with almost serious advises on how to write (and how not to write) a contemporary scientific article. I argue that it should tell a story and should answer on the three main questions: Why, What and So what?


しかし上を読むだけでは必ずしも自分で読みやすい文章を書けるようにはなりません。原理・原則を理解しておくことが重要です。

ですから、ここでは起承転結の4段階(And-But-Therefore: ABTの接続詞でも説明できる)、およびContext-Problem-Solutionの3段階で区分けしてみます。


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---Context---

【起】

Today scientists are drowned in information and have no time for reading all publications even in a specific area. 

<And>

【承】

The information is sifted and only a small fraction of articles is being read. 

<But>

【転】

---Problem---

Under circumstances, scientific articles have to be properly adjusted to pass through the superficial sifting. 

<Therefore>

【結】

---Solution---

Here I present written down instructions that I used to give to my students with almost serious advises on how to write (and how not to write) a contemporary scientific article. I argue that it should tell a story and should answer on the three main questions: Why, What and So what?


***



「起承転結」、"ABT"、"Context-Problem-Solution"のどれも覚えやすいフレーズですから、文章を書くときの1つの参照枠とすることをお勧めします。

ただし、話の概要がすでに読者に伝わっており、読者の読む意欲も高まっている時点で開始されるbody paragraphsなどでは、もっと単純な「topic statement-supporting sentences-topic restatement」の構造の方が好まれますので、「起承転結・ABT・Context-Problem-Solution」と 「topic statement-supporting sentences-topic restatement」のパターンはうまく使い分けてください。


追記

同じくTwitterで知った次の論文も読みやすいものです(ただし一部の箇所には、医学研究の用語が出ています)。本文は誰でもウェブ上で読むことができます。


Writing a scientific article: A step-by-step guide for beginners

https://doi.org/10.1016/j.eurger.2015.08.005



関連記事

私家版:論文執筆のための5つの手順

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/04/5.html

Thesis Statement (X is/does Y in Z) の3要素の説明とYとZの定め方

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/05/thesis-statement-x-isdoes-y-in-z-3yz.html

主張文の中に反論をどのように組み込むか

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/05/blog-post_23.html

2022/11/11

多様性と大規模民主主義政体の両立という「偉大なる実験」

 

 【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さんへの課題リマインダーに掲載した文章をこのブログに転載しているものです。】


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It Can Happen Here: 8 Great Books to Read About the Decline of Democracy

By Richard Stengel

https://www.nytimes.com/2022/11/02/books/review/books-on-democracy-under-threat.html


この記事は、民主主義の危機について書かれた良書8冊を紹介するものです。今や民主主義の危機は、世界各地で感じられています。


その中でも次の本を紹介する記事のなかには、下のような記述がありました。多様性と大規模な民主主義政体は両立するのかという問い掛けになっています。

The Great Experiment: Why Diverse Democracies Fall Apart and How They Can Endure by Yascha Mounk


Progressive politicians like to say that diversity is our strength, but Mounk’s book explores an uncomfortable truth: There is little precedent for the success of a large, diverse democracy. Throughout history, democracies from Athens to Rome to Geneva were ethnically homogeneous and relatively small.


「多様性」ということばが無条件に肯定されていた時代はほぼ終わりましたが、それでも多様性の重要性は否定できません。多様性が根絶した社会や共同体がどのようなものになるかについて詳しい説明は必要ないと思います。また、そもそもこれだけ人や物や情報の流れが増したグローバル社会で、多様性を否定することは現実的に不可能でしょう。


人間社会はどう多様性と折り合いをつけるかというのがこれからの課題です。しかし上の引用にあるように、これまでの民主主義政体の成功例は、比較的同質で小規模な社会でのものがほとんdでした。現代人はまさに「偉大なる実験」を行っているのでしょう。


英語を学ぶということは、日本語共同体の文化とは異なる文化に接するということです。私たちは英語という言語について学ぶだけでなく、自らの文化とは異なる文化との付き合い方、あるいは自分の文化の変え方についても学ばねばなりません。


2022/11/03

"Food, sleep, love" は足りているのか・・・

  

 【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さんへの課題リマインダーに掲載した文章をこのブログに転載しているものです。】


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Susan Napier

Hayao Miyazaki’s ‘Shuna’s Journey,’ Finally Translated Into English

https://www.nytimes.com/2022/11/02/books/review/hayao-miyazaki-shunas-journey.html



私の人生の師匠は、家の2匹のネコです。ネコを見ていると、生きる上でで大切なことは、"Food, sleep, love"であることがよくわかります。それらが満たされていれば、幸せというものでしょう。

しかし現代人はこれら3つをしばしば満たしていません。食事はファストフードばかり、睡眠は量的にも質的にも貧困、愛情はSNSの「いいね」で感じるような人は少なくないのではないでしょうか。

The New York Timesは、1983年に日本で出版された宮崎駿の漫画『シュナの旅』の英語翻訳版がようやく出版されたことを伝える記事を掲載しました。

宮崎駿は漫画家になりたいという希望をもっていたものの、親に反対され、大学では経済学を学びました。一方で在学中にも児童文学を読み漁り、やがては漫画・アニメの道に進みます。

しかし経済学の勉強は無駄にはならなかったようです。この『シュナの旅』は冒険物語ですが、秘剣や財宝を求める旅を描いたものではありません。主人公が求めたのは種子でした。

『シュナの旅』の世界では人身売買が横行しています。穀物の種子を求めるためです。しかしその種子は蒔かれても芽を吹くことがないものでした。(私はこの漫画を持っているはずなのですが、今手元になく、ストーリーをきちんと確認できません。ここの記述はNYTの簡単な記事に基づくものであることをお断りしておきます)。

この物語設定の背後には、宮崎駿経済学の知識があったのではないかとNYTの記事は推測しています。


Perhaps inspired by his study of economics, Miyazaki limns a society based on a ruthless and barren form of exchange, where human beings are bartered for seeds that cannot be sown but only consumed.

...

Shuna’s story is an uplifting one, and children will appreciate its adventure, mystery and above all the immersive world that the book draws us into. At the same time, its depiction of the barter system offers a tutorial in economics, while its emphasis on the need for living seed is a lesson in sustainability. 


人々が、何世代にもわたって植え続けることができる種子をもっていない状況は、なんだか現在を暗示しているようです。蒔いた種が生み出した穀物を食料としながら、その一部を次の年に蒔くというのは太古からの慣習ですが、それが今、開発された新品種の権利保護という商業的動機で制限されています(「種苗法」)。この他にも、種子をめぐる権利上の争いは世界規模でなされているとも聞きます。

もっとも私はこういった問題についてほとんど知識をもっていませんので、ここで小児的正義を訴えたり、逆に妙に大人顔をしてわかったふりをすることは控えなければなりません。

ただ、人類はこれほどに科学技術を資本主義社会で発展させたにもかかわらず、私の師匠が教える"Food, sleep, love"に不安のない社会を作り上げていないことが気になります。

人間の知性はこれから人間と社会と地球をどう変えてゆくのでしょうか。科学者こそ文学、ひいては児童文学、さらには漫画を読んでほしいと私は思っています--逆に言うと、漫画ばかり読んでいる者は科学を勉強しろということですが(自虐的笑い)--。


上山晋平 (2022) 『英語リテリング&ショート・プレゼンテーション指導ガイドブック』明治図書

 

京都大学自律的英語ユーザーへのインタビュー」を重ねていてわかったことの1つは、スピーキングは学習者にとって非常に重要な象徴的な意義をもっているということです。"I can speak English"という表現は、しばしば"I can use English"を意味します。それだけに学習者にとって「英語をしゃべれた/しゃべれなかった」という経験はとても痛切です。

インタビューからは、しゃべれなかった学習者がその体験を発奮材料にして英語の学習に励むというエピソードが多く聞かれました。スピーキングは英語学習全般を駆動する要素であるとすら言えそうです。

それほど大切なスピーキングですが、私は恥ずかしながらその指導技術をあまりもっていません。その理由(というか言い訳)の1つは、私が日頃はスピーキングの授業をもっていないことです(そもそも私の所属校の英語必修科目にはスピーキングを指導する科目がありません)。

しかし今年の前期に、諸般の授業で4月第2週から急に他人が担当するはずだったTest-Takingという4技能統合系の授業を教えた時には、必要に駆られたはずなのに十分なスピーキングの指導ができなかったことは素直に反省しなければなりません。この授業経験から得た知恵は「英語学習相談FAQ」にまとめましたが、やはりスピーキングに関する知見は他の領域の知見に比べて少ないものでした。


本書『英語リテリング&ショート・プレゼンテーション指導ガイドブック』は、福山市立福山中・高等学校の上山晋平先生が、10年以上にわたるこれまでの試行錯誤から学んだ結晶をまとめたものです。記述がとても具体的ですので、大学という校種を異にする私のような教師にもとても示唆的です。かといって単なるノウハウ集でもなく、本書の芯には、STEP1: Reproduction, STEP2: Retelling, STEP3: Short Presentationという筋道が通っています。



上に「スピーキングの授業がないから、自分にはスピーキングの指導技術がない」と言い訳した私ですが、そもそもスピーキングの指導も、その他のライティング・リスニング・リーディングの指導の延長でできるはずです。例えばライティングの授業でも、学生が書いた英文を口頭での表現能力開発に活かすこともできるはずです。もちろんリスニングやリーディングの指導でも同様です。

「いや、スピーキングの指導をする時間などありませんから」などとできない言い訳をすることは本当に容易です。しかし、学習者の未来のためという教育の本分から、少しでも授業改善したいと思わされました。(私たちは、できない言い訳を朗々と語る能力を頭の良さと思い込む悪癖をそろそろ捨てるべきでしょう)。


小中高で日々忙しく働きながら、このように実践書を出版する先生方には本当に頭が下がります。大学というより研究志向の高い校種で働きながら、十分に実践的な研究をできていない自分としては、このような書籍の出版を発奮材料として日々を充実させねばと思います。



追記

上山晋平先生が以前にご出版されていた『高校教師のための学級経営 365日のパーフェクトガイド』が好評のため、この度改訂版が出ました。ICT、Z世代、非認知能力、探究、就職支援などの項目を追加し、要望の多かった資料のダウンロード化も実現したそうです。




 

私は先日、勤務校の「教養教育実践研究会」で日頃の授業の実践報告をしました。

人格的コミュニケーションとしての授業:スライドと解説動画


ですが、この度この改訂版をざっと読み返しても、授業者としての自分は穴だらけであることを痛感させられました。教育学部出身の大学教員としての私は、大学教員はもっと小中高教員の実践--とくに苦しい状況をくぐり抜けてきた教員の実践--から学ぶべきだと思っています。

関連記事
上山晋平 (2015) 『高校教師のための学級経営 365日のパーフェクトガイド』明治図書
https://yanaseyosuke.blogspot.com/2015/03/2015-365.html



2022/10/26

複雑で流動的な世界では「いいかげんな」生き物のやり方の方が合理的?

  【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さんへの課題リマインダーに掲載した文章をこのブログに転載しているものです。】


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Peter Coy

In Praise of the Humble Rule of Thumb

https://www.nytimes.com/2022/10/24/opinion/decision-making-rules-of-thumb.html


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このエッセイのタイトルに使われている "rule of thumb" の意味は、Merriam Webster Dictionary では次のように定義されています。


1 a method of procedure based on experience and common sense

2 a general principle regarded as roughly correct but not intended to be scientifically accurate

https://www.merriam-webster.com/dictionary/rule%20of%20thumb


2の定義で示されているように、"rule of thumb" は非科学的なものとして軽視されがちですが、案外、そういった決定法には合理性があるというのがこのエッセイの主張です。

とはいえここ数世紀の経済学は、さまざまな要因を厳密に計算することで決定をすることが合理的だというものでした。そして人間は合理性を追求する生き物なのだから、人間もそのような決定法をしているだろうと仮定しました。


The economist-approved way to make hard choices is to maximize your expected “utility” (pleasure, benefit), which involves a complex weighing of the pros and cons of each option, including the likelihood of each one actually happening. 


そのような厳密な決定法に対して疑義を抱いたのが、ノーベル経済学賞も受賞したHerbert Simonです--彼の知的貢献は多方面に及んでいます--。彼は、少なくとも人間は、完璧でなくともそれなりにうまくゆく (good enough) な決定--彼の用語なら“satisfice”できる決定--をしているのではないかと説きました。

そのように「いいかげんな」決定法の1つは、とりあえずある1つの基準でだけ比較をして、その基準でもっとも優れたものを採択することです。この方法は、"lexicographic ordering" とも呼ばれます。英語辞書の配列は、とりあえず最初の文字だけで順番を決め、2文字目については最初の文字が同じ時に初めて考えるからです。

そんなずさんな決定方法は、伝統的な経済学的思考からすれば噴飯ものなのかもしれませんが、同じくノーベル経済学賞受賞者のJoseph Stiglitzは2020年の論文で次のように述べているそうです。


“Our results suggest that fast and frugal robust heuristics may not be a second-best option but rather ‘rational’ responses in complex and changing macroeconomic environments,” the Nobel laureate Joseph Stiglitz and four other authors wrote in a 2020 article in the journal Economic Inquiry.


キーワードは "complex and changing (macroeconomic) environments" です。複雑で(=あまりに多くの要因が複合的に絡み合っている)流動的な(=長い時間をかけて厳密な計算をしたとしてもその時にはすでに状況が変わっている)環境では、完璧な解答を求めることは現実的に不可能だからです。そのような環境では「いいかげんな」方法で「それなりにうまくゆく」選択肢を選ぶ方が合理的だというわけです。

このエッセイは、Stiglitzと同じように考える学者の声も紹介しています。その学者によればlexicographic orderingといった方法は、人が入手できるデータが少なく、世界そのものが不安定で、現在が過去とはことなる場合などには特に有効だと述べています。AIの機械学習では高度なモデルを使うこともあるが、AIにおいても人間が太古から使っていたような簡単なモデルを使う方が、複雑で流動的な世界に対応するためには有効であることも多いと述べています。(もちろん「いいかげんな方法」の欠点もありますが、同時にその克服法もあります。詳しい議論はこのエッセイ本文を読んで下さい)。


くしくもこのエッセイを読んだ直後に、私のツイッターには京大広報から次のニュースが流れてきました。


脳型人工知能の実現に向けた新理論の構築に成功

―ヒントは脳のシナプスの「揺らぎ」―

https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2022-10-24-0


京大情報学研究科准教授の寺前順之介先生が立命館大学准教授の坪泰宏との共同研究グループで、これまで脳の非合理性とも思われてきた揺らぎが、実は、複雑な世界を生き抜くための合理的な特性ではないかと発想を転換し、機械学習に役立てているそうです。


ニューラルネットワークは現在発展を遂げている人工知能の基盤技術であり、生物の脳をヒントに提案されましたが、最適化という緻密な計算を必要とするため、脳のニューロンやシナプスが示す強い「揺らぎ」とは整合しない問題がありました。この「揺らぎ」とは、脳ではニューロンやシナプスが、あたかもランダムに、つまり確率的に動作することを意味し、最適化のような緻密な計算とは一致しないようにみえます。

本研究では「脳の学習は最適化ではなく、適切な具体例を生成するサンプリングではないか」と考えることでこの問題を解決し、揺らぎによって最適化なしで学習するニューラルネットワークの構築に成功しました。


私たちはついつい「頭の良さ」を「厳密な計算で思考すること」と考えがちですが、複雑で流動的な世界を生き抜く生物が長年にわたって採択している「いいかげんな」方法にもっと着目してもいいのかもしれません。



2022/10/19

新自由主義の後の政治哲学


 【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さんへの課題リマインダーに掲載した文章をこのブログに転載しているものです。】


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Rana Foroohar

Globalism Failed to Deliver the Economy We Need

https://www.nytimes.com/2022/10/17/opinion/neoliberalism-economy.html


このエッセイの著者は、過去50年あまりにおいて強力な政治哲学であった新自由主義 (neoliberalism) も、もはや変化せざるを得ない時期ではないのかと説きます。

新自由主義が構想されたのは1938年のパリであり、そこに集まった識者は大恐慌後に国家の権力が強くなりすぎたことを懸念していたそうです。各国が自国の利益だけを追求して市場と社会が混乱するのを防ぐのは、国際的な法と機関だというのがその当初の考えでした。The International Monetary Fundやthe World Bankあるいはその後の the World Trade Organizationもこの考えを受けて作られたと著者は説明します。

新自由主義はレーガンとサッチャーの時代に加速し、2008年の経済危機直前の4年間は過去半世紀の中でもっとも地球上の富が増えた時期であったとも言います。

ですが同時に、国々の中で経済格差が広がりました。安い労働力を求めて資本は国境を超え、多国籍企業が繁栄しました。物価は安く抑えられても賃金は上がらず、各国で経済的に苦しむ層が増えました。そしてその苦悩は、ポピュリズム、ナショナリズム、あるいはファシズム的な政治文化を生みました。

そんな現状を著者は次のように表現します。


The world is beginning to reset -- not to the “normal” of conventional neoliberal economic models but to a new normal. There is a rethink going on in policy circles, business and academia about what the right balance is between global and local.


しかし「ポスト新自由主義世界」についての答えはまだ姿を現していません。


We don’t yet have a new unified field theory for the postneoliberal world. But that doesn’t mean we shouldn’t continue to question the old philosophy. One of the most persistent neoliberal myths was that the world was flat and national interests would play second fiddle to global markets. The past several years have laid waste to that idea. It’s up to those who care about liberal democracy to craft a new system that better balances local and global interests.


皆さんは自分の未来についてどんな見通しをもっていますか?最近の若い世代には悲観的な見方も少なくないと聞きます。「社会はどうあるべきなのか」という問いが、全世界の隅々で同時に考えられ、さまざまな声になることによってのみ、人々にも希望が生まれるのかもしれません。




2022/10/15

千葉市での講演:「翻訳アプリ時代にどうして/どのように英語を学ぶか」のスライドと動画

 先日、下のチラシの要領で「翻訳アプリ時代にどうして/どのように英語を学ぶか」という講演を行い、千葉市長の神谷俊一氏と対談させていただく機会を得ました。




市長は驚くほど率直かつ気さくにお話されたので私はもとより聴衆の皆さんも非常にいい時間を過ごすことができました。市長には改めて御礼申し上げます。


私が講演の際に使ったスライドは下からダウンロードできます。


「翻訳アプリ時代にどうして/どのように英語を学ぶか」のスライド


この講演の予行演習ビデオは下から見ることができます。


一般市民向けの講演なので、できるだけわかりやすくお話したつもりです。

ご興味のある方はどうぞ御覧ください。


最後に当日お越しいただいた皆様と、企画の裏方で働いてくださったスタッフの方々、そして私の古くからの友人でもありこの企画の事務局をやっていただいた組田幸一郎さんに感謝いたします。





2022/10/13

SNSで自分らしさを失う危険性

 


【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さんへの課題リマインダーに掲載した文章をこのブログに転載しているものです。】


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When Facebook Actually Broke My Brain

https://www.nytimes.com/2022/10/11/opinion/facebook-bipolar-disorder.html

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Facebook, Instagram, TwitterといったSNSが、若者の精神的健康を害しているという調査報告は各所から出されています。このエッセイの著者は、直接の因果関係までは主張していませんが、自分がSNSのニュース・フィードを見る時間が長くなった頃とと、自分の精神不安定の時期が重なることを重視しています。


多くのSNSユーザーは、主体性をもってSNSを使いこなしていると言うでしょうが、著者は以下のように問いかけます。


Many of us once saw social media as an amusing time waster, a virtual space we populate and control. But how many times have I picked up my phone to open Instagram without even noticing? How many hours have I spent mindlessly scrolling, and what algorithmically chosen selfies, platitudes, memes and ads now occupy precious real estate in my brain? In participating, we give up control to the higher power of the algorithm.


自分の心を占めているのが "algorithmically chosen selfies, platitudes, memes and ads"というのは恐ろしいですね。


私たちは、強力なSNSアルゴリズムに支配されて中毒患者のようにスマホを手に取りSNSアプリを開いているのかもしれません。


また、自己表現は自分の精神的健康状態を保つために重要ですが、その自己表現をSNS上で行うようになった現代人は、常に他人からの承認や評価を気にし批判や炎上を恐れます。


偽りの自分の姿--多くの人に称賛され非難されない人物像--をSNSに投稿し続け、いつか自分らしさを失ってゆきます。同時に、同じように偽りの姿を晒し続ける他人の投稿を見続けて、自分にはまだ十分に称賛を受けていないとか、自分もいつか炎上の対象になるかもしれないとか恐れてしまいます。


そんな著者が自分を取り戻すために行ったことは、昔のように誰にも読まれることのない日記のような形で自分の思いを綴ることでした。そうすると自分に対して正直になり、自己理解が深まったそうです。それが自信につながり、外の世界でももっと落ち着き、他人に対しても共感をもって接することができるようになったと著者は述べます。


I’ve dedicated myself to unpacking my own story, mostly out of sight of semicurious onlookers and algorithms. Without an audience in mind, I was able to write with fierce honesty. The more I wrote, the more space I took up in my own mind. Grounded in self-knowledge, away from thoughts of engagement, comparison and chaos, I could re-enter public virtual spaces with more confidence, calm and empathy.


もし皆さんの中にSNSをやめられない人がいたら、SNSという表現手段の危険性について真剣に考えるべきかもしれません。






2022/10/06

"Humble"であることは近代社会で成功するためにも必要・・・(たぶん)


【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さんへの課題リマインダーに掲載した文章をこのブログに転載しているものです。】



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The New York Times(2022/10/05電子版)に次のタイトルのエッセイが掲載されました。


"Humility Is a Virtue. But Can Humble People Succeed in the Modern World?"


たしかに"humble"であることは、多くの宗教が勧めていることですしかし"humble"であれば、近代社会の競争を生き残ることはできないのではないか、というのがこのエッセイストの問いかけです。


しかし商業の性質を理解すると"humble"であることと近代社会で生き残ることが合致しそうです。ビジネスをするためにはマナーがよくなければならないからです。エッセイストは友人によるモンテスキュー引用を紹介します。(注)


He referred me to Montesquieu, the Enlightenment philosopher who wrote: “Commerce is a cure for the most destructive prejudices; for it is almost a general rule, that wherever we find agreeable manners, there commerce flourishes; and that wherever there is commerce, there we meet with agreeable manners.”


"Humble"であること、つまり"humility"が、他人の意見に耳を傾け、他人から学ぶことであれば、それは近代社会での成功の鍵になります。少なくとも新しい発想を身につけることは容易になるでしょう。


if by humility we mean listening to other people without presumption and being willing to learn from them, that’s a virtue that can fuel innovation and growth. 


「他人の意見を聞くなんて当たり前でしょ?」とお思いのあなた、本当にそうですか?実はそんなに簡単なことではないと思います。少なくとも私は、他人の意見を耳では確認しながらも「この人はだいたい○○だから・・・」とか「この件は△△に決まっているでしょ!」などといった偏見が心の中に芽生えることがしばしばあります(反省)。


エッセイストは別の友人による引用も紹介します。


She quotes the Jewish sage Ben Zoma, who said: “Who is wise? One who learns from every person."


大学での学びも、皆さんを"humble"にするものであってほしいと願っています。



(注)とはいえ、購買活動の多くが無人格的なネット販売に移行していることを考えると、それほど商業にとって美徳は必要だといえるのだろうかという疑問も湧いてこないわけではありません。

2022/09/29

「言語教育設計学2」(2022年度後期)のシラバス

 言語教育設計学2

 

授業開催形式

今期の授業はすべて教室で対面して行う予定です。受講者の皆さんは、京都大学の人間・環境研究科のLearning Management SystemであるPandAにアクセスできるデバイス(ラップトップ推奨)を持参して教室に来てください。なお、万が一のためにZoomでの生配信をしますが、これは特別な理由で教室に来れない人のための例外措置です。

授業資料提示および課題提出はすべてPandAから行います。受講者は毎週必ずPandAをチェックしてください。

なお下の記述は、大学のKULASISシステムに掲載したものとは少し異なっております。講師の最新の知見を活かすための改訂ですので、ご了解をお願いします。

 

 

授業の概要・目的

この授業では言語教育の設計を、「実践・実践者」、「行為」、「身体」、「語り」の4つの観点から考察します。この授業の目的は、これら4つの観点から、言語教育における授業およびカリキュラムの設計について理論的に考察し、さらにそれを改善・再構築する力をつけることです。この力により、履修者が実際に教壇に立った際に、言語教育の改良に貢献できることを目指します。

なおこの授業での「言語教育」として考察する事例は主に日本における英語教育ですが、その他の事例にも時に言及します。またここでの「設計」として主に考えるのは、教師が(学習者からの協力をえながら)構想・実施できるレベルの設計・改善・再構築です。

 

 

到達目標

・理論的目標:言語教育における授業やカリキュラムの設計において、単に自分の経験から考えるのではなく、実践研究・実践者研究の観点から検討を加えることができるようになる。

・理論的下位目標 (1):実践および実践者を重視した研究について理論的に考察できるようになる。

・理論的下位目標 (2):言語教師と言語学習者が個人として行う行為や技能修得について理論的に考察できるようになる。

・理論的下位目標 (3):言語教師と言語学習者の身体について理論的に考察できるようになる。

・理論的下位目標 (4):言語教師と言語学習者が共同体を形成し語り合うことについて理論的に考察できるようになる。

・実践的目標:言語教育の授業やカリキュラムの設計・改善・再構築について、自分なりの解決法を提案し、それを共同体的観点からも研究的観点からも再検討することができるようになる。

 

 

授業計画と内容

この授業は上記の4つの観点に基づき、4部から構成されています。

 

 

【第1部 なぜ実践研究・実践者研究が重要なのか】

01 (10/06) コミュニケーションとしての授業

02 (10/13) ある実践者(田尻悟郎氏)の実践の分析

03 (10/20) 教育実践の再現可能性について

04 (10/27) 第1総括:実践研究・実践者研究から考える言語教育の設計

 

【第2部 実践研究・実践者研究の理論的背景(1):行為について】

05 (11/10) 実践論から考える言語教育

06 (11/17) 技能修得論から考える言語教育

07 (11/24) 行為論から考える言語教育

08 (12/01)  2総括:実践者・技能・行為から考える言語教育の設計

 

【第3部 実践研究・実践者研究の理論的背景(2):身体について】

09 (12/08)  神経科学の身体論から考える言語教育

10 (12/15)  認知意味論の身体論から考える言語教育

11 (12/22)  人間と言語の全体性から考える言語教育

12 (01/05)  3統括:身体から考える言語教育の設計

 

【第4部 実践研究・実践者研究の方法:語り合いについて】

13 (01/12) 物語論と対話論から考える言語教育研究

14 (01/19) 当事者研究・オープンダイアローグから考える言語教育研究

15 (PandA) フィードバック

 

 

授業の基本方針:以下に、予習と復習のやり方について書きますが、大切なことは、この授業は教師が一方的に知識を提供する情報伝達ではなく、受講者の主体的で積極的な参加を求めるということです。受講者は、教師が予め提供しておいた予習用資料の中で、自分が重要だと思った論点を予めまとめてPandAに投稿します。授業ではそれらの論点を共有し対話を行います。その際に、さらなる説明が必要でしたら教師は解説を加えますが、それ以外は、教師は基本的には授業内では知識提示は行わず、もっぱら受講者の対話を深める役に徹します。復習は総括回で行いますが、そこでは、授業で学んだことをできるだけ精緻に言語化します。予習では書きことばで、授業では話しことばで、思考と省察を重ね、言語教育について的確に考え語ることができるようになることを目指します。その思考力・省察力によって言語教育の現場でも有益な対話をするだけの力を獲得することを狙っています。

 

 

精読回:第1-35-79-1113-14回(以下、精読回)の授業では、履修者が指定されたテクストを精読した上自分なりの理解や疑問を明確にし、それをもとに参加者全員で討議します。

予習のやり方は以下の通りです。

予習:授業前日の深夜(水曜夜23:59) までに、以下の「教科書」の項に示されたURLの記事(公開されている学術論文の場合はPDF本文)を読み、自分なりに理解できたことと理解できなかったことをまとめて、PandAの「課題」の欄に書き込んでください。

 

 

総括回:第4812回(以下、総括回)の授業は、それまでの総括を行い、履修者がそれまでに学んだ観点を整理した上で、授業では各自が発表し参加者全員で討議します。

予習のやり方は以下の通りです。

予習:授業前日の深夜(水曜夜23:59) までに、それぞれの部で学んだことに基づき、言語教育において重要と考える1つの論点についてまとまった文章を書き、それをPandAの「課題」の欄に書き込んでください。

 

 

フィードバック:第15回の授業ではフィードバックとして、授業全体を通じた学びを再確認しそこから新たな学びにつながるような情報提供をPandA上で行います。

 

 

履修要件

特になし

 

 

成績評価の方法・観点

精読回の授業での予習状況(25点満点)と積極的な対話(25点満点)、および統括回における予習(25点満点)と実際の発表(25点満点)の合計得点(100点満点)で評価する。

 

 

教科書

以下のURLの記事がこの授業の教科書に相当します。

 

 

 

【第1部 なぜ実践研究・実践者研究が重要なのか】

 

1 (10/06) コミュニケーションとしての授業

※ 第1回目の授業では顔合わせ、授業説明をした後に以下の解説動画を見ていただきます。この回に限って予習は必要ありません。

 

■ 授業で視聴

「授業というコミュニケーションの計画性と偶発性」スライドと説明Zoom動画の公開

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/09/zoom.html

人格的コミュニケーションとしての授業:スライドと解説動画

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/09/blog-post.html

 

 

 

2 (10/13) ある実践者(田尻悟郎氏)の実践の分析

 

■ 必須

柳瀬の発表部分のスライドと動画の公開:人を育てる英語教育・田尻悟郎の授業は大学生の人生にどう影響を与えているのか

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/08/blog-post_22.html

▲ 参考

「こんな先生に出会いたかった! ~豊かな人生を送るために子どもたちに伝えること~」

http://www.kobegakkou-blog.com/blog/2014/08/post-cbeb.html

田尻実践に見る英語教育内容マネジメントに関する一考察 (2005/3/6)

https://ha2.seikyou.ne.jp/home/yanase/inservice.html#050306

田尻悟郎先生の多声性について

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2012/04/blog-post.html

 田尻先生の「進化」、言語感覚、コミュニケーション観、学習観

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2010/06/blog-post_14.html

田尻悟郎 (2021) 『知ってる英語で何でも話せる! 発想転換トレーニング』 コスモピア

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/05/2021.html

アレント『人間の条件』による田尻悟郎・公立中学校スピーチ実践の分析

http://ha2.seikyou.ne.jp/home/yanase/zenkoku2004.html#050418

大学野球「関西大学」に組織力が生まれた「意外な方法」…野球を「教育」にすればこれだけ変わる

https://gendai.media/articles/-/102048

 

 

 

3 (10/20)  教育実践の再現可能性について

 

■ 必須

柳瀬陽介「教育実践を科学的に再現可能な操作と認識することは,実践と科学の両方を損なう」(シンポジウム:外国語教育研究の再現可能性2021

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/09/2021_11.html

当事者の現実を反映する研究のために(要パスワード)

https://app.box.com/s/eubli7mwy4lqrens47rw7w3i0iiqw5ce

▲ 参考

柳瀬陽介 (2017) 「英語教育実践支援研究に客観性と再現性を求めることについて」『中国地区英語教育学会研究紀要』47 p. 83-93.

https://doi.org/10.18983/casele.47.0_83

草薙邦広・鬼田崇作・ 亘理陽一 (2021) 「外国語教育研究の再現可能性 : 素朴な認識の拒絶と追求姿勢の擁護」 『広島外国語教育研究』

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/03/2021_26.html

 

 

 

4 (10/27) 第1総括:全体性の観点から考える言語教育の設計

 

上のURLを再読したり、関連文献を自分で読み進めたりして、自分なりの問題意識を高めください。その上でトピックを1つ定めて、まとまった文章を書いてください。

なおこの総括は、本格的なエッセイ・論文である必要はありませんが、学術的な書き方にはしたがってください。「学術的な書き方」について共通理解を得るため、一度は必ず下の記事を読んでおいてください。

 

■ 必須

私家版:論文執筆のための5つの手順

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/04/5.html

Thesis Statement (X is/does Y in Z) 3要素の説明とYZの定め方

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/05/thesis-statement-x-isdoes-y-in-z-3yz.html

 

 

 

 

【第2部 実践研究・実践者研究の理論的背景(1):行為について】

 

05 (11/10)  実践の認識論

 

■ 必須

K.ガーゲン・M.ガーゲン著、伊藤守・二宮美樹訳 (2018) 『現実はいつも対話から生まれる』ディスカヴァー・トゥエンティワン

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/09/km-2018.html

「工学的合理性から行為内在的省察へ」 "The Reflective Practitioner" の第2章のまとめ

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/09/reflective-practitioner-2.html

「専門職および専門職の社会における位置に関する発展的考察」 "The Reflective Practitioner"の第10章のまとめ

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/09/reflective-practitioner10.html

「学びのための対面コミュニケーションとはどうあるべきか: 精神科医・神田橋條治氏の実践知からの整理と考察 『ラボ言語教育総合研究所報 ことばに翼を』Vol.4

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/04/vol4.html

▲ 参考

『神田橋條治精神科講義』『神田橋條治医学部講義』(創元社)を読んで

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/02/blog-post.html

神田橋條治『精神療法面接のコツ』『追補 精神科診断面接のコツ』(岩崎学術出版社)の教育への拡大解釈(その1

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/02/1.html

神田橋條治『精神療法面接のコツ』『追補 精神科診断面接のコツ』(岩崎学術出版社)の教育への拡大解釈(その2

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/02/2.html

神田橋條治 (2011) 『技を育む』 中山書店

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/03/2011.html

 

 

 

06 (11/17) 技能修得論から考える言語教育

 

■ 必須

Michael Polanyi (1958) Personal Knowledge (The University of Chicago Press)のまとめ

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/09/michael-polanyi-1958-personal-knowledge.html

Michael Polanyi (1966) The Tacit Dimension (Peter Smith) のまとめ

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/09/michael-polanyi-1966-tacit-dimension.html

▲ 参考

ジョッシュ・ウェイツキン著、吉田俊太郎訳 (2015) 『習得への情熱 -- チェスから武術へ』(みすず書房)

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/09/2015.html

羽生善治氏の4冊の本を読んで:知識を経験にそして知恵に

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/09/4.html

 

 

 

07 (11/24) 行為論から考える言語教育

 

■ 必須

B・ラトゥール著、伊藤嘉高訳 (2019)『社会的なものを組み直す』法政大学出版局、Bruno Latour (2005) Reassembling the social OUP

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2019/08/b-2019bruno-latour-2005-reassembling.html

國分功一郎 (2017) 『中動態の世界 意志と責任の考古学』(医学書院)

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2018/10/2017.html

國分功一郎・熊谷晋一郎 (2019) 『<責任>の生成 -- 中動態と当事者研究』(新曜社)を読んで:「英語が話せる」ことや「やる気が出ない」ことなどについて

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/03/2019.html

國分功一郎 (2021) 「中動態から考える利他--責任と帰責性」伊藤亜紗、他『「利他」とは何か』集英社 (111-134頁)

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/03/2021-111-134.html

▲ 参考

『学び合い』における コミュニケーション観の転換 ―近代的主体からオートポイエーシスへ―(中国地区英語教育学会発表用のスライドと配布資料と発表音声)

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2019/06/blog-post_26.html

 

 

 

08 (12/01)  2総括:実践者・技能・行為の観点から考える言語教育の設計

 

上のURLを再読したり、関連文献を自分で読み進めたりして、自分なりの問題意識を高めください。その上でトピックを1つ定めて、まとまった文章を書いてください。

 

 

 

 

【第3部 実践研究・実践者研究の理論的背景(2):身体について】

 

09 (12/08) 神経科学の身体論から考える言語教育

 

■ 必須

Lisa Feldman Barrett (2018) How Emotions Are Made: The Secret Life of the Brain (London: Pan Books) の四章までのまとめ

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2019/08/lisa-feldman-barrett-2018-how-emotions.html

Lisa Feldman Barrett (2018) How Emotions Are Made: The Secret Life of the Brainの五章(「概念、ゴール、ことば」)のまとめ

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2019/08/lisa-feldman-barrett-2018-how-emotions_26.html

Lisa Feldman Barrett (2018) How Emotions Are Madeの第六章(「脳はいかにして情動を作り出すのか」)のまとめ

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2019/09/lisa-feldman-barrett-2018-how-emotions.html

意味のシステム依存性と語の超越論的指示機能に関する若干の考察:バレット著、高橋洋訳 (2019) 『情動はこうしてつくられる』(紀伊國屋書店)の1-7章を読んで

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/02/2019-1-7.html

7章「社会的実在性を有する情動」(Emotions as Social Reality) のまとめ: "How Emotions Are Made"より

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/02/7emotions-as-social-reality-how.html

身体と心と社会は不可分である:Barrett"How Emotions Are Made"の後半部分から

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/02/barretthow-emotions-are-made.html

▲ 参考

「優れた英語教師教育者における感受性の働き―情動共鳴によるコミュニケーションの自己生成―」投影スライドと配布資料 + 音声録音ファイルと質疑応答のまとめ

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2017/06/blog-post_73.html

「優れた英語教師教育者における感受性の働き―情動共鳴によるコミュニケーションの自己生成―」(『中国地区英語教育学会研究紀要』 No. 48 (2018). pp.11-22

http://yanaseyosuke.blogspot.com/2018/05/no-48-2018-pp11-22_88.html

https://doi.org/10.18983/casele.48.0_11

 

 

 

10 (12/15)  認知意味論の身体論から考える言語教育

 

■ 必須

授業用スライド(要パスワード)

https://app.box.com/s/ysv9ab7qwmtkuacqb6k4

ジョージ・レイコフ著、池上嘉彦、河上誓作、他訳(1993/1987)『認知意味論 言語から見た人間の心』紀伊国屋書店

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2012/10/19931987.html

マーク・ジョンソン著、菅野盾樹、中村雅之訳(1991/1987)『心の中の身体』紀伊国屋書店

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2012/11/19911987.html

ジョージ・レイコフ、マーク・ジョンソン著、計見一雄訳 (1999/2004) 『肉中の哲学』哲学書房

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2012/12/19992004.html

▲ 参考

身体性に関しての客観主義と経験基盤主義の対比

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2013/06/blog-post.html

レイコフとジョンソンによる「客観主義」と「経験基盤主義」に関して寄せられた学部生コメント

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2014/01/blog-post.html

 

 

 

11 (12/22)  人間と言語の全体性から考える言語教育

 

■ 必須

「人間と言語の全体性を回復するための実践研究」

https://doi.org/10.14960/gbkkg.12.14

同発表スライド

https://app.box.com/s/wh67tstkva5w9ksqvxy9wsl8tvdr8020


▲ 参考 (1):身体について

竹内敏晴 (1999) 『教師のためのからだとことば考』ちくま学芸文庫

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2012/04/1999.html

野口三千三氏の身体論・意識論・言語論・近代批判

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2012/02/blog-post_21.html

竹内敏晴 『教師のためのからだとことば考』に対する学生さんの感想

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2012/04/blog-post_18.html

「教師のためのからだとことば考」を読んで考えた、授業における生徒への接し方(学部生SSさんの文章)

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2012/08/ss.html

野口三千三の身体論・言語論についての学生さんの振り返り

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2017/01/blog-post.html

和田玲先生による「原初体験と表現の喪失」

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2012/03/blog-post.html

3/4京都講演:「英語教師の成長と『声』」の投影資料と配布資料

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2012/03/34.html

京都講演に対する松井孝志先生のコメントを受けて

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2012/03/blog-post_06.html

「ユマニチュード」あるは<人間らしさ>を教室でも実践することについて

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2017/06/blog-post_13.html

喜多 壮太郎 (2000) 「ひとはなぜジェスチャーをするのか」 『認知科学』7 1 p. 9-21

http://yanaseyosuke.blogspot.com/2018/06/2000-7-1-p-9-21.html

喜多壮太郎 (2002) 『ジェスチャー 考えるからだ』 金子書房

http://yanaseyosuke.blogspot.com/2018/06/2002.html

7/15(日)の公開研究集会:外国語教師の身体作法(京都外国語大学)は予定通り開催します + 柳瀬の当日発表資料公開

http://yanaseyosuke.blogspot.com/2018/07/715.html

David McNeill (2005) Gesture and Thoughtの第1-4章のまとめ

http://yanaseyosuke.blogspot.com/2018/07/david-mcneill-2005-gesture-and-thought1.html

7/22の公開研究集会「外国語教師の身体作法」での柳瀬発表の後の質疑応答

http://yanaseyosuke.blogspot.com/2018/07/722_17.html

率直で開かれたコミュニケーションから私たちの喜びである共感や連帯感が生まれる(アダム・スミスの『道徳感情論』から)

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2017/06/blog-post_23.html

「公開ワークショップとシンポジウム:英語教育の身体性」の参加者の振り返り

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2017/05/blog-post_22.html

(続)「公開ワークショップとシンポジウム:英語教育の身体性」の参加者の振り返り

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2017/05/blog-post_30.html

(続々)「公開ワークショップとシンポジウム:英語教育の身体性」の参加者の振り返り

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2017/06/blog-post_18.html

▲ 参考 (2) :ユングについて

「人間と言語の全体性を回復するための実践研究」では、ユングについても言及されていましたので、以下の資料も追加します。

C.G.ユング著、林道義訳 1987 『タイプ論』 みすず書房

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2014/05/cg-1987.html

C.G.ユング著、ヤッフェ編、河合隼雄・藤縄昭・出井淑子訳 (1963/1972) 『ユング自伝 思い出・夢・思想 ―』 みすず書房

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2010/01/cg-19631972.html

C.G.ユング著、小川捷之訳 (1976) 『分析心理学』 みすず書房

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2010/01/cg-19681976.html

C.G.ユング著、松代洋一訳 (1996) 『創造する無意識』平凡社ライブラリー

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2014/02/cg-1996.html

C.G.ユング著、松代洋一・渡辺学訳 (1995) 『自我と無意識』第三文明社

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2014/02/cg-1995.html

小川洋子・河合隼雄『生きるとは、自分の物語をつくること』新潮社

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2011/03/blog-post_3321.html

河合隼雄 (2009) 『ユング心理学入門』岩波現代文庫

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2014/03/2009.html

河合隼雄 (2010) 『心理療法入門』岩波現代文庫

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2014/03/2010.html

河合隼雄 (2009) 『カウンセリングの実際』 岩波現代文庫

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2014/03/2009_25.html

河合隼雄 (2009) 『心理療法序説』(岩波現代文庫)

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2014/04/2009.html

村上春樹(2010)『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』文藝春秋

http://yanaseyosuke.blogspot.com/2010/10/2010_31.html

小川洋子(2007)『物語の役割』ちくまプリマー新書

http://yanaseyosuke.blogspot.com/2010/10/2007.html

J-POSTLは省察ツールとして 英語教師の自己実現を促進できるのか ―デューイとユングの視点からの検討―(「言語教育エキスポ2014」での発表)

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2014/03/j-postl-2014.html

柳瀬・山本・樫葉 2015) 「英語教育の 「危機」 と教育現場」 (草稿)

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2015/05/2015-45-pp.html

当事者の弱さや苦労を他人が代わりに解決することについて -- ユング『分析心理学』再読から当事者研究について考える --

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2019/01/blog-post.html

ルーマンの二次観察についてのさらに簡単なまとめ

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2019/07/blog-post.html

ルーマンの二次観察 (Die Beobachtung zweiter Orndung, the second-order observation) についてのまとめ --  Identitat - was oder wie? より

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2016/08/die-beobachtung-zweiter-orndung-second.html

 

 

 

12 (01/05) 第3統括:身体から考える言語教育の設計

 

上のURLを再読したり、関連文献を自分で読み進めたりして、自分なりの問題意識を高めください。その上でトピックを1つ定めて、まとまった文章を書いてください

 変更:1/5の授業は、柳瀬が以下の資料(第9回の参考資料:授業では扱えなかった)をもとにした講義をします。特に予習の必要はありません。年末年始はゆっくり休んでください。

「優れた英語教師教育者における感受性の働き―情動共鳴によるコミュニケーションの自己生成―」投影スライドと配布資料 + 音声録音ファイルと質疑応答のまとめ

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2017/06/blog-post_73.html

「優れた英語教師教育者における感受性の働き―情動共鳴によるコミュニケーションの自己生成―」(『中国地区英語教育学会研究紀要』 No. 48 (2018). pp.11-22

http://yanaseyosuke.blogspot.com/2018/05/no-48-2018-pp11-22_88.html

https://doi.org/10.18983/casele.48.0_11

 

 

 

【第4部 実践研究・実践者研究の方法:語り合いについて】

 

13 (01/12) 物語論と対話論から考える言語教育研究

 ※ 予定を一部変更して、今回は物語論だけを扱います。

■ 必須

なぜ物語は実践研究にとって重要なのか

https://doi.org/10.14960/gbkkg.16.12

3/11の学会発表スライド:なぜ物語は実践研究にとって重要なのか―仮定法的実在性による利用者用一般化可能性―

http://yanaseyosuke.blogspot.com/2018/03/311.html

柳瀬陽介 (2010) 「英語教育実践支援のためのエビデンスとナラティブ : EBMとNBMからの考察」

https://doi.org/10.18983/casele.40.0_11

当事者の現実を反映する研究のために(要パスワード)

https://app.box.com/s/eubli7mwy4lqrens47rw7w3i0iiqw5ce

八木真奈美・中山亜紀子・中井好男 (2021) 『質的研究を考えよう』(ひつじ書房)、および意味概念と物語概念のまとめ

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/03/2021.html

「人が他人の心を知ることができるのか」という難問、および再帰性 (reflexivity) と省察 (reflection) の違い

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/03/reflexivity-reflection.html

北出慶子・嶋津百代・三代純平 (2021) 『ナラティブでひらく言語教育』

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/03/2021_24.html

『荒木飛呂彦の漫画術』を読んで、実践報告における人間の描き方について考えました

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/05/blog-post.html


▲ 参考(物語論)

J. Bruner (1986) Actual Minds, Possible Worlds の第二章 Two modes of thoughtのまとめと抄訳

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2017/10/j-bruner-1986-actual-minds-possible.html

Jerome Bruner (1990) Acts of Meaningのまとめ

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2017/06/jerome-bruner-1990-acts-of-meaning.html

ヘイドン・ホワイト著、上村忠男監訳 (2017) 『実用的な過去』岩波書店 Hayden White (2014) The Practical Past. Evanston, Illinois: Northwestern University Press.

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2018/03/2017-hayden-white-2014-practical-past.html

Hayden White (1980) The Value of Narrativity in the Representation of Realityの抄訳

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2017/11/hayden-white-1980-value-of-narrativity.html

Critical Realism, Policy, and Educational Research (批判的実在論、政策、そして教育研究)

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2017/12/critical-realism-policy-and-educational.html


▲ 参考(対話論)

David Bohmによる dialogue (対話、ダイアローグ)概念

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2016/04/david-bohm-dialogue.html

感受性、真理、決めつけないこと -- ボームの対話論から

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/05/blog-post.html

ボームの対話論についての学生さんの感想

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/05/blog-post_8.html

意味と真理の概念から捉えた対話の概念

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/09/blog-post_49.html


 

 

 

14 (01/19) 当事者研究・オープンダイアローグから考える言語教育研究

 

■ 必須

浦河べてるの家『べてるの家の「当事者研究」』(2005,医学書院)

http://yanaseyosuke.blogspot.com/2009/07/2005.html

浦河べてるの家『べてるの家の「非」援助論』(2002年、医学書院)

http://yanaseyosuke.blogspot.com/2009/07/2002.html

英語教師の当事者研究

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/09/blog-post_8.html

樫葉みつ子・柳瀬陽介 (2020) 「当事者研究から考える校内授業研究のあり方

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/02/2020.html

The Distinct Epistemology of Practitioner Research: Complexity, Meaning, Plurality, and Empowerment. 

https://doi.org/10.32234/jacetjournal.64.0_21

オープンダイアローグの詩学 (THE POETICS OF OPEN DIALOGUE)について

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2015/12/poetics-of-open-dialogue.html

オープンダイアローグでの実践上の原則、および情動と身体性の重要性について

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2015/12/blog-post.html

オープンダイアローグにおける情動共鳴 (emotional attunement)

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/01/emotional-attunement.html

オープンダイアローグにおける「愛」 (love) の概念

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/01/love.html

▲ 参考 (1) :当事者研究について

樫葉・中川・柳瀬 (2018) 「卒業直前の英語科教員志望学生の当事者研究--コミュニケーションの学び直しの観点から--

https://doi.org/10.18983/casele.48.0_95

当事者研究が拓く、弱さを語るコミュニケーション ―校内のコミュニケーションリーダーとなる英語教師を目指して―

https://doi.org/10.20581/arele.30.0_271

中川 篤,柳瀬 陽介,樫葉 みつ子 (2019) 「弱さを力に変えるコミュニケーション―関係性文化理論の観点から検討する当事者研究」『言語文化教育研究』第17巻 pp. 110 - 125

https://doi.org/10.14960/gbkkg.17.110

当事者が語るということ

http://yanaseyosuke.blogspot.com/2009/09/blog-post_4103.html

「べてるの家」関連図書5

http://yanaseyosuke.blogspot.com/2009/11/5.html

綾屋紗月さんの世界

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2012/12/blog-post.html

熊谷晋一郎 (2009) 『リハビリの夜』 (医学書店)

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2013/04/2009.html

熊谷晋一郎(編) (2017) 『みんなの当事者研究』 金剛出版

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2017/08/2017.html

15回当事者研究全国交流集会名古屋大会に参加して

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2018/10/15.html

当事者研究のファシリテーター役をやってみての反省

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2018/12/blog-post.html

バウマン『個人化社会』 Zygmunt Bauman (2001) The individualized society

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2019/03/zygmunt-bauman-2001-individualized.html

向谷地生良 (2009) 『技法以前 --べてるの家のつくりかた』医学書院

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2019/01/2009.html

熊谷晋一郎(編) (2019) 『当事者研究をはじめよう』金剛出版

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/03/2019.html

8/25(土)14:00から第8室で発表:中川・樫葉・柳瀬「英語科教員志望学生の被援助志向性とレジリエンスの変化--当事者研究での個別分析を通じて--」(投影資料・配布資料の公開)

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2018/08/82514008.html

眞子和也君と中川篤君の学会発表(2019/03/09(土)言語文化教育研究学会(於 早稲田大学)

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2019/03/20190309.html

熊谷晋一郎(編) (2019) 『当事者研究をはじめよう』金剛出版

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/03/2019.html

向谷地生良(他) (2020) 『弱さの研究 -- 「弱さ」で読み解くコロナの時代 --』 くんぷる

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/12/2020.html

▲ 参考 (2):オープンダイアローグについて

比較実験研究およびメタ分析に関する批判的考察 --『オープンダイアローグ』の第9章から実践支援研究について考える--

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/08/blog-post.html

ヤーコ・セイックラ、トム・アーンキル、高橋睦子、竹端寛、高木俊介 (2016) 『オープンダイアローグを実践する』日本評論社

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2017/08/2016.html

野口裕二 (2018) 『ナラティブと共同性 自助グループ・当事者研究・オープンダイアローグ』

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2019/02/2018.html

「対話としての存在」(『ダイアローグの思想―ミハイル・バフチンの可能性』第二章)の抄訳

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2017/11/blog-post.html

飢餓陣営・佐藤幹夫 (2016)「オープンダイアローグ」は本当に使えるのか(言視舎)

http://yanaseyosuke.blogspot.jp/2016/05/2016.html

斎藤環 (2019) 『オープンダイアローグがひらく精神医療』日本評論社

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/12/2019.html

 

 

 

15 (PandA) フィードバック

授業の総括をPandAでお伝えします。

 

 

 

参考書等

・浦河べてるの家 (2002)『べてるの家の「非」援助論』医学書院

・浦河べてるの家 (2005)『べてるの家の「当事者研究」』医学書院

・樫葉みつ子・中川篤・柳瀬陽介 (2018)「卒業直前の英語科教員志望学生の当事者研究 -- コミュニケーションの学び直しの観点から」『中国地区英語教育学会研究紀要』, No. 48, 95-105.

・斎藤環 (2015)『オープンダイアローグとは何か』医学書院

・セイックラ、アーンキル (2019)『開かれた対話と未来』医学書院

・ダマシオ (2005)『感じる脳』ダイヤモンド社

・ダマシオ (2013)『自己が心にやってくる』早川書房

・ダマシオ (2018)『意識と自己』講談社学術文庫

・中川篤・樫葉みつ子・柳瀬陽介 (2019)「当事者研究が拓く、弱さを語るコミュニケーション --校内のコミュニケーションリーダーとなる英語教師を目指して」『全国英語教育学会紀要』, No. 30, 271-286.

・バレット (2019)『情動はこうしてつくられる』紀伊國屋書店

・ブルーナー (2016)『意味の復権』ミネルヴァ書房

・ボーム (2007)『ダイアローグ』英治出版

・ホワイト (2017)『実用的な過去』岩波書店

・ポラニー (1980)『暗黙知の次元』紀伊国屋書店

・ポラニー (1985)『個人的知識』ハーベスト社

・柳瀬陽介 (2014)「人間と言語の全体性を回復するための実践研究」『言語文化教育研究』, No. 12, 14-28.

・柳瀬陽介 (2017)「英語教育実践支援研究に客観性と再現性を求めることについて」『中国地区英語教育学会研究紀要』, No. 47, 83-93.

・柳瀬陽介 (2018)「優れた英語教師教育者における感受性の働き --情動共鳴によるコミュニケーションの自己生成」『中国地区英語教育学会研究紀要』, No. 48, 11-22.

・柳瀬陽介 (2018)「なぜ物語は実践研究にとって重要なのか?読者・利用者による一般化可能性」『言語文化教育研究』, No. 16, 12-32.

・ユング (1987)『タイプ論』みすず書房

・ラトゥール (2019)『社会的なものを組み直す』法政大学出版局

・レイコフ、ジョンソン (2004)『肉中の哲学』哲学書房

・レイコフ (1993)『認知意味論』紀伊國屋書店

Bruner, J. (1986) "Actual Minds, Possible Worlds" The Harvard University Press

Schon, D. (1984) "The Reflective Practitioner" Basic Books

※翻訳書がある場合は、原著の掲載は省略した。

 

 

授業外学習(予習・復習等)

「授業計画と内容」の項をご参照ください。

 

 

その他(オフィスアワー等)

面談を希望する履修者は、口頭もしくはメールでお知らせください。お互いに都合のよい時間帯を予め決めて面談を行いましょう。

 

 

その他特記事項

特になし。

 

"AI is an empowerment tool to actualize the user's potential."

  本日、「 AIはユーザーの潜在的能力を現実化するツールである。AIはユーザーの力を拡充するだけであり、AIがユーザーに取って代わることはない 」ということを再認識しました。 私は、これまで 1) 学生がAIなしで英文を書く、2) 学生にAIフィードバックを与える、3) 学生が...