2019/09/02

Lisa Feldman Barrett (2018) How Emotions Are Madeの第六章(「脳はいかにして情動を作り出すのか」)のまとめ



この記事は下の二つの記事の続きとしての「お勉強ノート」です。第6章の “How the Brain Makes Emotion” をまとめました。まとめ方は私の関心にしたがったもので、かつ、私の解釈も入っていますので、ご興味のある方は必ず原著を御覧ください。


Lisa Feldman Barrett (2018) How Emotions Are Made: The Secret Life of the Brain (London: Pan Books) の四章までのまとめ
https://yanase-yosuke.blogspot.com/2019/08/lisa-feldman-barrett-2018-how-emotions.html

Lisa Feldman Barrett (2018) How Emotions Are Made: The Secret Life of the Brainの五章(「概念、ゴール、ことば」)のまとめ
https://yanase-yosuke.blogspot.com/2019/08/lisa-feldman-barrett-2018-how-emotions_26.html




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カテゴリー事例の決定 (categorization)
 ある状況において、ある人の脳の中に大きく「怒り」と表象できる概念 (concept) が活性化したとしても、その概念には実に多くの事例が含まれている。それらのうち、その人の身体の内受容 (interoception) やその他の感覚も含めた今の世界のあり方としてもっとも適したものとして選ばれる勝ち残り事例 (winning instance) を脳が決めることをカテゴリー事例の決定 (categorization) と呼ぶ。カテゴリー事例の決定がその人にとっての知覚 (perception) となりその人の行為を導く。 (pp. 112-113)

情報の要約 (summary) としての概念
 人間の脳にはさまざまな物理的・生物的制限があるので脳は効率的な情報処理をしなければならない。たとえばある種の点の連なりは「線」という概念で要約 (summarize) することができる。その概念を表象するニューロンの数は、さまざまな点の連なりそれぞれを表象するニューロンの数よりはるかに少なくて済む。「線」概念が重なったさまざまの事例の一部は「角度」概念として要約できる。要約を続ければ「目」概念、「顔」概念などとその抽象度を上げることができる。抽象度の高い概念はそれだけ効率的な情報の要約 (more efficient summaries of the information) である。 (p. 115)

補足:「顔」概念での知覚は、「目」概念での知覚と異なり、「目」概念以外の「鼻」概念や「口」概念なども含めて統合した知覚である。「顔」概念に必要なニューロンの数は、「目」「鼻」「口」などの「顔」を合成する諸概念のニューロンの数の合計よりもはるかに少ないだろう。ましてや、それは、「目」概念などを構成するさまざまな「角度」や「線」の概念のすべてを表象するニューロンの合計数よりも断然少ない。抽象度の高い概念をもつことにより、人間は効率良い情報処理ができる。

補足2:多層構造に関しては、私は下の記事をまとめた際に参照した動画からアナロジー的に理解しました。文系の悲しさで、きちんとした理解ができていないことを恥じます。

松尾豊 (2015) 『人工知能は人間を超えるか』、松尾豊・塩野誠 (2016) 『人工知能はなぜ未来を変えるのか』




概念はマルチモーダルであるし非常に抽象的でもありうる
 上には視覚の例だけを出したが、もちろん概念には他のモードの感覚(たとえば聴覚、嗅覚、内受容感覚など)も含まれるという意味で多感覚的 (multisensory) であるし、「母」といった極めて抽象的な概念も含まれる。 (p. 116)

補足:「母」という概念は、例えば自分の母親に関してのさまざまな姿・声・匂い・内受容などの事例を含むだけでなく、これまで自分が接してきた他の人の母親に伴う事例、これまで接したことはないが自分の経験や記憶から想像できる母親についての事例、さらには「新宿の母」「母としての自然」といった比喩的表現に伴う事例も含んでいる。それぞれの「母」の事例にはさらにさまざまな下位概念を含むことを考えると、「母」概念は莫大な量の情報を要約している非常に抽象的な概念であることがわかる。

概念と予測はコインの裏表
 「ある概念の一事例を構築する」 (construct an instance of a concept) ことは、「ある概念の予測を出す」 (issue a prediction) ことと同じである。予測とは概念を「適用」することと考えることができる (Think of prediction as “applying” a concept)。この予測においては、さまざまな知覚入力を通じての修正や洗練 (correcting or refining) が行われる。(p. 118)

予測においては、細かな予測という巨大な滝の流れ (a gigantic cascade of more detailed predictions) が生じる
 たとえば今・ここでの諸感覚から「幸せ」という概念を想起し、その概念を基にして直近の未来のあり方を予測しようとすれば、その概念から数多くのより小さな(=低次の)概念が想起され、それらはそれぞれにさらに小さな概念を想起させ・・・といったことが何層にもわたって行われる。つまり諸感覚入力の要約 (a summary of all the sensory input) である「幸せ」概念を開いて (unpack) 、さらに細かな予測という巨大な滝の流れ (a gigantic cascade of more detailed predictions) が生じさせる。(p. 119)

補足:原著とは異なる図を私なりに作ってみた。最初に細かなお断りを入れておくと、この三層の図は極端な単純化で、本来、ニューロン(印)は何十・何百もの層にも重なっているはず(「何十・何百」という規模でいいのか自信がないのですが、それはそれとして)。また図としては本来、第一層のすべてのニューロンが第二層のすべてのニューロンに、第二層のすべてのニューロンは第三層のニューロンに線でつながれているべきなのですが(線は0から1までの間の重み付けをもつと仮定する)、面倒なので省略しました。



 もし諸感覚の入力から「幸せ」概念のニューロン(本来はニューロン集合でしょうが、ここでは議論を簡単にするために単一のニューロンとする)が活性化したなら(=頂上の印が活性化したなら)、それは第二層の多くのニューロンさらには第三層のさらに多くのニューロンを活性化させる。その活性化の過程でも諸入力は次々に入り続けるので、それらの諸入力ともっとも適合的なニューロン(=第三層のどれか一つの印)が活性化する。それが予測である。
 逆のプロセスを取るのが概念を形成することである。人はさまざまの事例(=第三層のさまざまな印)を経験し、それらは抽象化(=第二層のニューロンで表現)され、また周囲の人々の「それは幸せなことだったね」といった発話に教えられ、独自の「幸せ」概念(=第三層のニューロン)を作り出す(また、この概念形成は終結することなく、その時々の状況にもとづくゴールによって概念は新たに作られる)。

滝の流れの始まりと終わり
 概念の滝の流れは、内受容ネットワーク (interoceptive network) から始まり、一次感覚領域 (primary sensory regionの訳語として適切かどうかわかりません)で終わる。このことからあらゆる予測やカテゴリー事例の決定は、その人の身体の状態が関わっていることがわかる。 (pp. 121)

補足:内受容ネットワークについては下を参照

Lisa Feldman Barrett (2018) How Emotions Are Made: The Secret Life of the Brain (London: Pan Books) の四章までのまとめ

情動的細密性 (emotional granularity) が高いことの長所
 「心地よい」 (pleasant) といった幅広い(情動)概念が活性化すると、それだけ数多くの事例が予測されるが、これは脳に負担をかけることになる。他方、(情動)概念が細密化されていると(=高い細密性 (high granularity) をもつと)、可能な予測事例の数は少なくなり、予測はより効率よく (efficient) かつ精密 (precise) なものになる。 (p. 121)

補足:これも私なりに図を作ってみた。三角形の高さは前の図の三角形よりも高いが、両者の高さは実は同じものだと仮定してほしい。前の図が一つの三角形でカバーしていた領域を、この図の五つの三角形がカバーしていると想像してほしい。言い換えるなら、この図は前の図が表象していた概念をさらに五つに細分化しているわけである。



 このような細分化された概念を有する人は、より短時間でより精密な予測ができることになる。大胆に言い換えるなら、より多くの語彙を使いこなせる人は、より速くより緻密な予測ができることになる。もちろん概念はすべて言語化されていなければならないのではないのだから、例えば人の動きをより細密に識別できる武術家は、より素早くより効果的に相手を制することができるともいえるだろう(もちろんこの識別が意識的である必要はない)。

概念も母集団思考 (population thinking)
 補足:ここの解釈は私の考えがずいぶん入っていますので、この項の記述は「補足」といたします。この解釈を出した元は122ページの最初の段落です。
 概念も母集団思考で考えるべきである。ある概念はさまざまな事例から構成されており、その母集団をもって概念となしている。だが、人がある概念を活性化したとしても、それはその人がその概念のすべての事例をすべて想起しているといったことは意味しない。概念は事例の要約に過ぎない。
 また、異なる状況で違うゴールをもった場合は、別の仕方でその概念を活性化するだろう。つまり、その際にその概念に含まれる事例は前の時の事例とは異なっている可能性がある。したがってこの場合の予測は、前の場合の予測には含まれなかったようなものになる可能性がある。
 この意味で、事例の “population” という用語は、単なる「集団」ではなく、理念的な想定である「母集団」と訳した方がよいと私は考えます。
 とはいえ、私は進化論に関しての理解は非常に浅いので今後勉強を重ねてゆきたいと思っています(本を読む時間がほしい)。

実際の予測は、同時並行的かつ確率的に大量に行われる
 脳は刻々と何千もの予測を同時並行的に出している。予測はイチかゼロかといったものではなくどれも確率的 (probabilistic) であり、どれか一つだけの予測が100%正しいとしてそれに固執 (linger on) するようなことはない。

補足:武術オタク的にいうと心身が「居着く」と、100%とは言わないにせよ、ある状態が到来する可能性しか予測できず、心も身体もその準備にばかり動員されて、状態変化についてゆけなくなる。(参考:『古武術の極み: 身体の使い方には理がある 柔術稽古覚書其ノ一』)

数多くの予測を管理するコントロールネットワーク
 あまりに多くの予測が生じると脳は混乱するが、その混乱を解消するのがコントロールネットワーク (control network) である。たとえばある有名な図では、ACに挟まれればBと見え、1214に挟まれれば13に見える記号があるが、この場合、それぞれ二つの文脈に応じてコントロールネットワークが働いていると言える。ただしコントロールといっても中央管理ではなく、適当にいじくっている (tinker) といったイメージの方が実際に近いだろう。 (p. 123)

意味を作り出すという現象
 脳は、過去の経験に基づいて、次の瞬間に世界がどうなるか予測するメンタルモデルを常に有している。これが概念を用いて世界と身体から意味を作り出すという現象である。人が起きている時に脳は過去の経験を用い、それを概念として組織化して、次の行動を導くと共に感覚に意味を与える。 (Your brain has a mental model of the world as it will be in the next moment, developed from past experience. This is the phenomenon of making meaning from the world and the body using concepts. In every waking moment, your brain uses past experience, organized as concepts, to guide your actions and give your sensations meaning.) (p. 123)

補足:ここで私が思い出したのが「意味の流れ」 (a stream of meaning) を強調したボームの論です。ボームは、意味の流れが人々を結びつけるし、一見矛盾するような複数の考えも、それらの意味の流れが連動すれば、それだけ私たちはより真理に近づくとも述べます。予測とは、過去の経験に基づく「想起された現在」 (“the remembered present” by Gerald M. Edelman) と次の瞬間をつなぐ流れであり、かつその流れはどんどん到来する諸感覚入力により刻々と修正・洗練されながら連綿と続くものです。「意味とは流れである」という表現はそれほど間違っていないと私は考えます。

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 他にも意識の統合情報理論は、意味の動態性を強調しました。

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J-STAGE: 中国地区英語教育学会研究紀要
意識の統合情報理論からの基礎的意味理論英語教育における意味の矮小化に抗して

 意味については、下のような論考をまとめたこともあります。

「意味、複合性、そして応用言語学」 『明海大学大学院応用言語学研究科紀要 応用言語学研究』 No.19. pp.7-17

意味についてはいつかしっかりとまとめた論考を書きたいと思います。心身を整えて「忙中閑あり」で時間を見つけてゆきたいと思います。

意味を作り出すということは、与えられた情報を超えるということ
 意味を作り出すということは、与えられた情報を超えるということである (To make meaning is to go beyond the information given)。心臓の早い鼓動には、走れるように四肢に十分な酸素を与えるといった物理的な機能がある。しかしカテゴリー事例の決定は、そういった身体変容が、幸せや怖れといった情動的な経験となることを可能とし、それにその人の文化内で理解された意味と機能を付け足す。カテゴリー事例の決定は、生物学的な信号に新たな機能を付け加えるが、これは物理的性質ではなく、その人の知識と周りの状況によって付け加えられるのである。 (p. 126)

情動は意味である
 情動は意味である (Emotions are meaning.)。情動は、内受容とそれに伴う身体変容性の感情 (affective feelings) を状況に応じた形で説明する。情動は行為の処方箋でもある。内受容ネットワークやコントロールネットワークといった概念を実行する脳システムは、意味を作り出す生物学的現象 (the biology of meaning-making) である。 (p. 126)

補足:繰り返しになるかと思いますが、このようにして考えると意味は生物的であり文化的であり、個人的であり社会的であり、生理的であり認知的であり、現在から過去を参照しつつ未来を志向しているといえるでしょう。
 意味を訳語に還元してしまうような単語集の丸暗記実践や、誰でも同じように同定できると想定する多肢選択試験に強烈な違和感を覚える私としては意味についての理解を深めてゆきたいと思っています。






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