非エンジニアの私が、なんとかエージェント型AIを使おうとしている過程をここで報告します。
1. 出発点:私はAIに作業を委ねる前に、目的と方法を設計した
私は、カント『判断力批判』を、現在進行中の仕事のために日本語訳・日本語解説・英語訳を少しずつ読み進めている。だが時に議論の骨子を十分に掴めないような感覚を拭えない。
私はこの古典を、今回の目的だけでなく、将来にも使える確かな知識基盤として理解したい。AIエージェントの進展により人間の「判断」が大事になると言われている現代、この古典をしっかり理解しておくことには大きな意義があるだろう。
そこで、AIにこの本をセクションごとに要約してもらうことにした。しかし、すぐ要約を書かせるのではなく、まず「どのような要約を、どのような基準で、どの順番で作るか」という作業工程をAIと一緒に設計した。要約は一つ一つのセクションごとに作るものであり、それらがシリーズとなり『判断力批判』をまとめるものとなる。
この段階で重要だったのは、AIへの依頼を単なる命令ではなく、協働作業のための設計図にしたことである。また、各要約には、大学院レベルの説明と平易な説明、重要語のドイツ語、本文内の関係、カントの他著作との関係、外部の思想史的文脈、解釈上の留保などを含めることにした。専用フォルダには、Project Gutenbergでダウンロードした『判断力批判』のドイツ語原文も入れ、AIに参照させるようにした。
また要約は英語で行うものとした。AIの知識基盤においては、カントについても英語の方が日本語よりもはるかに情報が多いとだろうと考えたからだ。それに伴い要約ファイルの言語(ファイル言語)だけでなく、AIとのコミュニケーション言語(チャット言語)も英語にした。コミュニケーションの際には、自分の考えをまとめるために、チャットの入力欄ではなく、別ファイル(作業ファイル)に英語を書いた。なお今回のAIはCodex (ChatGPT) とし、それをVS Codeの中で使った。
2. 「再利用可能なプロンプト」を先に作った
最初に、『判断力批判』を最後の節まで要約するために、繰り返し使える要約作成用プロンプト(reusable prompt)を作成した。といっても私がやったことは、最初に、Goal, Context, Constraintsなどを述べ、それらの条件でAIにプロンプトを作ってもらったことに過ぎない。
このプロンプトは、単に「要約してください」と指示するのではない。原典の範囲を確認し、学術的説明と平易な説明を区別し、引用・ページ番号・学説を捏造しないこと、解釈と本文上の主張を混同しないことなどまでを定めた作業手順である。
その後、このプロンプトをAIに依頼して、毎回「次は第何節か」を人間が入力しなくても、要約フォルダを調べて「まだ要約されていない次の単位」を選ぶ方式に改良してもらった。また、ファイル名の先頭に三桁の連番(serial number)を置くことも私から提案した。AIは作成するファイルには、`Draft` と `Approved` という状態表示(metadata status)を使うなど、実にさまざまな細かな提案をしてくれた。このあたりは、エージェント型AIと本当に協働で仕事を進めている感覚である。
3. AIの出力は、最初から正解として受け取らなかった
最初の試行として、序文(Preface)の要約を作成した。その後、序論の第I節から第IV節までを一つずつ作成し、その都度、私が読み、問題点を指摘し、承認したものだけを `Approved` にした。
これは、AIが長い文章を一度に大量生産する方法とは異なる。小さな単位で出力し、人間が読んで判断し、必要なら修正する。もちろん、AIの技術としては、本の最初の節から最後の節まで一気に作業することはできる。だが、私はAIの出力を少しずつ確認する方法を選んだ。こうすることで、AIの出力が少しず私の目的、読解の水準、表現の好みに合うものになっていく。あるいはAIの出力が私の意図から離れていくことを防ぐ。
今回、序文、序論第I節、第II節、第III節、第IV節まで、5本の要約を1つずつ私が読み、いくつかの応答を経て、それらを承認した。
4. 平易な説明は、単に短くすればよいわけではない
序論第I節の「一文による平易な要約」(One-Sentence Plain-Language Summary)については、私の側から「浅く、分かりにくく、この節の大きな構図を捉えていない」と指摘した。
当初の文は、ある限定的な点だけを述べていた。しかし、その節の中心は、哲学を「理論」と「実践」に分ける原理が、単なる「考えること」と「行為すること」の区別ではなく、自然(nature)と自由(freedom)という異なる原理にある、という点だった。
そこで私はAIに、まずなぜ失敗したかを分析し、修正計画を提示させ、その修正を操作ファイルに反映させた。
5. AIの出力は、もっともらしくても検証が必要だった
作業の途中で、私はAIの訳語について二度問いただした。
第一は、*Urteilskraft* をAIが単に “judgment” としていたこと、第二は*Zweckmäßigkeit der Natur* の訳語をAIが “formal purposiveness of nature” としていたことである。
AIは、この二つの問題を認め、既存の要約を修正した--AIと私では、英訳については可能な限り、私が読み進めようとしているケンブリッジ版(Cambridge edition)を使うことで合意をしていた。また、私はAIにこの種の単純ミスが生じた理由を考えさせ、再発防止策を操作ファイルに書かせた。
6. 「原典第一、既存要約第二」という原則を作った
また私は、AIが以前に作った要約を次の要約のために参照しているのかと問うた。参照すれば、全体の一貫性は上がるが、AI自身の理解を自己強化してしまう危険もあるのではないか、と問うた。
この問いから、AIは次の原則を提示した。
> 原典第一、要約シリーズ第二(source first, series second)
新しい要約を作るとき、AIはまず対象となるカント本文と、その直前・直後の文脈を読む。その後で、用語の一貫性や前後関係を確認するために、直前の一、二本の承認済み要約を参照する。先行要約は便利な補助手段ではあるが、原典より強い根拠にはしない。
この原則は、AIとの協働において重要である。過去のAI出力を「知識」として蓄積するだけでは、誤りもまた整然と蓄積される可能性があるからである。
7. AIのための「参照ガイド」を、人間の修正履歴から作った
数本の要約を作った後、`CPJ-Summary-Reference-Guide.md` という参照ガイド(reference guide)をAIに作成させた。このファイルは、今後のAIの作業を安定させるための運用規則である。AIの出力だけでなく、私からの修正と承認の履歴を、今後の作業の質を高める資源に変えた。
8. 作業のルール自体をプロジェクトに保存した
さらに、この『判断力批判』要約プロジェクト固有の `AGENTS.md` をAIに作成させた。これは、AIが後日このフォルダで再開するときに読む作業指示書である。
そこには、原典の優先順位、翻訳の検証、要約の連番、`Draft` と `Approved` の区別、13の見出し、承認済み要約を無断で書き換えないこと、大量生成をしないことなどが記されている。
AGENTSファイルは、ユーザーにとってありがたい。AIとの協働では、人間が毎回すべてを記憶しておく必要はない。重要な判断を、短いファイルに外在化(externalize)しておけば、後の作業でもAIは同じ水準を保ちやすい。
9. ファイル整理も重要
要約そのものに直接関係しない研究メモ、論文草稿、関連文書は `Supporting-Research-and-Ideas` というサブフォルダに移した。他方、カントの原典、要約作成プロンプト、参照ガイド、作業ログ、プロジェクトのルートに残した。AIが作成した要約ファイルはその前から独自のサブフォルダに入れさせていた(このサブフォルダはそのままコピーすれば、他のAIモデルにとっても利用できる情報源となる)。
こういったフォルダの整理で、AIが次に読むべき資料と、背景として保存すべき資料を区別することで、作業の焦点を保つことができる。なおこれらの作業も私が手作業でファイル移動をしたりフォルダ名を決めて記入したりするのではなく、すべてAIにさせた。
10. この協働での作業分担
この作業で私が担ったのは、単なる最終チェックではなかった。私は、目的を定め、要約の構造を決め、訳語の違和感を発見し、AIの説明が浅い理由を問い、修正の基準を作り、何を承認するかを判断した。
AIが担ったのは、長い原典の構造化、複数の読者層に向けた説明の下書き、ファイルの連番管理、作業規則の文書化、形式的な点検などであった。
したがって、この経験は「AIに要約を作らせた」という話ではない。人間が問いと基準を持ち、AIを限定された支援者として使い、出力を批判的に読み直し、より良い作業環境を段階的に作った経験である。これは、学習における「人間が最初に考え、AIを途中で使い、最後に人間が判断する」(Human-first, AI-second, Human-last)という原則の具体例として説明できる。
補記
今皆さんが読んでいるこの文章の下書きは今回のセッション(001-005の要約ファイルの作成)終了間際にAIに作らせました。チャットボックスには私とAIの間のコミュニケーション記録が残っているのだからAIにとっては簡単な作業です(他方、私はそういったまとめには時間をかけたくありませんでした)。しかし、AIの文章は、視点が時にAI、時に私になったりして、ぶれていたので、私が加筆修正しました。
なお、私はこの作業を深い考えなしに私がCodexでよく使っているChatGPT 5.6 Terraで行いましたが、最後に尋ねると、この種の作業なら、SoraがよいとTerraは答えたことも付記しておきます。
