2021/04/21

語彙学習の3段階と言語習得の社会性について:今井むつみ・佐治伸郎(編著) (2014) 『言語と身体性』(岩波書店)を読んで考えたこと


4/24(土)の研究会(『英語の学びを科学する 〜理論と実践〜』)のために、泥縄式で慌てて今井むつみ・佐治伸郎(編著) (2014) 『言語と身体性』(岩波書店)を読みました(我ながら日頃の不勉強ぶりが恥ずかしい)。

ここでは、その本を読んで考えたことを備忘録的に書いておきます。


■ 記号接地問題

この本に流れる通奏低音のようなテーマは記号接地問題 (symbol grounding problem) です。もともとは人工知能研究で提示されたこの概念を、本書は言語習得の中で考えようとしています。これについては2ページに詳しい定義が掲載されていますが、私としては33ページに書かれたより簡単な説明の方がわかりやすく思えました。


記号接地とは抽象的な記号である言語を人間が身体に接地させ、言語の習得とともに文化を身体の一部にしていく過程、そして、文化の文脈のなかで記号を接地させ、社会として新たな記号を作り出していく過程である。 (p. 33)


私としては、最初の「接地」は「身体化」、2番目の「接地」は「言語体系化」と言い換えられるかとも思いました。また、最後の部分に書かれている「記号を作り出」すことは、言語の理解と使用を社会で更新し言語使用を進化させることと言い換えることができると私は理解しました。(「社会に接地させること」というのは言い過ぎでしょうか)。



■ 語彙学習の3段階:便宜的学習、意味理解(身体化と体系化)、意味理解の更新

この本を読んでいるうちに、典型的な日本人の英語学習のような外国語の語彙の学びは、 便宜的学習、意味理解(身体化と体系化)、意味理解の更新の3段階に大きく分けることができるのではないかと考えました。

このような整理を行うのは、自ら行っている語彙指導の方針についてより明確に理解し、それを改善するためです。勤務校で私が担当している科目(「ライティング-リスニング」では、所定の語彙集を使った語彙学習をすることが必須化されています。私としては、その学習が意味深く効果的なものになるように工夫を重ねているところです。


関連記事:

<実践報告>大学必修英語科目での『学び合い』の試み --「対話を根幹とした自学自習」を目指して--

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/11/blog-post.html


以下に、今回私なりに考えた3段階を示します。ちなみに第2段階には2つの下位段階があります。


(1) 便宜的学習

定義:とりあえず語形(綴りと発音)と語のだいたいの意味を知ること。つまり、当該L2語の綴りと発音という形式を学び、かつ、その語に相当すると思われるL1語(対応L1語)と結びつける学習。

実行:外国語の語彙とそれに対応すると思われる母国語語彙を1対1で並べただけの単語集で可能

補記:対応L1語の形と意味は明確なので、対連合学習はしやすい。だが、下に説明するように、L2とL1の語彙体系は異なる。ソシュールも言うように、語の意味は、その言語の他の語との差異によって大きく規定されるので、対応L1語の意味を当該L2語の意味とみなすことはできない。また対応L1語を丸暗記するだけでは、意味の源泉である情動は喚起されないので、この点でもこの便宜的学習は好ましくない。

 だが、この便宜的学習は小テストに便利なので、学習を管理したい教師などは実質的にこの種の学習ばかりを学習者にさせている。その結果、学習者が覚えた単語を文脈に即して理解したり使用したりできるようになっているかは正直疑わしい。また、丸暗記を嫌う学習者がこれを契機に英語嫌いになることも決して珍しくはないだろう。


(2) 意味理解(身体化と体系化)

定義:学習者は、当該L2語の意味を自分の身体の中および当該言語の体系の中で理解する。

(2a) 当該L2語の身体化

定義:当該L2語の意味を身体で感じる、つまり、当該L2語の使用を、自分の情動の変化と連動させる身体的な学習

実行:少なくとも、学習者にとって意味深い例文を提示(さらには解説)することが必要

(2b)  当該L2語の体系化

定義:当該L2語の意味を他のL2語との関係性の中で理解すること。つまり、当該L2語を、L2の言語的体系の中に位置づける学習。

実行:典型的には、英英辞典の定義と例文のように、当該L2語をそれと同じ言語で説明した文と、その当該語が使われた文が必要

補記:当該L2語と他のL2語の関係性には、統語的・連語的(collocational, syntagmatic) なものと、語彙的・類語的 (lexical, paradigmatic) なものがある。前者は例えば動詞なら何を主語や目的語にとるかといった関係性で、後者はその語の位置に他のどんな語を入れることができるかといった関係性。こういった語彙体系の関係性を学ぶことは、諸概念の関係性を学ぶことでもあり、当該語の文化を学ぶことにつながる。


(3) 意味理解の更新

定義:自然言語のほとんどは多義的であるから、(2) の学習を一回行っただけで、当該L2言語が充分に理解し活用できるとは思えない。したがって、別の文脈での当該L2語使用を経験し、それまでとは少し異なる身体化と体系化を行い、当該L2語の意味理解を更新(=意味理解の拡張や修正)をする 。

実行:現実的には、実際のコミュニケーションの中で、当該L2語の使用の成否に身を委ねながら、言語使用の経験を重ねることで実現する。この意味で語彙学習は歴史的である。

補記:コミュニケーションにおいては、コミュニケーションの相手が当該語の使用を促し、その是非の判断を現実的な反応で示す(「もう少し説明してくれる?」「なるほど、そういうことか」「えっ、それは言いすぎだろう」、「何を言いたいのかわからなくなってきた」といった反応)。この意味で語彙学習は社会的でもある。

 もちろん、現実世界で誰かと共にコミュニケーションをしなくとも、例えば複数の英英辞書の定義を読み、コーパスで大量の例文を読めば、ある程度の意味理解更新はできるだろう。だが、定義や例文を理解するだけでは、可能な意味理解の幅を広げることはできても、どのような意味理解が不可能・不適切かということは学習しにくい。したがって、やはり学習者に当該語を使用させることは重要である。


関連記事

ウィトゲンシュタイン『哲学的探究』の1-88節-- 特に『論考』との関連から

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2012/01/1-88.html



以上の整理を受けて一般論を述べるようなら次のようになります。


■ 語彙学習のあり方について

日本の多くの学習者は語彙学習は(1)しか行っていません。教師が学習者を手軽に管理するため、あるいは学習者が大量の語彙を覚えるためには、 (1) は便利で唯一の選択肢のように思えるかもしれません。ですが、私はこの (1) については批判的です。

語彙習得ということから考えれば、学習者の生活にとって必須のコミュニケーションで語彙を理解し活用し続ければ、改めて (1) や (2) のような学習は不要なのかもしれません。しかし、学習者がなかなか意義を見いだし難いし、学習量も確保し難い外国語教育については、(2) を重視することが必要でしょう。コミュニケーションにおける偶発的な学習だけでは、体系的・効率的に語彙学習をすることは困難です。


■ 私の語彙指導実践

ちなみに私は、昨年度は、所定の語彙集の指定された範囲から何語か選ばせて、その語を使った自由作文をさせそれを提出させ、それにフィードバックを与えていました。

しかし語彙集の簡単な説明だけを見て自由作文をした場合は、根本的な勘違いも珍しくありません。また、そもそも学生が英英辞典をほとんど使いこなせていないことも明らかになりました。

したがって今年度は、最初の7週間で7種類の無料オンライン英英辞典(ただしSkellも含む)を使わせることにしました。学生は指定範囲から自分が使えるようになりたい単語を選び、その定義と例文をコピーした上で、そこから学んだことを自分のことばでまとめることが毎週の課題となっています。まだ2回しかこの課題をさせていませんが、学生の分析的なまとめには面白いものが多いです。

さらにこのまとめの中の優れたものは共有ファイルにまとめて、次の授業で全員に読ませています。学生としては自分以外の学生の分析も読むわけです。

以前はその共有ファイルの解説は私がやっていましたが、今年は学生に好きに読ませて、読んだ中で2つか3つ面白いと思った分析を後でグループ内で発表してくださいと指導しています。さらにグループ内の中の気づきも後で教室全体で共有するようにしています。

こうなると、学生は語彙の学習教材を自分たちで作り、自分たちでその価値を認めあっていることになります。先日気がついたのですが、私の授業方針は、"Less control, more support" ともまとめられます。今後も、学生を自主性を信頼してゆきたく思います。(信頼することにはさまざまなリスクが伴いますが、教師がリスクを負わねば、学習者もなかなか本気にならないのではないかと私は思っています)。




■ 言語習得の社会性について

『言語と身体性』の話に戻れば、この本を読んで考えたことのもう一つの論点は、言語習得は社会的なものであるということです。

人間は、共同注意 (joint attention) や心の理論 (Theory of Mind) などの個体を超えたレベルでの能力が他の動物に比べて優れています。

「なぜこれだけ少ない言語入力からこれだけ莫大な言語の知識を得られるのか」というプラトンの問題に、チョムスキーは生得的知識(普遍文法)をもって答えようとしました。ですが、後天的な社会的支援もその答えの中に含まれるべきでしょう(生得的な知識あるいは能力には普遍文法以外のものもあり、それらは本書の第2章などで集中的に扱われていますが、ここでは割愛します)。言語を獲得しようとする者のことを気遣い、さまざまな対象を共同注視しながらコミュニケーションを重ねる他者は、言語習得において決定的に重要でしょう。

私はこれまで "Language is embodied in flesh and embedded in a context."などとまとめてきましたが、考えてみれば、このモデルには学習者1人しか出てきません。文脈を共有する他者--第1言語習得なら養育者、第2言語学習なら教師--の働きかけを軽視してはいけません。図ではバカみたいに簡単な追加でしかありませんが、私はこれまでよく使っていたまとめの図に、「重要な他者」と「共同注視の対象」を加えました(それに伴い4/24の研究会投映スライドもVer.2に差し替えました)。





ちなみに、コミュニケーションが社会的な協働であるという(常識人からすれば当たり前の)論点を、少しだけ理論的に述べたのが下の文章です。上でも言及した<実践報告>大学必修英語科目での『学び合い』の試み --「対話を根幹とした自学自習」を目指して--  は全文がレポジトリで公開されていますし、そもそも私自身の文章ですから、ここに再掲します。


4 コミュニケーション

理論的整理:心的システムは閉鎖された自己生成システムであり、ある心的システムが別の心的システムと直接に接続し、情報や知識がそのままの形で移送されたりコピーされたりすることはないことは上で確認した通りである。このことをふまえて、ルーマン (Luhmann, 2002, 2008) のコミュニケーション理論を心的システムの観点から語り直すなら、コミュニケーションとは、このように相互に閉ざされた心的システムが、その閉鎖性にもかかわらず自他を協働的に連動させようと試み続けることで生じる社会的な出来事である、となる。

コミュニケーションが社会的な出来事であるということは、コミュニケーションが心的システムを越えたレベルで生じているということである。複数の心的システムの間で行われているコミュニケーションにおいて、どの特定の心的システムもコミュニケーションを完全にコントロールしているわけではない。またそれら複数の心的システムが合体して1つになった心的システム(意識)が新たに生じるわけでもない (Luhmann, 2002)。たしかにたとえば乳幼児とその親のように、コミュニケーションをする2人が互いの動きと連動している統一体のように第三者には見えることはあるかもしれないが、その2人の意識が同一であるわけではない。コミュニケーションは複数の心的システムが、各自で閉ざされた意識を越えた社会的なレベルで協働することによって生じる。

社会的な協働とは、互いがそれぞれの心を原理的には不可知としながらも、観察と推測によって相手にとって関連性 (relevance) の高いと思われる発話を産出する試みを継続することである。ここでの関連性とは、現在でももっとも強力な語用論理論の1つとされる関連性理論 (Sperber & Wilson, 1996) で使われている概念であり、聞き手が有する情報・知識と統合されることによりそれまでになかった有益な情報・知識が聞き手の中に生じてくるような発話が関連性の高い発話であるとされる。

関連性理論では、「関連性がある」 (relevant) ことを次のようにまとめている(このまとめは、話し手が示した新しい情報が聞き手の既知の情報と結びつき、その結果聞き手に新しい情報が生まれるエピソードを紹介した後のものである)。


[前述のエピソードでの]これらの相互に結びついた新しい情報の項目と古い情報の項目が、共に推論過程の前提として使われたとき、さらに新しい情報が派生しうる。その情報とはこれらの新旧の情報が前提として結合しなければ推測できなかった情報である。新しい情報の処理がこのような増殖効果を生じさせるとき、私たちはそれを関連性があると呼ぶ。増殖効果が大きければ大きいほど、関連性は大きい。(Sperber and Wilson, 1995, p. 48)


このように関連性の高い情報を聞き手の中に生じさせるためには、話し手は何らかの働きかけをしなければならないが、その働きかけは話し手が聞き手に認識してほしいという意図をもっていることが明らかにわかる顕示的 (ostensive) なものでなければならない。逆に言うなら、顕示的な働きかけをしながらも、そこから聞き手が何の関連性も見いだせないことが続けば、聞き手にはその話し手とのコミュニケーションを取ることの意義が失われる。聞き手は、その話し手とのそれ以上のコミュニケーション関係を拒むかもしれない。コミュニケーションを行う関係性を保つということは、どの顕示的行為にも相手にとって関連性の高い結果が伴うように努力することが前提とされていなければならない。かくして「顕示は関連性を暗黙のうちに保証する」 (ostension comes with a tacit guarantee of relevance) (ibid. p. 49) と関連性理論は説く。

この関連性と顕示の規定からするなら、通常のコミュニケーション的な関係性が期待されている間柄においてコミュニケーションが行われれば、そこでは話し手においては、聞き手にそれまでになかった有益な情報・知識を生じさせることが前提的に意図されていることになる。もちろん実際には、うまく関連性の高い情報・知識が聞き手に生じない場合もあるだろう。だが、そういった場合には私たちは、言い換えたり、問い直したりする。そうするのも、社会的動物である私たちにとって互恵的なコミュニケーションの関係を保つことは生存のための重要課題であるからだ。コミュニケーション関係を保つためには、相手にとっての発話をできるだけ関連性の高いものにすること、および、相手からの発話をできるだけ関連性の高いものとして解釈することを私たちは前提としなければならない。これがコミュニケーションの基盤である 。

このコミュニケーションの試みが連続する過程で、双方はそれぞれに相手に対する観察と推測に次第に熟達し、齟齬が少なくなり、相手にとってより有益な発話がより頻繁にできるようになる。これがコミュニケーションのメカニズムである。

コミュニケーションの蓄積によって自分との関連が高まった他者との間には「私たち」の感覚が生じてくる。他者が原理的に不可知であることは変わらないのだが、相互の社会的協働が洗練されるにつれ、2人は他人でありながら双方の思考や行動に影響を与え続ける「私たち」として認識されるようになる。「私たち」は2人のどちらにも還元できないし、ただ2人を物理的に合計したものでもない。「私たち」は、社会的な相互作用の継続によって構成されている。もちろんその「私たち」という感覚・認識は、2人において共通ではなく、それぞれがそれぞれにもつものであることはこれまで何度も述べた通りである。コミュニケーションは、複数の心的システムが、それぞれの心的領域を越えた社会的な次元での協働の試みを継続させることによって成立する。そのコミュニケーションの蓄積が「私たち」、やがては社会秩序や文化を形成してゆく。

このコミュニケーション概念の再検討から、『学び合い』とは興味・関心や知識・認識などで互いに異なる学習者が、社会的に協働することで、それぞれの閉ざされた枠組み(心的システム)を撹乱し、それぞれに自己生成を重ねてゆく教育方法であることがわかる。ここでの社会的協働とはコミュニケーションであり、参加者が相手の心をすべて知りえることはないことを自覚した上で、相手にとってもっとも関連性が高い、すなわちもっとも相手の中に情報・知識を生み出しやすいと考える発話を連ねることであった。このような発話はもちろん話し手の負担となるものであるが、互いがコミュニケーションを重ね合う互恵的な「私たち」の関係であるという認識が共有されるにつれ、参加者はより相手にとって有益な発話を志向するようになる。『学び合い』ではしばしば、「一人も見捨てない」ことこそがもっとも重要であるとも言われているが、それは一人も見捨てないことによって、コミュニケーションという互恵的な相互探究の関係構築がより強固になるからとも解釈できるだろう。『学び合い』の実践においては、学習者間の話し合いを、単なる答え合わせといった情報伝達として考えてはならず、社会的関係を維持・発展させることにより、個々の可能性と、その個々が集った社会的集団の可能性を広げるコミュニケーションと考えることが重要となる。



以上、備忘録まで。4/24の研究会(Zoom) ではできるだけよい発表をして、今井むつみ先生ともコーディーネターの方とも聴衆の方々ともできるだけよい対話ができればと願っています。ご興味のある方はぜひこちらからお申し込みの上ご参加ください。


2021/04/15

「実践報告:大学生はライティング授業を通じていかに「英語スキーマ」を学ぶか」(4/24(土)Zoomでの研究会)の発表スライドを公開します



以前にお知らせしました、慶應義塾大学の今井むつみ先生の研究室が企画・運営する以下の研究会で私が使いますスライドが完成しましたので、ここに掲載しておきます。


題名:英語の学びを科学する 理論と実践

日時:2021年4月24日(土)9:30 - 12:30

場所:ZOOMミーティングにて開催

定員:200名

参加:  https://ableonline.studio.site/ableonline04 より申込み



10:30 - 11:10 トーク2

柳瀬陽介(京都大学・国際高等教育院)

「実践報告:大学生はライティング授業を通じていかに「英語スキーマ」を学ぶか」




PDFダウンロード


追記(2021/04/21)

次の記事に書いた言語習得の社会性の観点から、スライドを微修正しました。


なお、上の申込みサイトでは、私の報告では他の現象についても語ると予告しておりましたが、時間の関係で当日は冠詞と可算・不可算名詞についてのみ報告します。

ご興味のある方は、上のサイトからぜひお申し込みください。



追記

この研究会で今井先生は、ご著書の『英語独習法』を下敷きにして、「認知科学から考える合理的な英語学習」という題目でお話をします。

この『英語独習法』は、この記事最後尾に掲載したサイトによりますと、現在、11万部売れているそうです。高度な英語力獲得に関するこの本がそれだけ売れているというのは、英語教育関係者にとっても嬉しい驚きです。

研究社の『英文解体新書』も硬派の内容にもかかわらず(あるいはそれだからこそ)多くの人に読まれ、『英文解体新書2』も近々刊行されます。

それと同時に『英文精読教室』シリーズの刊行も始まり、まるで「文学部英文学科の逆襲」のようだとも言われています。

こういった学究的な英語学習の本がより多くの人に読まれることを、私も英語教育関係者の1人として願っています。


以下は、最近目にした『英語独習法』に関する優れた書評です。



「ネイティブみたいに」って何よ? -- 『英語独習法』を読んで

https://www.iwanamishinsho80.com/post/___b1


今井むつみ『英語独習法』 映画は好きな1本を熟見すべし!

https://book.asahi.com/article/14329003



2021/04/08

Wordtuneで、ある英文の10通りの表現法を生成し、表現の幅を広げる + AI時代の英語学習について


■ Wordtuneとは?


Wordtuneは、Chromeブラウザーの拡張機能の1つです。Wordtuneをインストールすると、無料版でも、任意の英文を10通りにパラフレーズ(書き換え)してくれます。

操作は非常に簡単です。他の表現方法を知りたい英文を選択するだけで、数秒後に10種類の書き換え表現が得られます。好きな表現をクリックすれば、元の英文がその英文に変換されます。


Wordtune

https://www.wordtune.com/



■ Wordtuneはどんな人にとって便利か?


(1) 自分の英語表現の幅を増やしたい人

自分で英語を書きながら、何度も同じような表現が出てきて自分の英語に嫌気がさしている人は、Wordtuneを使って英語表現の幅を増やすことができます。


(2) 英語の発想法を学びたい人

英語学習者で、さまざまな構文での発想法を学びたい人は、Wordtuneを任意の英文に適用することで、同じ考えを異なる構文や発想で表現する実例を大量に知ることができます。


※ ただし後でも述べますが、英語の文体感覚を身につけていない人がWordtuneを濫用すれば、結果的に妙な英文を生成してしまうでしょう。



■ Wordtuneは、DeepLやGrammarlyの上でも使える


WordtuneはあくまでもChromeブラウザー上で使えるものです。 ですから、Microsoft Word上などでは作動しません。


しかしChromeブラウザー上で使用するアプリでしたらかなり多くのものが使えます。Google Document, Gmail, Google TranslateなどのGoogleアプリはもちろんのこと、Facebook, Twitter, Slackなどでも使えます。


私にとってありがたいのは機械翻訳のDeepLや文法・文体修正のGrammarlyといったアプリの上でも使えることです。


DeepL(あるいはGoogle Translate)で翻訳された英文あるいはGrammarlyで編集中の英文を、Wordtuneを使ってさらに書き換えることができます。作業上、これは非常に便利です。



■ 英文翻訳・執筆の作業工程


私は日頃の業務で、多くの英文のメールや文書を作成したり、日本語から翻訳したりしています。その際にはDeepL(主に和英翻訳)、GoogleTranslate(主に英和翻訳)、Grammarly(文法・文体チェック)を多用しています。


今回、Wordtuneが加わることで、日本語文から英語を生み出す過程は、次のようにAIで補強することができます。


(1) DeepLやGoogle Translateで自動的に英語翻訳を獲得する。

(2) その英語翻訳をGrammarlyにコピーし、自動的に文法的・文体的な修正提案を検討した上で修正を加える。

(3) Grammarlyの指摘だけにとどまらず、他に改善点がないか自力で考える。その際にWordtuneを使って表現方法を変えることも検討し、英文を完成させる。

(4) [必要に応じて] 完成した英文が、曖昧な意味をもったり、誤読を誘発したりしないかどうか確認するため、その英文をDeepLやGoogleTranslateに入力して日本語翻訳を得る。


(元の日本語文がない場合は、上の (2) で自分なりの英文をGrammarly上に書くことから始めます。英文を書きつけるはしから、チェックが入るのがわずらわしく思える時は、テクストエディタなどで一気に英文を書いてからそれをGrammarlyにコピーします)


もちろんAIに対する過信は禁物で、(1) から (4) の全ての過程で、AIは思わぬ間違いをします。AIに頼り切りだと、訳抜けがあったり、肯定と否定が逆になっていたり、妙な口語・俗語表現が混入したり、不要な修正をしたり、などとさまざまな問題が生じます。


しかし完璧ではないとはいえ、常に自動的にセカンドオピニオンが得られるのは貴重なことです。


AIは人間の知能の代わりになるものではなく、人間を補佐 (assist) し、人間の知能を増強 (augment) するものだとしばしば言われますが、今回紹介しているWordtuneといったAIもまさにそのような道具として認識するべきでしょう。


      


■ Wordtuneのパラフレーズ実例


以下に、Wordtuneで得られた書き換え表現の例を3つ示します。


これらの例からわかるように、Wordtuneは(当たり前のことですが)元の英文にある文法ミスを常に修正するわけではありません。また、書き換えが過ぎて、元の英文の意味やニュアンスを歪めてしまってしまうこともあります(ごくまれに、完全には文法的でないパラフレースをしてしまう可能性もあります)。


ですから、Wordtuneが提示する書き換えを、深い考えなしに採択し続ければ、結果的に文章全体のまとまりがない妙な英文ができる可能性があります。


自分の中に適切な英語の文体感覚が育っていなければ、たくさんの類例を与えられても迷うばかりでしょう。

文体感覚を育てるには、さまざまなジャンルの英文を丁寧にそして大量に読むことが基本です。

しかし日本人学習者の多くはそのような時間の余裕がありませんし、何より生まれてこの方使い続けている日本語の発想が、英語の発想を身につけることの障害になってしまっています。


その意味では、以下のような文体についての本をよく読んで、練習問題をすることがお勧めです。


遠田和子 (2018) 『究極の英語ライティング』

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2019/05/2018.html


また、長年培ってきた認識パターン(スキーマ)と新たな外国語学習の関係について理解し、学習を効果的なものにするためには以下のような良書の読解をお勧めします。


今井むつみ (2020) 『英語独習法』岩波新書

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/12/2020_22.html


ともあれ、Wordtuneの出力を見てみましょう。(学習者のみなさんは、これらの多くの文例を活用できるぐらいに文体感覚が育っているでしょうか?)


例1の原文(わざと非文法文を入力)

There is many reasons why he want to play a tennis, not the baseballs.


例1のWordtune出力

1. There are many reasons why he prefers to play tennis rather than baseball.

2. Several factors led him to prefer playing tennis over baseballs.

3. His reasons for preferring to play tennis over baseballs are many.

4. Several factors explain why he would rather play tennis than baseball.

5. Many reasons exist why he prefers the tennis, instead of the baseball.

6. He wants to prefer to play tennis, rather than to play baseball, because of a number of reasons.

7. It is for many reasons why he prefers playing tennis rather than baseball.

8. Why he prefers to play tennis instead of baseballs is not clear.

9. Tennis is more beneficial than baseballs - he has many reasons to favor this over baseballs.

10. Why he wants to play tennis regardless of the baseballs.



例2の原文 (The New York Timesのある記事より引用)

If you were to put all the animal life in a Brazilian rainforest on a scale, more than one-quarter of the weight would come just from ants.

https://www.nytimes.com/2021/04/05/science/ants-wilson-photography-niga-rice.html


例2のWordtune出力

1. If all the animals in a Brazilian rainforest were put on a scale, more than one-quarter of the weight would come from ants.

2. More than a quarter of the weight in a Brazilian rainforest would come just from ants if all the other animal life were put on a scale.

3. A Brazilian rainforest would have more than one-quarter of its weight coming from ants alone.

4. The ants would make up a quarter of the weight of all the animals in a Brazilian rainforest if you put them on a scale.

5. In Brazilian rainforests, one-quarter of the animal life will be made up of ants alone.

6. If we were to weigh everything in the Brazilian rainforest on a scale, over 1/3 of it would come from ants alone.

7. Counting all the animals in a Brazilian rainforest, you would find that ants make up nearly one-quarter of the weight.

8. Among all the animal life in a Brazilian rain forest you can infer that more than one-quarter would be ants.

9. When all the animals in a Brazilian rainforest were weighed, they would amount to more than one quarter of the weight.

10. When all the animal life in the Brazilian rainforest is weighed, more than one-quarter of the weight would come just from ants.



例3の原文 (別のNYT記事からの引用)

Researchers have found that adults can change the five traits that make up personality -- extroversion, openness to experience, emotional stability, agreeableness and conscientiousness -- within just a few months.

https://www.nytimes.com/2021/04/06/opinion/covid-personality-change.html


例3のWordtune出力

1. Researchers have found that adults can change the five personality traits -- extroversion, openness to experience, emotional stability, agreeableness, and conscientiousness -- within as little as a few months.

2. The five characteristics that encompass personality can be changed in adults in a matter of months -- emotional stability, agreeableness, openness to experience, and conscientiousness.

3. Researchers have discovered that adults can alter the five characteristics of personality in just a few months - extroversion, emotional stability, agreeableness, and conscientiousness.

4. People with high levels of extroversion, openness to experience, emotional stability, agreeableness and conscientiousness can make big changes to their personality within a few months.

5. Scientists have discovered that adults possess the five traits that make up personality -- extroversion, emotional stability, agreeableness, and conscientiousness -- within just a few months.

6. The five personality traits - extrovertism, openness to experience, emotional stability, agreeableness and conscientiousness - can be changed rapidly in adults over a period of a few months.

7. It has been discovered that certain personality traits can be changed inside a few months. They include extroversion, openness to experience, emotional stability, agreeableness, and conscientiousness.

8. Adults can switch between the five personality traits -- extraversion, openness to experience, emotional stability, agreeableness, and conscientiousness -- in just a matter of months.

9. Researchers have discovered that the five psychological personalities -- extroversion, openness to experience, emotional stability, agreeableness and conscientiousness -- can be changed in adults within three months.

10. Within a few months, adults can change the five traits that make up personality -- agreeableness, conscientiousness, openness to  experience, emotional stability -- without significant effort.



■ AIが発展する時代の英語学習


DeepLやGoogleTranlsateなどのMachine Translation (MT) を多用し始めてから痛感していることですが、AIを使い生産性が高まる時代では、(今のところ)人間でしかできない、思考や美的判断といった高次の認知能力が非常に大切になります。


文章全体を貫いている考えや文体がいいかげんだと、いくらMTなどのAIで英文を表面上整えたとしても、英文はどこかぎこちなくおかしなものになってしまいます。


これからの英語学習においては、ますますリーディングが大切になっていくと私は考えています。リーディングといっても、情報を獲得するための訳読式のリーディングではなく、英語を英語として理解し、その文体も味わうようなリーディングです。


そのようなリーディングをするためには、読者が心の中で音声を的確精妙に再生できなければなりません。そうなるとリスニングで、心地よい英語の発音・リズム・イントネーションのパターンを習得しておかねばなりません。そのパターン習得には自分が音声を自分の心身を通じて発声するスピーキングも大切になります。(運動と認識--ここの場合はスピーキングとリスニング--は連動することは広く知られていることです)


AIと英語使用・学習に関する私の考えは以下のようにまとめられます。


(a) ライティング力:英語ライティングはAIにより大幅に支援され、ライティング力はこれから大きく向上する。

(b) リーディング力:しかしそのAIからの支援を活用するためには、英語を英語として味わうリーディング力が不可欠である。リーディング力がなければ、自ら制御することができない禁断の魔法を使ってしまった若い魔法使いの弟子のように、MTが生み出した英文で思わぬ失敗をしてしまう可能性がある。

(c) リスニング力:十分なリーディング力をつけるためには、学習者は脳内で活字を心地よい英語音声に変換する能力を開発する必要がある。そのためには、単なる情報獲得のためのリスニングではなく、英語の音の心地よさを味わうリスニング力が必要になる。

(d) スピーキング力:十分なリスニング力を得るためには、自らも発声するスピーキングの経験が重要である。自ら心地よく英語を発声できるスピーキング力があれば、自分がAIと共に作り出した英文を自ら(心の中で)朗読し、その英文の良否を判断することができる。また、もちろんリーディングもより一層心地よく行うことができる。

(e) 人間が英語を「身につける」ことの重要性:まとめるなら、AIが進歩しても、英語を「身につける」ことの重要性は変わらない。英語使用において自らの心と身体を分離させずに一体化・統合させていることは、信頼できるコミュニケーションのためには不可欠である。自分が話し書く英語に実感がこもっているか、自分が聞き読む英語の意味が身体のレベルで感じられるか--単なる記号処理ではない、身体実感のこもった英語使用がこれから大切である。AIは記号処理しかできないからである。

(f) 英語教育のこれから:最後に英語教育について述べるなら、このようなAIの存在を知らない、あるいは知らないふりをする旧態依然の英語教育は早晩その意義を喪失するだろう。英語教育関係者は急速にAIとの共存共栄の途を見つけなければならない。


英語教育関係者としては、1980年代にアルビン・トフラーらが90年代にさまざまな識者が警告していた「情報革命」の恐ろしさを、身をもっている感じている昨今です。

逆に若い学習者の皆さんには、どうぞ学校や教師が変わることを待たず、自分でどんどんAIを使って英語を身につけてください。ただし、魔法の魅力に負けて魔法を濫用する愚はおかさないでください。AIを濫用すれば、英語が身につかないだけでなく、AIが生み出す英語で自らの身をあやめてしまうこともありえます。



追記

・自動翻訳シンポジウム~自動翻訳と翻訳バンク~を開催しました!

日本のAI技術、AIによる言語処理、翻訳バンクの現在と今後について

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000073951.html

・「グローバルコミュニケーション計画2025」の公表

https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01tsushin03_02000298.html

・日本の「AI自動翻訳」劇的進化の実態、特許や製薬・金融など専門分野に変革も

https://diamond.jp/articles/-/266872


機械翻訳に関する以上のサイトは、NPO「英語運用能力評価協会」のメールマガジンを通じて知った情報のごく一部です。

情報価値が高いので、ここにも転載させていただきました。

このメールマガジンは最近、非常に情報の質が上がったので、私は毎週楽しみに読んでいます。

このメールマガジンは、過去にELPAの職員が名刺交換、ご挨拶した方、お問合せをいただいた方、ELPAの催しに申し込んでいただいた方へ発送しているそうです。


追追記(2021/04/09)

ELPA事務局に確認しましたら、ELPAメールマガジンは、https://elpa.or.jp/contact/  にご連絡いただければ、すぐに登録できるとのことです。



英語運用能力評価協会 

(Association for English Language Proficiency Assessment: ELPA)

https://elpa.or.jp/







2021/04/07

Chromeブラウザーの自動英語字幕生成機能で、リスニングを「勉強」から「楽しみ」に変える


最初に:この記事は「リスニング学習の革命? Chromeブラウザで英語を聞くと、音声を自動的に文字起こししてくれる」と「続報:字幕自動生成機能付きのChromeブラウザーを英語学習のために使う」の一部を使っています。私としては、この話題に関して、英語学習者の皆さんに読んでもらう記事の今の所の決定版としてこの記事を作成しました。 



■ この記事の概要


Chromeブラウザーに自動英語字幕生成機能を設定したら、リスニング学習が広がり、学習効率が高まる。つまり自分が本当に聞きたい英語動画・音声が自分用の教材となり、かつ、音声の直後に字幕で自分の聞き取りの成否を確認する学習を高速で継続できる。この機能を使って英語リスニングを継続することにより、英語学習者は、リスニングの力を効率よく高め、英語使用を通じて人生を充実させることができる。



■ Chromeブラウザーの自動英語字幕生成機能とは


自動英語字幕生成機能は、デスクトップやラップトップのコンピュータ(OSはWindows10やmacOS)上でウェブサイトを閲覧するために使われるブラウザーの1つであるChromeに、以下のやり方で追加する機能です。OSとChromeが最新版であれば、設定は驚くほど簡単です。ただし、現在のところスマホやタブレットでのChromeブラウザーにはこの機能は搭載されていないようです。


(i) Chromeブラウザの右上にある縦3つのドットのアイコンをクリック。

(ii) 現れるメニューの中から「設定」をクリック

(iii) 左のコラムの「詳細設定」の▼をクリック

(iv) 「ユーザー補助機能」をクリック

(v) 「自動字幕起こし 」をオンにする


この機能追加で、Chromeブラウザーを使って英語の動画や音声を流すと、その英語をChromeブラウザーが自動的に認識し、画面上に表示される小さな画面でその英語音声を文字起こしした字幕が現れます。


字幕は音声が出た一瞬後に出ます。(この「逐次的字幕提示」がリスニング学習にとって効果的であることは後で述べます)。音声が英語以外ですと、基本的に字幕は出ませんが、たまに他言語を英語と誤認して若干の英語字幕が出ることがあります。


字幕の正確さについては後述します。たまに早口の英語音声が続くと、字幕生成が停止してしまうことがまれにありますが、その場合はいったん音声を止めてから再生しなおすと字幕機能が復帰します。



■ Chromeの自動英語字幕がリスニング学習にとって効果的である2つの理由


この機能を英語リスニング学習に使うことの長所は以下の2つです。


(1) 教材選択の自由:ウェブ上のすべての英語動画・音声がリスニング教材となり、学習者は(英語学習とは関係なしに)自分が本当に聞きたい音声をリスニング学習のために使うことができる。このことにより英語学習が長続きしやすくなり、技能上達のために必須の練習量を確保しやすくなる。


(2) 瞬時学習の連続:英語の文字が字幕に、音声提示から一瞬遅れて提示されるため(「逐次的字幕提示」)、学習者は瞬間ごとに自分の音声聞き取りが正しかったかどうかを確かめることができる。学習者はまず音声を聞いて自分なりに認識し、その直後にその認識が正しかったかを確認できるので、瞬間ごとのフィードバックを連続して受けることになる。このことにより、自分のリスニングの欠点がすぐにわかるので、リスニング力向上の効率が高まる。



■ 長所1:教材選択の自由


これまでリスニング教材といえば、書き起こし (transcript)  があるものとないものの2種類しかなかったと言えましょう。


書き起こしがある教材は、例えばNHKラジオの語学番組のように有料のテクストが用意されているものか、Science Podcastのように無料で書き起こしが提供されているものかのどちらかでした。


前者はテクストを買うのが億劫だったり高く感じられたりすることがあります。また教育用に作られたものですから、大切な表現が扱われていますがどこか内容が面白くないものも少なくありません。後者は、種類が少なく、自分の興味・関心や英語力に即したものを見つけることが容易ではありません。


そこに登場したのが、Chromeブラウザーの自動英語字幕生成機能です。これによりウェブ上のすべての英語動画・音声に字幕がつくことになりました。


言語習得にとってもっとも大切なことの1つは、自分にとって大切なこと・興味関心があることを聞くことです。


「なんだ、そんなこと」と鼻白む人もいるかもしれませんが、言語習得のコツは、ダイエットのコツと一緒で、ごく当たり前のことです。ただ、たいていの人は、その当たり前のことを実行していません。体重を減らそうと思ったら、過食を止めて運動をすること、そしてそのような暮らしを続けることです。難しい理屈や特殊な方法は実はあまり必要ありません。同じように、言語を使えるようになりたいなら、まずは自分が生きるために大切なことばを吸収しそれを使うこと、そういった言語使用を続けることです。


参考動画

How to learn any language in six months 

https://youtu.be/d0yGdNEWdn0



あなたが、好きなことは何ですか?バスケットボール?カーレース?テレビゲーム?理論物理学?昆虫の生態?

好きな人は誰ですか?芸能人・スポーツ選手・指導者・実業家・作家・学者などなどの誰?

あなたの好きなこと・人について英語で検索をしてその動画を見つけてください。そしてその種の動画を毎日Chromeブラウザーの字幕機能を使って見続けてください。


特にハマっていることがないなら、TEDであなたの世界を広げてください。あるいは学習用に作られているTED EdKhan Academyで、皆さんが日本語では知っているけれども英語でどう言えばいいかわからない基礎知識についての動画を楽しみながら視聴してください。


興味があれば言語学習は続きます。学習が続けば言語も少しずつ身についてゆきますし、興味もますます広く深くなります。興味が増せば、さらに言語を通じて自分の人生を充実させようとします。ぜひ自分が本当に見たい動画に自動字幕をつけて英語を楽しんでください。まさに「これを知る者はこれを好む者に如かず。これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」 です。



■ 長所2:瞬間ごとのフィードバック


上でTEDやKhan Academyについて述べましたが、これらの動画では実は字幕も提示されます。字幕が用意されているなら、Chromeの字幕生成機能は無用ではないのかと思った人もいるかもしれません。


しかし用意されている字幕は、通常、2行程度の字幕が一括して提示されます(「一括字幕提示」)。そうするとどうしても人はそちらの字幕を読んでしまい、音声に注意がいかなくなります。さらには、音声を聞く前に字幕を読んでしまいますから、リスニングの練習にはあまりなりません。


その点、Chromeで自動的に生成される字幕は、音声が出た一瞬後に字幕が少しずつ追加されるようにして提示されます(「逐次的字幕提示」)。ですからまずは音声に注意が行き英語を聞き取ろうとします。その直後に文字が提示されますから、そこで自分の聞き取りが正しかったかどうかをチェックできます。「あ、そう言っていたのか!」という気づきを頻繁に得ることができます。これがリスニングにおいて重要です。


もし読んだら確実に理解できる英文が、聞いてわからないのだとしたら、それは聞く人の耳に妙な癖があるからです。その人が思い込んでいる英語の発音が、実際に使われている発音とは大きく異なっているわけです。


読解力がある人にとってのリスニング学習の重要な側面は、耳の癖を取り除くことです。


従来、それはディクテーション(聞き取った英語を書き残すこと)を行い、その書き起こしと正解の英文を比較することぐらいでしかできませんでした。しかしディクテーションは大変骨の折れる作業で、なかなか継続することはできません。ですが、 Chromeの逐次的字幕提示で、聞き取ったはしから、その成果をチェックしていくことは、耳の癖取りを連続して高速に行うことです。


Chromeの自動字幕生成による逐次的字幕提示は、従来の一括字幕提示では得られないような学習効果があります。ぜひChromeで自分が好きな動画を使って、英語を楽しみながら身につけてください。



■ 英語の読解力がない人は・・・


しかし自分が好きな動画が早口でしゃべられており、字幕が次々に変わるなら、字幕を読むスピードがついていかない人もいるかもしれません。その場合は、まだ読解力(および語彙力)が不足している、あるいは自分が興味ある分野について充分に理解するだけの読解力・語彙力がついていないと考えるべきでしょう。


その場合は、NHKの語学番組のような簡単な英語を聞いて、少しずつ英語力をつける方策をとってもいいかもしれません。


もちろん逆に、「好きこそものの上手なれ」で、とにかく興味ある動画を見続けて、そのうちにだんだんと理解を深めるアプローチを取ってもいいでしょう。(『のだめカンタービレ』の主人公であるのだめは、この方法でフランス語を習得していましたね(笑))。


あるいはそこまでいかなくとも、TED動画でしたら別画面に書き起こし (transcript) がありますから、そのテクストをゆっくり読んでから、字幕付きリスニングに挑んでもいいでしょう。


ともあれ、リスニングと共に、リーディングは決定的に重要であることだけはわかってください。できれば、自分が好きな話題を通じて、リスニング力とリーディング力を相互連携させながら同時に伸ばしていってください。



■ Chromeの英語字幕の間違いをどう捉えるか


以上、Chromeの英語字幕の効用について述べてきましたが、実はChromeのAI(人工知能)が生み出す字幕は完璧ではありません。


正確に統計を取っていない私の直観的な推測に過ぎませんが、発声の訓練をうけた人(典型的にはアナウンサー)が標準的なやり方でしゃべる場合は、字幕の正解率はおそらく99パーセント以上(=間違いは100語に1語あるかないかぐらい)でしょう。


しかし、早口のインタビューやぼそぼそ話す講演などでしたら正解率は95%ぐらいになるかもしれません。20語に1つぐらいは間違った字幕が出るわけです。


しかし、自分が好きでそれなりに知識もあるし推測もできるトピックについて聞いている場合は、それらの字幕の誤りは、結構わかるものです。「なるほどAIもこのように聞き間違いをするのか。というより、この人の発音もそれほど丁寧ではないな」といった気づきが得られます。


これまた科学的根拠のない推測ですが、現在のChromeの英語認識精度(英語字幕の正解率)は、CEFRでいうとB2からC1程度の英語使用者のリスニング能力に相当するぐらいでしょう。「そういった能力をもつ人も、なるほどこのように聞き間違えてしまうのか」と捉えてみることは、リスニングのコツを掴む上で有効なことだと私は実感しています。


ここでも大切なことは、聞く英語が自分にとって大切で興味関心も知識もある話題についてのものだということです。好きな話題だからこそ字幕の誤りもわかるわけです。長所1と長所2は2つ相まって効果を高めているといえるでしょう。


以上、いろいろ述べましたが、とりあえずはChromeを設定し、自動英語字幕生成機能をスタートさせてください。


そして自分にとって適した動画を見つけ、逐次提示の字幕でその動画を楽しんでください。その動画が難しすぎれば、他の動画を選んでください。なにせ、ウェブ上の動画・音声のすべてが教材候補になるのですから、あなたにとって最適の動画は必ずあります。


Chromeの自動英語字幕を使って、あなたの世界を広げ・深め、人生を充実させてください。英語力は、その結果としてついてきます。



追記(2021/04/08)

技能訓練は、練習の量を重視する方法と質を追求する方法の2つに大別することができます。大学生・院生・社会人は、英語以外にやるべきことがたくさんありますから、練習を自覚的・集中的に行って質を高める方がよいかと思います。

その点で、一度、字幕付きで見た動画を字幕なしで再視聴する方法はお勧めです。

Chromeの自動生成字幕機能でしたら、Chromeの設定画面で簡単に停止することができます。TED動画も字幕提示を止めることは簡単です。

逐次的字幕提示にせよ一括字幕提示にせよ、どうしても文字を見てしまいますから、ある程度動画になれたら字幕を一切提示させずに音声だけで英語を理解してみてください。

そこでわかった自分の弱点は、再度、字幕付きで視聴すれば明確に確認することができます。

スポーツもそうですが、「なぜ自分にはこの練習が必要なのか?」、「この練習の強度(レベル)は自分にとって適切か?」、「この練習で今回自分は何を学べたのか」といった問い・振り返りを常に行い、貴重な時間を大切に使ってください。



関連記事

知的な英語を使いこなせるようになりたい大学生のために

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2019/06/blog-post.html



 追記(2021/04/21)

以下のような「外国人なまり」の英語だと、字幕の正確度は若干落ちてしまうことをお伝えしておきます。このような英語を聞く場合は、トピックについてある程度の知識と語彙をもっていないと、字幕だけに頼っての理解は困難になるかもしれません。リスニングは「技能」とみなされていますが、最終的には聞き手の知識(「教養」)が重要になります。

Uri Hasson

This is your brain on communication



2021/03/29

淺川和也・田地野彰・小田眞幸編 (2020) 『英語授業学の最前線』ひつじ書房

 

■ 本書について

昨年末に出版され、自分も執筆することができた『英語授業学の最前線』についてようやく紹介する時間が取れました(というか作りました(泣))ので、遅れ馳せながらこの本についてまとめます。

この本は、編者の1人である淺川和也先生もいうように「英語教育のみならず、教育に関わるあらゆるものに、内省し実践する指針を提供している」本かもしれません。 (p.155) 

もっとも関係者がそのように言うだけでは説得力がありませんが、たまたまアマゾンで見つけたレビューでも「本書を読み終わり、このような授業学に関するものをもっと前に読みたかったというのが最初の感想でした。授業学に関する大学英語教育学会活動のエッセンスがアレンジされていて、教育に関わるあらゆる者に、内省し実践する指針を示してくれています」というが見られます。著者の1人として、本書をこのように読んでくださるレビューアーの存在はありがたく思う限りです。


本書の主な構成は次のようになっています。(参考:ひつじ書房サイト


言語教育における実践者研究の再考

ジュディス・ハンクス(加藤由崇訳)

【講演1】 言語教育における研究と指導・学習の統合

【講演2】 実践を探究する共同探究者としての学習者と教師


当事者の現実を反映する研究のために 複合性・複数性・意味・権力拡充

柳瀬陽介


「二人称的アプローチ」による英語授業研究の試み

吉田達弘


何に着目すれば良いのだろうか 英語授業改善の具体的な視点を探る

竹内 理


明日の授業に向けてのシンポジウム

明日の授業にむけて―今、私たち英語教師にできること

司会:淺川和也

パネリスト:柳瀬陽介・吉田達弘・竹内理


授業学研究会合同シンポジウム

これからの授業学研究

―大学英語教員に伝えるべきこと・学生に授業を通して伝えるべきこと

司会:岡田伸夫

パネリスト:村上裕美・佐藤雄大・馬場千秋



このブログ記事では、まず我田引水的に私の章について触れた上で、次に上の目次順にそれぞれの章を紹介したく思います。



■ 柳瀬陽介:当事者の現実を反映する研究のために 複合性・複数性・意味・権力拡充


私の論については、この章の冒頭を示すことが、もっともよい紹介となるかもしれません。


「英語の教師と学習者のためになる研究をしたい」―これこそは英語教育学を行うほとんどの研究者が抱く初心でしょう。しかし研究経歴を重ね、査読論文の出版を次々に求められる中、いつしか自分の研究が、現場教師と学習者―これら2つを合わせて以後「当事者」と呼ぶことにします―の現実から離れ始めることも少なくありません。その結果が、研究誌には掲載されても、当事者に読まれない論文です。やがて初心は静かに忘れさられるか冷笑の対象になります。

たしかに研究と実践の乖離は永遠の課題なのかもしれません。しかし少しでも改善はできないでしょうか。この論文では、当事者のためになる研究を行うための提案をします。その骨子は、これまでの研究の前提を変えて、当事者が投げ込まれている現実に即したものにすることです。英語圏の応用言語学でも少しずつ自覚され始めている複合性・複数性・意味・権力拡充といった考え方を新たな研究の前提とすることにより、私たちは「英語授業学」という分野を開拓できるという主張をこの論文では展開します。(p. 25)


私としては、実践研究のあり方についてそれなりにまとめた文章だと思っておりますので、皆様のご一読とご批判を乞う次第です。



■ ジュディス・ハンクス(加藤由崇訳):言語教育における実践者研究の再考


Exploratory Practice(探究的実践)の第一人者の解説が日本語でも読めるようになったことは、実践研究を行う者にとってありがたいことではないでしょうか。

私としては、「なぜ私の学生は話したがらないのか」、「なぜ私の学生は技能統合型の授業を文法や語彙の授業だと考えるのか」、「なぜ私の学生はすぐにやる気を失ってしまうのか」、「なぜ、[私は]学生に質問されると緊張するのか」 (p. 6 いずれも太字強調は柳瀬)といった、一般的・普遍的な問いではない、文脈固有の「パズル」 (puzzle(s))、あるいは教師などが「疑問に思っていること」 (what puzzles them) がExploratory Practice(探究的実践)で取り上げられていることが非常に重要だと思っております。

さらに個人的な意見を述べますと、このようなpuzzleを自然科学のresearch questionとして取り上げないことが重要であり、そのことを理解するためには、ウィトゲンシュタインの『哲学的探究』の89-133節の論考がとても参考になると思っています。


関連記事

ウィトゲンシュタイン『哲学的探究』の89-133節の個人的解釈

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/03/89-133.html


このようにExploratory Practice(探究的実践)についてウィトゲンシュタイン哲学の観点から再検討することは、本来ならこの春休みにやりたかったのですが、とにかく次から次に仕事に追われ、その時間を取ることができませんでした。私としては今後の課題とします。



■ 吉田達弘:「二人称的アプローチ」による英語授業研究の試み


この章では、発達心理学者のヴァスデヴィ・レディ (Vasdevi Reddy)が提唱し、佐伯胖先生が高く評価している「二人称的アプローチ」 (Second-Person Approach) についての論考が展開されています。

二人称的アプローチは、私も以下の発表などで言及し、もっと勉強しなくてはと思っていながら、そのままになってしまいましたので、勉強になりました。


関連記事

「言語教師認知研究における物語様式と二人称的アプローチ」(11/17(土)14-16時 熊本大学教育学部棟2)

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2018/11/111714-162.html


ちなみに吉田先生は、このテーマについて下の論文も公刊し、その考えを深めたそうです。


Yoshida, T. (2020). A Second-Person approach towards understanding English language lessons: A Sociocultural analysis of the post-lesson conversation.  The European Journal of Applied Linguistics and TEFL , 9,(2).  

http://www.linguabooks.biz/ejaltefl_9-2.html


私としては、その後、神田橋條治先生の論考に触れる中で、以下の記述の含意がよくわかるようになりました。勉強できる時間は少ないですが、継続だけはしてゆこうと思っています。

児童生徒とのかかわりの中で「驚き」、児童生徒の「よさ」に気付く「二人称的アプローチ」で授業研究を行うには、常に児童生徒の学びや情動の変化を感じ取りながら応答するという高い意識が必要となります。(p. 58)


感受性を失えば、二人称的アプローチをやっていると思っても、自分の思い込みを相手にそのまま投映してしまう一人称的アプローチや、傍観者的な記述にすぎない三人称的アプローチに変容してしまうというのが吉田先生の指摘です。


関連論文

優れた英語教師教育者における感受性の働き―情動共鳴によるコミュニケーションの自己生成―

https://www.jstage.jst.go.jp/article/casele/48/0/48_11/_article/-char/ja/


このように実践研究は、研究者のあり方の変容も伴います。こういった点についての理解を深めたいものです。


関連記事

『神田橋條治精神科講義』『神田橋條治医学部講義』(創元社)を読んで

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/02/blog-post.html

神田橋條治『精神療法面接のコツ』『追補 精神科診断面接のコツ』(岩崎学術出版社)の教育への拡大解釈(その1)

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/02/1.html

神田橋條治『精神療法面接のコツ』『追補 精神科診断面接のコツ』(岩崎学術出版社)の教育への拡大解釈(その2)

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/02/2.html

神田橋條治 (2011) 『技を育む』 中山書店

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/03/2011.html


追記(2021/03/30)

吉田先生が関係する研究成果が、期間限定で公開されているのでお知らせします。


「VEOを活用したオンライン教員研修プログラム開発のための基礎研究」

公開期間:令和3年3月29日(月)午後1時〜4月2日(金)午後5時

https://veo.elt-hute.net/



■ 竹内理:何に着目すれば良いのだろうか 英語授業改善の具体的な視点を探る


竹内先生の論はいつものように明晰です。授業観察において、新人教師は表面的なところばかりに注目しがちです。しかし、ベテランは、授業のめあて・教え方・教科書の使い方・評価の間の整合性を確認しようとしたり、自分の経験を超えた「枠組み」をもつことを心がけたり、さらにはそれを基盤として変化に対応することを大切にしているということを竹内先生は調査から明らかにしています (p. 88)。指導の一貫性、判断の枠組み、未知の状況への対応力という3つの要素は、私も覚えておきたいと思います。



■ 淺川和也・柳瀬陽介・吉田達弘・竹内理:明日の授業にむけて―今、私たち英語教師にできること


司会の淺川先生はこのシンポジウムを、「創造的で感情もかき立てられたシンポジウム」と総括しました。手前味噌を重ねて恐縮ですが、私としても、この鼎談は話が噛み合い、非常に充実した時間を経験することができたものです。

私としては、対話という形式に促されて、(量的研究における統計的に一般化された結論ではなく)読者・利用者による一般化可能性、弱さの情報公開、当事者の主観の尊重といったことの重要性を手短に訴え (p. 96)、人文系の素養の復権の必要性を説き (p. 100) 、複数の認識論を理解し使い分けることが現代の教養の一部であること (p. 106) などを訴えることができたことを嬉しく思っております。(ただ一箇所、誤植があります。p. 115の最終行の英語は "Do no harm"です。)



■ 岡田伸夫・村上裕美・佐藤雄大・馬場千秋:これからの授業学研究


このシンポジウムでは、私は岡田先生のまとめにとても共感します。


科学というのは、複雑な事象を構成する要因を同定し、その中の1つ、あるいは少数の要因を選び出し、他の要因を捨象して研究をすすめます。少ない要因に絞って、仮説を立て、実験や調査を繰り返し、その成否を検証します。しかし、そのような科学的アプローチだけで、教員と学習者の全人的なかかわりの全体像を明らかにすることができるのか、という疑問が残ります。

私の専門は英文法研究の英語教育への応用ですが、英文法だけで英語教育はできません。(中略)

授業学というのは、そういう科学として専門化した研究の成果を、授業というクラスの中で「統合する」営みだと思います。 (p. 140)


ただし最後の「統合する」には、私なりに注釈を加えたく思います。

この「統合」とは、理論Aと理論B・・・理論Nの総和といった単純な足し算ではありません。観察対象を細かく限定して互いに視点(視座と注視点)も異にしている科学理論を単純に足すことはできません。そのような足し算は、視座(観察者の立地点)も認識法(観察方法)も異なる細かな注視点(観察対象)の記述を並べただけです。そのようなつぎはぎは、統一的なものの見方ではありません。その観察結果は小さな観察対象の恣意的な組み合わせであり、物事の全体像を捉えるものではありません。

私は、自然科学の1つの理論(あるいは複数の理論の集合)が実践を記述・説明する枠組みとはなりえないと考えます。複合的で多義的で複数の視点を必要とする現実を記述することに適した枠組みは、単一の視点を貫き厳密な記述・説明しかできない自然科学的な様式では不可能だと考えるからです。「現実」という簡単に捉えがたい対象は、多元的な視点と認識をもち、曖昧な解釈を促しながらも、全体としては一貫した流れを示す物語という様式で語り理解するべきです。


関連記事

柳瀬陽介 (2018) 「なぜ物語は実践研究にとって重要なのか―読者・利用者による一般化可能性」 『言語文化教育研究』第16巻 pp. 12-32 

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2019/02/2018-16pp-12-32.html

真理よりも意味を、客観性よりも現実を: アレント『活動的生』より 

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2016/05/blog-post_24.html


自然科学の知見は、その物語の細部の一部を裏付ける役割を果たすべきであり、物語の枠組みそのものになろうとしてはいけません。逆に言いますと、物語は、その細部において自然科学を否定するものであってはなりません。

実践研究の枠組みは物語であり、自然科学はその細部の一部を補強する」というのが私の現在のまとめです。

物語についてもう少し詳しく述べれば、「物語としての実践研究は、それ自身が1つのまとまった文章としての整合性を保ちながら、実践にとって重要な人物や要因を複数の視座・認識方法・注視点でもって描き、一人ひとりの読者に自分の実践との関連性を考えさせる報告である」となります。

自然科学について補っておくと、「実践研究を、特定の自然科学理論から演繹する形で構成すれば、それは実践のごく一部だけを強調し、他の数多の視座・認識方法・注視点を無視してしまう、偏った現実認識を生み出してしまう」とも言えます。


私は下の記事でも、自然科学的な量的研究に対して批判的な立場を表明しました。しかし私はそういった研究を言語教育研究において全面的に否定しているのではありません。私が否定したいのは、自然科学的な量的研究が、1つの(というより唯一の)正しい認識として、多面的であるべき現実理解を乗っ取ってしまうことです


関連記事

草薙邦広・鬼田崇作・ 亘理陽一 (2021) 「外国語教育研究の再現可能性 : 素朴な認識の拒絶と追求姿勢の擁護」 『広島外国語教育研究』

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/03/2021_26.html


自然科学が示す結果(立証する命題)は、Yes/Noで示される単純な命題ですから、一般人にも高い訴求力をもちます(例えば「○○のやり方で教えれば、英語力は向上する」など)。しかし、そのような一面的な単純化は、教授法以外の要因を存在しないものとしてしまいます。その学校が置かれた状況、担当教師の力量や性格、個々の学習者の様子、そのクラスの集団的特性、使われる教材のレベル、その他諸々の要因が流動的に相互に影響を与えているのが現実です。


関連記事

教育研究の工学的アプローチと生態学的アプローチ

https://yanaseyosuke.blogspot.com/2013/08/blog-post_7.html


しかし、単純化され法則扱いされた結論は、その自然科学的装いにより、妙な権威を帯びて、教育の営みを歪めてしまうのです。そのような(権威的・権力的な)現実の歪曲化こそは私が批判したいものです。


比較実験研究およびメタ分析に関する批判的考察 --『オープンダイアローグ』の第9章から実践支援研究について考える-- 

http://yanaseyosuke.blogspot.com/2016/08/blog-post.html



私としては岡田先生の総括がきっかけとなって、自分の考えを以上のようにまとめなおすことができました。



総じて言うなら、皆さんも本書の読解を通じて、研究と実践についていろいろと考えることができると思います。その考えを、もっとオープンに語り合うことにより、英語教育研究は本来あるべき方向に発展すると私は考えます。

ご興味のある皆様にご一読をお願いする次第です。








4/24(土)Zoomで開催: 『英語の学びを科学する ー理論と実践ー』(企画・運営:慶應義塾大学・今井むつみ研究室)で実践報告をいたします。

 

岩波新書の『英語独習法』でもおなじみの慶應義塾大学の今井むつみ先生の研究室が企画・運営する研究会で、私も実践報告をさせていただくことになりました。

詳しい情報ならびに申込み(定員200名)については下のサイトをご覧ください。



ABLE ONLINE #04  『英語の学びを科学する ー理論と実践ー』

https://ableonline.studio.site/ableonline04



以下には、その概要を転載しております。


■ 日時:

2021年4月24日(土)9:30 - 12:30

 

■ 場所:

ZOOMミーティングにて開催

 

■ スピーカー

慶應義塾大学 今井むつみ教授

慶應義塾大学環境情報学部教授。Ph. D. (ノースウェスタン大学,1994年)。ABLE主宰者。専門分野は認知科学,特に認知心理学,発達心理学,言語心理学。代表的な著書に,『英語独習法』(2020年,岩波新書),『学びとは何か―<探究人>になるために』(2016年,岩波新書),『言葉をおぼえるしくみ―母語から外国語まで』(2014年,ちくま学芸文庫,共著),『ことばの発達の謎を解く』(2013年,ちくまプリマ―新書),『ことばと思考』(2010年,岩波新書)など多数。小学校や高校の複数の国語教科書に文章が掲載されている。中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会「言語能力の向上に関する特別チーム」(平成27年~28年)の委員を務めた。2018年には、Cognitive Science Society (国際認知科学学会)のFellow(特別会員)にアジアで初めて選出された。

https://cogpsy.sfc.keio.ac.jp/imailab/



京都大学 柳瀬陽介教授

1963年生まれ。広島大学教育学部・大学院教育学研究科で英語教育について学ぶ。修士課程では心理言語学的アプローチを取るものの、博士課程でウィトゲンシュタイン哲学に惹かれ始め、英語教育といった多面的で複合的な現象は、自然科学的方法論で厳密に細分化するのではなく、哲学的探究で包括的かつ整合的に捉えるべきと考えるようになる。その後、広島修道大学で一般教養の英語科目を担当した後、母校の教壇に立つ。そこで20年間教師教育に携わる中で、多くの優れた現職教師に接し、実践知に対する畏敬の念が強くなる。2019年4月より、職業生活最後の10年間は、英語教育の評論家ではなく実践家でありたいと願い、現在の職場である京都大学の教養・共通教育を担当する国際高等教育院に異動し、英語科目を担当するようになる。現在はその部局の附属国際学術言語教育センターの英語教育部門長も務める。教育や研究に関する情報はできるだけブログに掲載するようにしている。

https://yanase-yosuke.blogspot.com/



■ トークの概要


認知科学から考える合理的な英語学習

(慶應義塾大学 今井むつみ教授)

 単語をたくさん覚えても、TOEFLで高得点をとれても、英語を話したり書いたりすることが苦手で、母語話者からみるといたって不自然な英文になってしまうのはなぜだろうか。英語を自然に運用するための「英語スキーマ」を持たないからである。「スキーマ」といわば抽象化された枠組み知識で、外界の情報(英語でいうならインプット)の情報を無意識に選択する。母語話者は、構文のスキーマ、単語レベルのスキーマ、語彙化のパターンのスキーマ、談話構造のスキーマなど、言語の様々な階層でスキーマをもち、無意識に運用している。

 日本人英語学習者の多くが、英語スキーマをもたず、英語とは大きくズレた日本語のスキーマを無意識に適用しているため、英語学習に困難を覚え、不自然な英文をつくってしまうのである。今井のトークでは、日本語と英語のスキーマのズレについて解説し、英語スキーマを構築していくための、認知科学から考えた合理的な学習法のしかたを提案する。



実践報告:大学生はライティング授業を通じていかに「英語スキーマ」を学ぶか

(京都大学 柳瀬陽介教授)

 今井むつみ (2020) 『英語独習法』(岩波書店)は、学習者が外国語の理解やアウトプットにも母語スキーマを知らず知らずに当てはめてしまうことを指摘しています。母語スキーマの影響力は強く、外国語を習得するためには、学習者はその力と戦いながら新しい外国語スキーマを形成しなければなりません。外国語習得とは、外国語の認知枠組で考え・感じる身体を獲得することです。今井は、そのような根本的な心と身体の再形成はライティングの訓練を通じて行われうるとも説きます。

 日頃、大学の教養・共通教育課程で英語ライティングを指導している英語教師として、これらの指摘はきわめて納得がゆくものです。本発表では、日本人英語学習者が苦手としがちな、冠詞と可算・不可算名詞、受動態、主題と行為主などの点に関して、大学生がいかに「英語スキーマ」の学びを深めてゆくかについて報告します。大学生のライティングの文例から、英語スキーマの形成について考察します。


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2021/03/26

草薙邦広・鬼田崇作・ 亘理陽一 (2021) 「外国語教育研究の再現可能性 : 素朴な認識の拒絶と追求姿勢の擁護」 『広島外国語教育研究』

 

先日、たまたま以下の論文のことを知りました。


草薙邦広・鬼田崇作・ 亘理陽一 (2021) 

「外国語教育研究の再現可能性 : 素朴な認識の拒絶と追求姿勢の擁護」 

『広島外国語教育研究』24号 pp.179-195

http://doi.org/10.15027/50455


珍しいことに、私の論文(下記参照)が引用されていたので(苦笑)読んでみました。


柳瀬陽介 (2017) 「英語教育実践支援研究に客観性と再現性を求めることについて」『中国地区英語教育学会研究紀要』47 巻 p. 83-93. 

https://doi.org/10.18983/casele.47.0_83

柳瀬陽介 (2010) 「英語教育実践支援のためのエビデンスとナラティブ : EBMとNBMからの考察」『中国地区英語教育学会研究紀要』40巻 pp.11-20.

 https://doi.org/10.18983/casele.40.0_11 


ここでは簡単にその感想を書きます。

この論文の主旨は、自然科学の再現可能性の規範が外国語教育研究でも同等に通用するという素朴な認識を拒絶すること、しかしながら同時に、再現可能性を追求することには一定の機能的価値があると、再現可能性規範の擁護をはかることです。

前半の素朴な認識の批判については、私も上記の論文などで述べていますし、この論文の主張に全面的に賛成します。ですから、ここでこの論点について改めて述べることはしません。

しかし外国語教育研究でも再現可能性規範を擁護するという議論に対してはそれほど説得力を感じませんでした。「擁護など、まったくのナンセンス」とは言いませんが、「それよりももっと優先してやるべきことがあるのでは?」と私は思ってしまいました(もっともこれは私が数量的な研究を基盤にしていないからなのかもしれませんが)。


本論は、擁護のための論点として8つを上げていますが、そのうち、次の2つには私はある程度の説得力を認めます。


柳瀬が同意する論点

(5) 再現可能性の追求は観察の質を上げる。

(8) 再現可能性の追求は可謬主義的姿勢を強化する。


要は、次々にいい加減な実験を新たに行うのではなく、それなりに見込みのある実験の再現可能性を追求して追試を行うことにより、「未知パラミタ、または潜在的パラミタ」 (p. 187) を探索するようになり(5)、実験結果を問い直す批判的な文化が活性化する (8) ということだと私は理解しました。


しかし他の6つの論点については、研究者寄りの問題意識から生じているものであり、「外国語教育研究の最終的な目的」 の観点からは優先順位が低いものだと私は考えています。

 「外国語教育研究の最終的な目的」についてこの論文は次のように述べています。


外国語教育研究の最終的な目的は、メカニズムの解明や科学的命題の判定自体ではなく、よりよい教育実践や教育政策を実現し、個人および社会の効用を最大化させることであると考える。 (p. 186) 


しかし以下の6つの論点は、私が太字化した箇所や【  】で補った箇所に示されているように、研究者同士の業界の利益ばかりを優先しているように思えます。(後に述べますように、私は外国語教育研究などの臨床的な分野の研究者は、もっと実践を観察し実践者のことばを拾い上げそれを整理するべきだと考えています)。


関連記事

石井英真(編著) (2021) 『流行に踊る日本の教育』東洋館出版社

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/03/2021.html


柳瀬があまり説得力を認めない論点

(1) 再現性可能性の追求は研究者間の綿密なコミュニケーションを要求する【だがそのコミュニケーションは、実践者を遠ざけるかもしれない】

(2) 再現性可能性の追求は【関係者しか読もうとしない】研究をより【他の研究者にとって】オープンなものに変える【だがそれでも現場教師は研究論文を読もうとはしない】

(3) 再現可能性の追求は専門用語の精選を加速させる【だがその専門用語を実践者が使うことはない】

(4) 再現可能性の追求は【実験・調査の】手続きの規格化・標準化をうながす【だがそのような実験・調査は、実践者が現場で行う探究とますます異なってくる】

(6) 【学位論文に追試研究を認めることによる】再現性可能性の追求は【論文生産者としての研究者の】人材育成を効率化する【だが研究者と実践者の間の溝はますます広がり深まる】

(7) 再現性可能性の追求は構成概念の時間内変化を防ぐ【だが、自然科学概念と異なり、社会的な構成概念は社会の変化とともに変わってゆくものである】


私は最近、精神科医の神田橋條治先生の実践論に非常に説得力を感じていますから、ここでも神田橋先生の論を借ります。神田橋先生によりますと実践的分野の関係者がもちいることばには次の3つがあります。(上の石井先生の著作についての記事でも私は同じような議論をしています)


実践分野での3種類のことば

(a) 教師が学習者の学びを支援するするために使うことば

(b) 教師が自らの指導方針を策定するために自己省察の中で使うことば

(c) 研究者が、研究者間の相互理解を厳密にするために使う(業界での)共通用語


関連記事

『神田橋條治精神科講義』『神田橋條治医学部講義』(創元社)を読んで

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/02/blog-post.html

神田橋條治『精神療法面接のコツ』『追補 精神科診断面接のコツ』(岩崎学術出版社)の教育への拡大解釈(その1)

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/02/1.html

神田橋條治『精神療法面接のコツ』『追補 精神科診断面接のコツ』(岩崎学術出版社)の教育への拡大解釈(その2)

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/02/2.html

神田橋條治 (2011) 『技を育む』 中山書店

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/03/2011.html


ここで本論の上記の6つの論点が述べているのは、 (c) の業界内での共通用語のみであることは誰もお気づきになられると思います。

ですが私や、上記ブログ記事での石井先生などは、むしろ (a) や (b) の現場教師のことばに注目すべきだと考えています。それらのことばは実際に授業の成立や学習者の成長という現実を構成する力となっているからです。

ですから、私などは上の6つの論点などを見ても、「そんな研究者の業界だけの利益を考えるよりも、研究者はもっと現場の教師や子どもをよく知るべきではないのか」と思うわけです。あるいは、学校訪問があまりできない環境にある研究者は、自分で教えている(英語の)授業をよく自己観察し、自己省察をするべきではないかと考えるわけです。

しかし、英語教育研究の業界では、英語圏で流行の用語や心理学などの「親学問」(としばしば呼ばれる領域)の専門用語をもっぱら一方的に借用し、それを業界内で流用させます。

私の知る限り、それを上の (b) ましてや (a) に翻訳させようとする動き、あるいは (a) や (b) のことばとそれらの専門用語の間の接点を見出そうとす動きはほとんどありません。そういった専門用語はそれこそ「精選」させて、業界内では使いやすくしても、そういったことばばかり使うなら、研究者は、現場の教師や学習者とのコミュニケーションがますますできなくなるかと思います。

本論も言うように「量的研究や実証研究と呼ばれる種の研究」が「事実上の多数派」 (p. 180) となっている英語教育研究の業界で、私がそのような研究の限界を指摘し続けることは、友人や仲間を失うばかりなのですが(苦笑)、私は一応大学人の端くれである限りは、自分が正しいと考えることを主張し続けます(そしてその自分の確信を疑う目を失わないよう努めます)。

英語教育業界に対する私の率直な意見は、この業界の多数派がもっと教育の現場に注目し、そこを研究の基盤とすることです。

もちろん、たとえば心理学的手法を使う英語教育研究者が、だんだんと研究手法を洗練させて、もっぱら心理学者の業界ばかりで活躍するようになり、自他ともに認める心理学者になるといったキャリア設計も、もちろん私は認めます。

ですが、私としては多くの英語教育の研究者が、もっと素直に学びの現場に向かうことを自分の基盤とすることを願っています。それが他人の学びの現場であれ、自分の教える現場であれ。







追記(2021/03/29)
表現の一部を微修正しました。


語彙学習の3段階と言語習得の社会性について:今井むつみ・佐治伸郎(編著) (2014) 『言語と身体性』(岩波書店)を読んで考えたこと

4/24(土)の研究会( 『英語の学びを科学する 〜理論と実践〜』 )のために、泥縄式で慌てて今井むつみ・佐治伸郎(編著) (2014) 『 言語と身体性 』(岩波書店)を読みました(我ながら日頃の不勉強ぶりが恥ずかしい)。 ここでは、その本を読んで考えたことを備忘録的に書いてお...