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2023/01/07

技術が社会を激変させる時代には、技術系の人文社会学的素養と人文社会系の科学技術理解が不可欠である。

 

【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さんへの課題リマインダーメールに掲載した文章をこのブログに転載しているものです。】


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理系が文系の知恵を、文系が理系の知識を必要とするにも関わらず、両者の間に深刻な溝があることは、少なくとも1950年代の C. P. Snow の指摘以来、いたるところで警告されてきました。


以下の記事は、昨今の急激なAIの発展を踏まえて、技術系の人間が人文社会学的素養を得て、人文社会系の人間が科学技術を理解することが不可欠であることを訴えたものです。


The College Essay Is Dead

By Stephen Marche

DECEMBER 7, 2022

https://www.theatlantic.com/technology/archive/2022/12/chatgpt-ai-writing-college-student-essays/672371/


一流の人たちは別ですが、凡庸なエンジニアは、人間社会に関する問題は、非科学的で正解のない擬似問題にすぎないと軽視します。人間と社会についてきちんと考えるためにはそれなりの素養が必要であることを理解しようとしません。しかし、複合的な人文社会的な現象を単純化することはしばしば大きな悲劇を招きます。


The engineers do not recognize that humanistic questions--like, say, hermeneutics or the historical contingency of freedom of speech or the genealogy of morality--are real questions with real consequences. Everybody is entitled to their opinion about politics and culture, it’s true, but an opinion is different from a grounded understanding. The most direct path to catastrophe is to treat complex problems as if they’re obvious to everyone. 


最近テクノロジーで話題になった人物といえば、FTXを破綻させたSam Bankman-FriedとTwitterを買収したElon Muskですが、二人とも自分たちには人文社会的素養がないことをむしろ誇らしげに公言していました。


しかし彼らの莫大な財産喪失は、その素養の欠如に由来することが大きいのかもしれません。


これら二人と対照的なのがアップルの創始者の1人であるSteve Jobsです。彼は、自分が大学時代にいろいろ迷いながらシェイクスピアや現代ダンスやペン習字の美学などを学んだことが、アップルの成功につながったと述べています。


このエッセイは、Wired (https://www.wired.com/1996/02/jobs-2/) に掲載されているSteve Jobsのことばを引用します。


A lot of people in our industry haven't had very diverse experiences. So they don't have enough dots to connect, and they end up with very linear solutions without a broad perspective on the problem.


科学技術も、それが社会的に実装されるためには、幅広い人文社会の知恵が必要です。



このように人文社会系の素養をもたない、あるいは軽視する技術系には批判が必要ですが、他方、人文社会系の多くの人間にも批判が必要です。科学技術の進展およびそれに伴う社会の変化を見ようとせず、何十年も同じような研究と教育をしているからです。


このエッセイの著者は以前にシェイクスピアの研究者でしたが、その経験からすれば、人文系が新しい環境に対応できるにはおそろしく時間がかかるだろうと述べます。


Going by my experience as a former Shakespeare professor, I figure it will take 10 years for academia to face this new reality: two years for the students to figure out the tech, three more years for the professors to recognize that students are using the tech, and then five years for university administrators to decide what, if anything, to do about it. 


私からすればこの遅さはとても許容できるものではありません。人文社会系の者はあきらかに科学技術の進展について学ばなければなりません。


「理系は文系の知恵を学び、文系は理系の知識を得よ」とは昔から言われ続けていることですが、どうも多くの人は自分の得意なことばかりやりたがり、そこでの知を誇ることを好みます。自分が不得意な分野を見つめ、知的に謙虚になることを避けます(私も例外ではありません)。


教養課程にいる学生の皆さんは、ぜひ幅広く学んでください。私も少しずつ学んでいます。さもないと自分と周りの人を不幸にしかねないからです。


2022/12/17

ChatGPTといったテクノロジーの話も、究極的にはいかにすべての人を尊重するかという話にしなければならない。

    【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さんへの課題リマインダーメールに掲載した文章をこのブログに転載しているものです。】


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OpenAI社のChatGPTについては、さまざまな論評記事が続いていますが、次の記事は、人文系の人間が未来を見据えた発言をしているという点で目を引きました。


What Would Plato Say About ChatGPT?

by ZEYNEP TUFEKCI

https://www.nytimes.com/2022/12/15/opinion/chatgpt-education-ai-technology.html


そのエッセイの要点は次のセンテンスに要約できます。


The right approach when faced with transformative technologies is to figure out how to use them for the betterment of humanity.


新たなテクノロジーを前にして私たちは熱狂したり、狼狽えたり、ことさらに平気を装ったりします。ですが、大切なことは長期的なゴールを見失わないことです。


学校教育でAIが活用されると、かつてプラトンが文字の普及がもたらすものとして表現した“Not truth but only the semblance of truth”がはびこります。


ノーベル経済学受賞者のハーバート・サイモンはかつて、“A wealth of information creates a poverty of attention”と述べました。扱うべき情報が増えるたびに、人間が払える注意力はますます希少資源になってゆきます。


同様に、AIが作り出したもっともらしい情報が知らぬ間に増えると、こんどは正しい知識を見抜く力が貴重になってゆくとこのエッセイの著者は説きます。


Similarly, the ability to discern truth from the glut of plausible-sounding but profoundly incorrect answers will be precious.


莫大な情報の中から正しい情報だけを見抜く力を学習者が育てるには、これまで以上に教師の支援が必要になるでしょう。そうなると教育格差がますます拡大し、教育資源が豊かな学校はAIを活用してますます学習者の能力が高まり、そうでない学校では情報洪水の中で溺れかける学習者が増えるでしょう。それは私たちの長期ゴールを否定するものです--私は宮沢賢治の「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」という洞察は正しいと信じていますーー


If A.I. enhances the value of education for some while degrading the education of others, the promise of betterment will be broken.


一部の人々がいくら嘆いてもAIの進展は止まらないでしょう。人間は、ますます増える情報の中から正しいものだけを見出すという、これまで以上に複雑な知的能力を獲得しなければなりません。大切なことは、そのための教育をすべての人々に与えるという理想を失わないことです。


The way forward is not to just lament supplanted skills, as Plato did, but also to recognize that as more complex skills become essential, our society must equitably educate people to develop them. 


ですから、テクノロジーの話も、究極的には人間の話にしなければなりません。


And then it always goes back to the basics. Value people as people, not just as bundles of skills.


かつてAlan Kayは "The best way to predict the future is to invent it."と言いました。未来を創るために、私たちは人間を大切にするという基盤に立ち戻るべきです。



2022/12/02

機械翻訳についてのEcononmist誌の短い記事:翻訳者はAIを自身の一部とするという意味で「サイボーグ」となる。

  【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さんへの課題リマインダーに掲載した文章をこのブログに転載しているものです。】


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The Economist (December 3, 2022) は機械翻訳に関する短い記事を掲載しました。


"The translator of the future is a human-machine hybrid."

https://www.economist.com/culture/2022/11/30/the-translator-of-the-future-is-a-human-machine-hybrid



その記事は以下のように締めくくられています。


Tales of artificial intelligence usually pit humans against encroaching machines, “Terminator”-style. But the translators of the future will be neither entirely human nor machine. They will be human beings with mechanical enhancements. Call them cyborgs.


人間の知性は、そもそも道具や媒体--典型的には言語--の利用をほぼ不可欠なものとしている点でサイボーグ的であるという議論は、哲学者のAndy Clarkが昔からしておりました(注)。

The Economistの記事は、例えば法律関係でしたら、定型的な契約書の翻訳はほとんど機械翻訳でなされるが、新たな法解釈の議論などの場合はほとんどすべてを人間が翻訳することになるだろうと報告しています。

この記事は、多くの人が実感していることを表明していると思います。機械翻訳は、ビッグデータに頻出する慣習的・典型的・定型的な表現をきわめて忠実に訳すが、珍しかったり創造的だったりする表現は苦手とするということです。

しかし、このことは逆に、専門知識はもっているが英語が母語でない者にとって、機械翻訳が非常に有用な道具となることを意味するのではないでしょうか。

非母語英語話者は母語話者に比べて英語に接する時間が圧倒的に少ないので、英語の慣習に忠実に書くことが苦手です。機械翻訳は、そんな非母語英語話者に自分が言いたいことについての慣習的・典型的・定型的な表現を教えてくれます。

そのように機械翻訳に助けてもらえば、専門知識をもっている非英語母語話者は、自分の専門知識の英語表現により力を注ぐことができます。そうすれば、これまでよりも多くの人に自分の専門的発見を届けることができるでしょう。

英語を苦手とする知的職業人が考えるべきことは、「機械翻訳が発展するから、英語の学習はいらない」ではない、と私は思っています。

そうではなく、「機械翻訳が発展するから、もっと自分の専門について英語でも読んでおこう。そうすれば、自分で機械翻訳出力を修正して、他の人にはできない自分なりの貢献ができるから」と考えた方が生産的ではないでしょうか。

さらに極端に表現するなら、「日常会話英語よりも、専門の英語を勉強を優先させよう」とすらなるのかもしれません。

英語母語話者なら誰でも知っている表現については、機械翻訳の助けを借りることができます。それよりも、英語母語話者も機械翻訳も対応できないような、高度で専門的な英語表現を学んでおくことの方が、後々有用になると私は考えます。

専門知識をもった者がその英語表現も学んでいれば、その人が機械翻訳を使いこなす「サイボーグ」となれます。そうなれば、どんなAIや英語母語話者にもできない独自の知的貢献を英語で行うことができるのではないでしょうか。

ですから私としては、大学生の皆さんは、専門の英語論文を正確に読めるリーディング力だけはつけておいてほしいと願っています。専門知識を英語で正確に理解できる力は、機械翻訳を使って英語論文を書く際には不可欠だからです。

もちろん、他の研究者と直接にコミュニケーションを取るためのリスニング・スピーキング力も必須です。しかし、これについてはまた別の機会にお話します。とりあえずは下の関連記事の本多先生のインタビューをお読みください。


関連記事

工学研究科(教授)本多充先生

「研究者同士が英語で語る際に、スマホを経由して話すわけにはいきません」

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/interviews/transcripts2022_jp#frame-689


追記

上の本多先生のインタビューは「京都大学自律的英語ユーザーインタビュー」の一つですが、このインタビュープロジェクトではさまざまな声を集めています。

上の記事では述べませんでしたが、専門文献がほぼ英語でしか存在しない分野の研究者は、当然のことながらその分野について日本語で考えることが困難です。ですから、論文は初めから最後まで英語で書くことになります。


理学研究科・院生(博士課程)村山陽奈子さん

「言語能力だけがコミュニケーション能力ではありません」

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/interviews/transcripts_jp#frame-250


工学研究科・院生(修士課程)飛田美和さん

「英語はゴールではなくツール」

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/interviews/transcripts_jp#frame-440


他方、重要な英語論文以外の情報収集用論文読解には機械翻訳を使うという実践は、こちらで語られています。

経済学研究科(教授)黒澤隆文先生

「社会変化を踏まえ、自分のスキルへ投資する」

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/interviews/transcripts_jp#frame-578


この他にも多くの英語学習・使用についての知恵が公開されていますので、ぜひ「京都大学自律的英語ユーザーインタビュー」をご参照ください。


京都大学自律的英語ユーザーへのインタビュー

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/interviews_jp



(注)

私もアンディ・クラークの考えを引用しながら6月に「機械翻訳が問い直す知性・言語・言語教育 ―サイボーグ・言語ゲーム・複言語主義―」という講演をある学会で行いました。


LET関東支部研究大会講演スライド公開 「機械翻訳が問い直す知性・言語・言語教育 ―サイボーグ・言語ゲーム・複言語主義―」

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/06/let.html


先日、この講演に基づく論文を同学会支部紀要に投稿したところです。機械翻訳の可能性を示す論文ですから、その主張を実践すべく英語翻訳版も投稿しました。紀要編集部のご理解に感謝します。


2022/11/26

「起承転結」、ABT、Context-Problem-Solution

 

 【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さんへの課題リマインダーに掲載した文章をこのブログに転載しているものです。】


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先日、私のTwitterのタイムラインに "How to write a contemporary scientific article" という論文がわかりやすいという情報が入ってきました。この論文は、Open Accessのようで、誰でもPDF版で読むことができます。


How to write a contemporary scientific article

https://arxiv.org/abs/2203.09405


このようなタイトルをもつ論文ですから、Abstractも極めて読みやすいものです。


Today scientists are drowned in information and have no time for reading all publications even in a specific area. The information is sifted and only a small fraction of articles is being read. Under circumstances, scientific articles have to be properly adjusted to pass through the superficial sifting. Here I present written down instructions that I used to give to my students with almost serious advises on how to write (and how not to write) a contemporary scientific article. I argue that it should tell a story and should answer on the three main questions: Why, What and So what?


しかし上を読むだけでは必ずしも自分で読みやすい文章を書けるようにはなりません。原理・原則を理解しておくことが重要です。

ですから、ここでは起承転結の4段階(And-But-Therefore: ABTの接続詞でも説明できる)、およびContext-Problem-Solutionの3段階で区分けしてみます。


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---Context---

【起】

Today scientists are drowned in information and have no time for reading all publications even in a specific area. 

<And>

【承】

The information is sifted and only a small fraction of articles is being read. 

<But>

【転】

---Problem---

Under circumstances, scientific articles have to be properly adjusted to pass through the superficial sifting. 

<Therefore>

【結】

---Solution---

Here I present written down instructions that I used to give to my students with almost serious advises on how to write (and how not to write) a contemporary scientific article. I argue that it should tell a story and should answer on the three main questions: Why, What and So what?


***



「起承転結」、"ABT"、"Context-Problem-Solution"のどれも覚えやすいフレーズですから、文章を書くときの1つの参照枠とすることをお勧めします。

ただし、話の概要がすでに読者に伝わっており、読者の読む意欲も高まっている時点で開始されるbody paragraphsなどでは、もっと単純な「topic statement-supporting sentences-topic restatement」の構造の方が好まれますので、「起承転結・ABT・Context-Problem-Solution」と 「topic statement-supporting sentences-topic restatement」のパターンはうまく使い分けてください。


追記

同じくTwitterで知った次の論文も読みやすいものです(ただし一部の箇所には、医学研究の用語が出ています)。本文は誰でもウェブ上で読むことができます。


Writing a scientific article: A step-by-step guide for beginners

https://doi.org/10.1016/j.eurger.2015.08.005



関連記事

私家版:論文執筆のための5つの手順

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/04/5.html

Thesis Statement (X is/does Y in Z) の3要素の説明とYとZの定め方

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/05/thesis-statement-x-isdoes-y-in-z-3yz.html

主張文の中に反論をどのように組み込むか

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/05/blog-post_23.html

「起承転結」、ABT、Context-Problem-Solution 

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/11/abtcontext-problem-solution.html

研究のまとめ方の基本(高校生や大学1年生のための約15分のYouTube解説動画)

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2023/06/15youtube.html

「AIを活用して英語論文を作成する日本語話者にとっての課題とその対策」の解説動画、および理系研究者との対話から学んだこと

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2024/03/ai.html

2022/10/19

新自由主義の後の政治哲学


 【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さんへの課題リマインダーに掲載した文章をこのブログに転載しているものです。】


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Rana Foroohar

Globalism Failed to Deliver the Economy We Need

https://www.nytimes.com/2022/10/17/opinion/neoliberalism-economy.html


このエッセイの著者は、過去50年あまりにおいて強力な政治哲学であった新自由主義 (neoliberalism) も、もはや変化せざるを得ない時期ではないのかと説きます。

新自由主義が構想されたのは1938年のパリであり、そこに集まった識者は大恐慌後に国家の権力が強くなりすぎたことを懸念していたそうです。各国が自国の利益だけを追求して市場と社会が混乱するのを防ぐのは、国際的な法と機関だというのがその当初の考えでした。The International Monetary Fundやthe World Bankあるいはその後の the World Trade Organizationもこの考えを受けて作られたと著者は説明します。

新自由主義はレーガンとサッチャーの時代に加速し、2008年の経済危機直前の4年間は過去半世紀の中でもっとも地球上の富が増えた時期であったとも言います。

ですが同時に、国々の中で経済格差が広がりました。安い労働力を求めて資本は国境を超え、多国籍企業が繁栄しました。物価は安く抑えられても賃金は上がらず、各国で経済的に苦しむ層が増えました。そしてその苦悩は、ポピュリズム、ナショナリズム、あるいはファシズム的な政治文化を生みました。

そんな現状を著者は次のように表現します。


The world is beginning to reset -- not to the “normal” of conventional neoliberal economic models but to a new normal. There is a rethink going on in policy circles, business and academia about what the right balance is between global and local.


しかし「ポスト新自由主義世界」についての答えはまだ姿を現していません。


We don’t yet have a new unified field theory for the postneoliberal world. But that doesn’t mean we shouldn’t continue to question the old philosophy. One of the most persistent neoliberal myths was that the world was flat and national interests would play second fiddle to global markets. The past several years have laid waste to that idea. It’s up to those who care about liberal democracy to craft a new system that better balances local and global interests.


皆さんは自分の未来についてどんな見通しをもっていますか?最近の若い世代には悲観的な見方も少なくないと聞きます。「社会はどうあるべきなのか」という問いが、全世界の隅々で同時に考えられ、さまざまな声になることによってのみ、人々にも希望が生まれるのかもしれません。




2022/10/06

"Humble"であることは近代社会で成功するためにも必要・・・(たぶん)


【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さんへの課題リマインダーに掲載した文章をこのブログに転載しているものです。】



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The New York Times(2022/10/05電子版)に次のタイトルのエッセイが掲載されました。


"Humility Is a Virtue. But Can Humble People Succeed in the Modern World?"


たしかに"humble"であることは、多くの宗教が勧めていることですしかし"humble"であれば、近代社会の競争を生き残ることはできないのではないか、というのがこのエッセイストの問いかけです。


しかし商業の性質を理解すると"humble"であることと近代社会で生き残ることが合致しそうです。ビジネスをするためにはマナーがよくなければならないからです。エッセイストは友人によるモンテスキュー引用を紹介します。(注)


He referred me to Montesquieu, the Enlightenment philosopher who wrote: “Commerce is a cure for the most destructive prejudices; for it is almost a general rule, that wherever we find agreeable manners, there commerce flourishes; and that wherever there is commerce, there we meet with agreeable manners.”


"Humble"であること、つまり"humility"が、他人の意見に耳を傾け、他人から学ぶことであれば、それは近代社会での成功の鍵になります。少なくとも新しい発想を身につけることは容易になるでしょう。


if by humility we mean listening to other people without presumption and being willing to learn from them, that’s a virtue that can fuel innovation and growth. 


「他人の意見を聞くなんて当たり前でしょ?」とお思いのあなた、本当にそうですか?実はそんなに簡単なことではないと思います。少なくとも私は、他人の意見を耳では確認しながらも「この人はだいたい○○だから・・・」とか「この件は△△に決まっているでしょ!」などといった偏見が心の中に芽生えることがしばしばあります(反省)。


エッセイストは別の友人による引用も紹介します。


She quotes the Jewish sage Ben Zoma, who said: “Who is wise? One who learns from every person."


大学での学びも、皆さんを"humble"にするものであってほしいと願っています。



(注)とはいえ、購買活動の多くが無人格的なネット販売に移行していることを考えると、それほど商業にとって美徳は必要だといえるのだろうかという疑問も湧いてこないわけではありません。

2022/07/11

自らの過ちを認め、異なる意見に耳を傾けるという偉大さ


【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さん向けの文章をこのブログに転載しているものです。】

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 18世紀に建国されたアメリカ合衆国は、長い歴史をもつ他の国以上に建国の理念を大切にしているように思えます。今年の独立記念日にThe New York Timesに寄稿された以下のエッセイで、著者は、アメリカの建国理念を "a multiracial, multiethnic, pluralist democracy"を作り上げることだと述べた上で、アメリカの可能性について語ります。


Darren Walker

The Founders Bequeathed Us Something Radical

July 4, 2022

https://www.nytimes.com/2022/07/04/opinion/these-truths-we-holdand-share.html


彼によるなら、現在のアメリカの状況は以下の通りです。


Everything right now, it seems, is black or white, all or nothing, perfect or unacceptable. ... Nuance and complexity, let alone compromise, are nowhere to be found. 


しかしアメリカの偉大さは、建国の理念に向かって自己再生できることだと著者は説きます。自らの過ちを認め、それを正す勇気をもつことがアメリカの力だと著者は述べます。


And yet what makes America great is not the fact of our perfection but our act of becoming more perfect. What makes the American people exceptional is that we have the strength to acknowledge our failings -- moral, structural, personal -- and the courage to make wrong into right.


アメリカが建国の理念を追求するには、市民が頑なな自己主張を繰り返すだけではいけません。謙虚さ・好奇心・共感の態度と共に他者に耳を傾け、他人の振る舞いに対して寛容であり疑わしきは罰しないようにしようと著者は訴えます。(注)


Let’s resolve to listen with humility, curiosity and empathy -- with open hearts and minds. Let’s resolve to extend the presumption of grace and the benefit of the doubt.


英語ライティングの授業で私たちが主に書いている文章は、自説の正しさを一貫して立証するものです。研究やビジネスの場面では、まずは自らの見解を短く述べてしまうことがしばしば必要だからです。


しかし研究やビジネスにしても、異なる意見を排斥せずに、自らの見解を捨て去る覚悟さえもって対話に参加することが必要です。ましてや社会的・文化的な話し合いにおいては、自説の正しさを信じて疑わないと、社会的・文化的な分断が深まるばかりかもしれません。どうぞ英語ライティングで学ぶ論証法を過大評価せず、その限界を知った上で使いこなしてください。皆さんも対話に参加できるよう自己教育してください。


(注)

下線部は訂正した翻訳です。最初に掲載していた翻訳は、私なりに文脈から推測した意味を表現したものでしたが、寝る前にあるstand-up comedyをNetflixで見ていたら偶然 "the benefit of the doubt" という表現が出てきたので、この表現が成句だと気づき、調べた上で訳文を変えました。

Merriam-Websterによりますと、"the benefit of the doubt"とは、まさに日本語でいうところの「疑わしきは罰せず」のような意味で、ある人の言動に疑いがある時にも、その人が正直であり信頼がおけるものだという前提をもつことだそうです。

ついでに "the presumption of grace"についても調べますと、まさに"PRESUMPTION OF GRACE"と銘打たれた記事を見つけました。その記事の内容を要約しますと、私たちは自分がある人に対して善い行いができなかった時、「自分に悪意はなかったのだから」と心中で言い訳をし、その人に対してしばしば謝罪しません。「あの人もわかってくれるだろう」とさらに自分なりの言い訳を重ねます。ある意味、人間とはこのように自分勝手なものですが、大切なのはその自分勝手さを自分自身だけではなく、他人に対しても認めることができるかということです。

記事では、自分がやったなら許してしまうような自己中心的な行動を他人が行った時に、その人が許しを請わなくてもその人を許せるかが人間性の試金石だと説きます。現代ではしばしば他人に対して徹底的な説明責任を要求しますが、その記事は次のように問いかけます。 "Do we extend to others the presumption of grace or do we demand an account for every grievance?" こういった記述からは "the presumption of grace" は、「他人の振る舞いに対して寛容であること」ぐらいに訳せるのかもしれません。(この訳は、記事にあるキリスト教的な文脈をあまり反映していない訳です)。

いずれにせよ私は上の2つの表現について十分な知識をもっていませんでしたし、その知識不足を薄々自覚していたにもかかわらず十分に調べることなく翻訳を掲載してしまいました。大学英語教師としてまったく恥ずかしいことです。ここにお詫びし、訂正します。(2022/07/13)



2022/07/04

GPT-3が一般公開され、数百語の英語の文章なら誰でも自動的に生成できることが目の当たりになった。このような時代の英語学習指針とは何か?

【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さん向けの文章をこのブログに転載しているものです。】

お知らせ:先日の記事(「機械翻訳が問い直す知性・言語・言語教育 ―サイボーグ・言語ゲーム・複言語主義―」)に解説YouTube動画を追加しました。


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以下の文章は柳瀬の個人的な見解を示すもので、柳瀬が所属する組織の公式見解を表しているものではありません。また最初に申し上げましたように、このコラムは毎週の課題の締切リマインダーメールの付録であり、学生の皆さんにはこのコラムを読む義務はまったくありません。

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■ AIがそれなりの英文を自動的に生成する現代


人工知能プログラムのGPT-3が一般公開されました。ですから、授業でデモンストレーションしましたように、今や誰でもGPT-3にトピックを与えたらそれなりの英語の文章を自動的に得ることができるようになりました。


例えば "Write an essay that explains the significance of the CRISPR-Cas9 system in gene editing."という入力 (prompt) を入れるだけで、出てきたのが次の英文です。(入力を新たに求める度に、GPT-3は似ているが異なる英文を出力しますので、皆さんが試したら他の英文が出てくると思います)。


The CRISPR-Cas9 system is a powerful tool for gene editing. It can be used to make precise changes to the genome of a living organism. This system has been used to edit the genomes of plants, animals, and humans. The CRISPR-Cas9 system has many potential applications. It can be used to treat genetic diseases, to improve crop yields, and to create new animal species. It can also be used to create designer babies. The CRISPR-Cas9 system is not without its controversy. Some people worry that it will be used to create “perfect” babies, or to create new animal species that could threaten the environment. Despite the controversy, the CRISPR-Cas9 system is a very exciting development in the field of genetics. It has the potential to change the world in many ways.


この英文は131語ですが、この英文にさらにpromptを継ぎ足してGPT-3に再入力すると500語や1,000語のエッセイも作り出すことができることも確認しました。


ただしGPT-3はビッグデータから「次に続く可能性が高い文」を予測して生成するプログラムですから、「もっともらしい話」 (a plausible story) を作るだけです。文章を生成しているうちに内容的に間違った文章や、論理展開が明快でない文章を生み出すこともあります。


このようにGPT-3がもっともらしい英文を数秒で生み出し、DeepLやGoogle Translateなどの機械翻訳プログラムがたいていの日本の高校生では書けないレベルの英語で日本語を翻訳する現代、若い人はどのような英語の勉強をすればよいのでしょうか?


これは多くの人が考え試行錯誤しながら、学校教育の内容や制度に結実させなければならない問題です。ですが、とりあえず私の今の考えを描きます。


これからの英語学習については、私は三つの指針を考えています。一つはstory(話の構成)の側面、二つ目はstyle(文体)の側面についての指針です。三つ目が身体で学ぶことを一層重視するという指針です


なお、以下では英語力の中でも特にライティング力を中心に説明してゆきます。ライティング力は、リーディング力のみならずスピーキング力とリスニング力がなければ獲得することができないものですから、ある一定のライティング力を目標にすれば、リーディング力・スピーキング力・リスニング力もいやおうなく獲得せざるを得ません。そういうわけでここではとりあえずライティング力について書きます。



■ "A true story"もしくは "an original story"を作り出すための英語力


一つ目の指針はstoryについてのもので、それは"a plausible story" (もっともらしいストーリー)ではなく、 "a true story" (真実に基づいたストーリー)もしくは "an original story"(自分でしか作り出せないストーリー)を生み出せるように、創造性を高めるというものです。誰でも述べるような凡庸なstoryを作るのではなく、独自の調査・実験や思考・感性からstoryを創造できるように日頃から感性・知性・理性を働かせておくことと自分の英語力を連動させることです。


もちろん物事の真実に迫ったり独自の発想を示すようなstoryを作るためには、過去の知見についてのたくさんの勉強が必要です。しかし過去の知見の記憶と再生だけで自分の学びを止めてしまわず、常に自分ならではの発見・創造ができるように、感性・知性・理性を働かせることが重要です。多くの人が知っている知識を得ることは学びの終点ではありません。人々との共有知識を使って自分でしかできないことをやることが学びの目指すべき方向ではないでしょうか。


過去の知見の記憶と再生なら人間はAIに勝てないでしょう。しかし、人間にとって意味深いことを発見し創造することは人間の方が得意なはずです。AIが得意な領域はAIの力を借りて、人間は人間ならではのやり方で感性・知性・理性を働かせ、持続可能な未来を作り出すことは、人間の地球に対する責務とすらもいえるでしょう。


"A true story" もしくは "an original story"を作り出すことは、これまでのテスト対策中心の英語学習のイメージとかけはなれているかもしれません。しかし、英語の学習が世界の実際の出来事に結びついていなければならないというのは、昔からいろいろな形で述べられてきました。多肢選択方式などの客観的な評価で簡単に測定できるような形式的な英語力ばかりに拘泥せず、もっと英語でstoryを理解し自ら作り出せるための英語力をつけるべきではないでしょうか



■ AIの力を借りながらAIを超える文体感覚を身につける


これからの英語力養成の二つ目の指針は、styleすなわち文体の感覚を身につけることです。文体は、リスニング、スピーキング、リーディング、ライティングのどの領域においても重要な役割を果たしています。文体は、リスニングとスピーキングにおいては、ストレス・イントネーション・ポーズ・スピード・トーンといったさまざまな音声的要因で精妙に表現されます。リーディングとライティングにおいては、通常の話し言葉よりも遥かに多彩で慎重に選択された語彙・文法構造によって表されます。実際のコミュニケーションでは、文体の違いは大きな役割を果たしています


一部の人は「文体の差など微々たるもので、文字通りの意味が伝達できればいいのだ」と主張するかもしれません。しかし、文字通りの意味の伝達レベルの記号処理なら、AIの方が人間よりも遥かに速く行ってくれます。それならば、人間は(少なくとも現時点での)AIには困難な、文体的な差異を踏まえた上での文章の理解・生成能力の開発に励むべきではないでしょうか。文体がひどければ、読者は途中で読むのを止めてしまいます。文体が良ければ、微妙なニュアンスも伝えられ、後々のコミュニケーションも容易になります。知識社会の中での情報洪水の中で自分の文章を読んでもらうためには、優れた文体をもった文章を書く必要があります。


ライティングでしたら今現在でさえ、日本語さえ入力すれば、機械翻訳プログラムがそれを英語に翻訳してくれます。しかし、その翻訳は入力したのがおよそ定型的な文章--"an original story"の対極--でない限り、語彙や構文のレベルでも問題が多い英文です。ましてや文体においては読みにくかったり、誤解を招くような表現になっていることが多々あります。


今や機械翻訳プログラムを使えば誰でも、一定の質を備えた英文を出力できるのですから、これからの英語学習の価値は、どれだけAIが生み出すレベル以上の英文を生み出すことができるかにかかってくるでしょう。AI機械翻訳の英文と人間による達意の英文の差の多くは文体にあります。こうなると文体の違いを的確に理解した上で、文脈に応じた文体をもった文章を生み出す能力が大切になってきます。


AI以上の英文を人間が生み出すためには、途中までAIの力を借りて英文を入手しそれを修正してもかまいません。AIの力を借りる場合は、機械翻訳プログラム、校閲プログラム、書き換え(パラフレーズ)プログラムなどを使うことが考えられます。機械翻訳プログラムでしたら、母国語でより高速で正確に思考・表現した原稿をAIに入力し、英語の下訳(下書き)を得ることができます。人間は、その下訳を、自分の意図に合うように修正します。その修正の際には文体的改訂が大きな課題となることは上で述べた通りです。


校閲プログラムでしたら、人間はAIプログラムの画面上に直接英語を書き込んでいきます。AIは書かれた英語の文法・語法・スペリングなどのミスを自動的に指摘し修正案を提示します。修正の正確度は完璧なものではありませんが、人間が母国語でも行うし、ましてや外国語では多くなる「うっかりミス」を減らします。ですから、人間は自らのstoryをより効果的に伝えるための文体的改善により力を注ぐことができます。


書き換え(パラフレーズ)プログラムは、人間が指定した語句や文の書き換え例を複数提示してくれます。しかも "formal" "fluent" などのさまざまなモードを指定しての書き換えも示してくれます。外国語表現のレパートリーは狭いものですから、書き換えプログラムは外国語学習者に日頃とは異なる発想の英文を提示して文体的な改善を支援してくれます。


しかしどの種類のAIプログラムを使うにせよ、文体的改善の判断は人間が下さなければなりません。機械翻訳プログラムや校閲プログラムを使って英語を作成している書き手は、そこに表れている英文をどのように文体的に修正すれば読みやすくなるかを考えなければなりません。他方、書き換えプログラムを使っている書き手には多くの書き換え例が提示されますが、書き手は今度は逆にその多様な例のどれを選んで良いのか戸惑ってしまうかもしれません。言うまでもなく、よくわからないまま適当な書き換え例を継ぎ接ぎしていったら、かえって支離滅裂な文体になるからです。AIが英語の文章作成を助けてくれるのは間違いありませんが、誰でも出力できるAIレベルの英文を超える英文を作成しようとなると、当たり前のことですがやはり人間が生身で身につけている力が必要になるのです。


これまでの英語教育では、リスニング、スピーキング、リーディング、ライティングのどの領域においても文体は優先されていなかったように思います。正解が一つに定まらなければならない多肢選択方式で評価することが多いリスニングは、文体的な差による微妙なニュアンスの違いを構造的に無視しています。スピーキングも客観的評価を重視すればするほど、形式的側面ばかりが重視され、文体などは二の次になってしまいます。リーディングもここ数十年来の文学軽視の流れと共に、文体の理解は軽視されているように思えます。ライティングにおいても少なくともこれまでは語法的正確さが優先され文体の指導はおざなりになっていました。


しかし文字通りの意味での記号処理はAIが大幅に支援してくれるわけですから、これからは文字通りの意味を超えたレベルで重要になる文体の感覚を人間が身につけることが大切になってきます。これが私の考える今後の英語教育の指針の二つ目です。そしてこの指針は三つ目の指針である身体的学びの重要性につながってゆきます。



■ 身体的な実感に基づく「身につく」学び


絶対的な正解がなく、人間がどちらが良さそうかを判断する際の基準は、身体的実感ではないでしょうか。ある人はそれを直感と呼ぶかもしれませんが、いずれにせよ、外部からの判断基準がない場合、人間は「こちらの方がしっくり来る」といった生身で感じる実感で判断を下します


英語学習者がAIの力を借りながらもAIを超える力を発揮するためには、学習者の英語知識は実感を伴う「身についた」ものでなくてはなりません。しかし現在の多くの英語学習者の英語知識は、表面的なものにすぎません。


単語を多く知っていると称する学習者も、実は正しく発音したり綴ったりできないことが多いものです。たいていの場合の学習者の単語知識は、その単語を見たときに単語帳に書かれてあった訳語を思い出せるぐらいの浅い知識です。単語の意味の深さや広がりをよくわかっていません。その語が他のどんな語と結びついた時に典型的な連語となるのか、特異的な連語となるのか、不可能な連語となるのかも知りません。正しい発音すらできないわけですから、その語の独特のニュアンスを込めた発声はまったくできませんし、そのような発声を聞いた時にその含意を理解することすら困難です。


単語の意味を身体レベルで感じたことがないわけですから、自分の身心の状態に即した単語を思い出すことが不得意です。学習者は、いざ英語を話すときには「こんな気持を英語でどう言えばいいのだろう」と焦ります。しかし日頃の英語の勉強では自分の気持と離れたところで形式的な勉強ばかりしているのですから、英語と自分の気持の間に対応関係がほとんど構築されていません。言語の形式的側面ばかりを測定する英語テストの高得点者が英語を話せないのは別に不思議なことではありません。


これからの英語学習は、形式的な記号処理のような学習よりも、自分なりにニュアンスも含めて実感できる学びを大切にするべきでしょう。英語が「身についた」と感じられるぐらいまでに深く英語を理解することを重視していけば、その「身についた」英語は自分の身の変化に応じて外に現れるでしょう。また、文体的な判断をする際には、その身についた感覚が判断基準となるでしょう


以上、GPT-3の文章生成能力、および機械翻訳や校閲や書き換えにおけるAIプログラムの飛躍的な進展を受けて、今後の英語学習はどのような指針をもつべきかについて私なりの考えを書きました。私なりの三つの指針は、「 "A true story"もしくは"an original story"を作り出すための英語力をつける」、「AIの力を借りながらAIを超える文体感覚を身につける」、「身体的な実感に基づく『身につく』学びを行う」でした。これらの指針を掲げることにより、英語学習はその質を変えざるをえません。英語学習は、「実世界の現実の知識と連動させる」「客観式テストでは測れない意味の微妙なニュアンスを大切する」「常に英語を自分の心身の状態と重ね合わせる」ものになってゆきます。AIが大きく人間社会を変えつつある今、学び方も大きく変わらざるを得ないのではないでしょうか。


とはいえ、以上に述べたことは現時点での私の仮説に過ぎません。私もこれからいろいろな経験を重ね仮説を変えてゆくでしょう。いや、それよりも大切なのは一人ひとりの学習者が自分なりの仮説を立て、自主的に自らの学びを進めてゆくことです。忙しい時間割の中で勉強していると、ついつい「勉強は単位のため」と思いがちです。しかし学びは本来自分のためのものです。学びの主体は自分自身です。知識社会では学びは生涯続きます。どうぞ皆さん、受け身の勉強に埋没することを止め、今自分は何をどのようになぜ学ぶのかを学んでください。学びの基盤は「学ぶことを学ぶこと」 (learn to learn) です



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ちなみに下の英文 (1051語)は、私がGPT-3に最初のPromptを入れた後、出てきたoutputにさまざまなpromptを継ぎ足しながらinputを繰り返して得たエッセイです。語法と文体はそれなりのレベルに達していますが、storyは後半グダグダになっています(まるで明確なアウトラインを定めないまま書き始めて、なんとか指定語数までレポートを完成させようとする学生が書いたエッセイのようです 笑)。いくら語法と文体が整っていても、ストーリーが駄目だと人に読んでもらえる英語にはならないことを示す一例ともいえるかもしれません。


他方、いくらストーリーが新発見の真実を伝えていたり、書き手独自の思考を示していたりするものであっても、文体が整っていなければ多くの読者を獲得し難いことは上で述べたとおりです。ライティングにおいて適切な文体感覚を行使するためには、リーディングでもスピーキングでもリスニングでも、英語の意味を広く深く実感することを通じて「英語を身につける」ことが必須であることも上に述べたとおりです。




Nuclear power generates electricity very efficiently for several reasons. First, nuclear power plants do not burn any fuel. This means that there are no emissions or pollutants released into the atmosphere. Second, nuclear power plants have a high capacity factor, meaning that they produce electricity a large percentage of the time that they are operational. Nuclear power is a very reliable source of electricity. In fact, it is one of the most reliable sources of electricity. Nuclear power plants have a capacity factor of about 90%, meaning that they produce electricity about 90% of the time that they are operational. This is much higher than the capacity factor of other types of power plants, such as coal-fired power plants, which have a capacity factor of about 50%. Nuclear power is also very efficient. Nuclear power plants generate about 3.5 times more electricity than coal-fired power plants per unit of fuel. This means that nuclear power plants use less fuel to generate the same amount of electricity as coal-fired power plants. 

Furthermore, nuclear power generation is more 'green' than other methods for two reasons. First, nuclear power plants do not produce any emissions or pollutants. Second, nuclear power plants have a very low carbon footprint. The carbon footprint of nuclear power is about 12 times lower than the carbon footprint of coal-fired power. For these reasons, many believe that more nuclear power plants should be built in regions, such as North America and Europe, that are struggling to meet their emissions targets. 

However, many activists strongly advocate for the abolition of nuclear power plants. They see the issue of nuclear power use from entirely different perspectives. One such perspective is that nuclear power is too dangerous and that it poses a serious threat to public safety. There have been several major nuclear accidents in the past, such as the Chernobyl disaster in 1986 and the Fukushima Daiichi nuclear disaster in 2011. These accidents released large amounts of radiation into the environment, which caused many deaths and illnesses. Furthermore, the waste produced by nuclear power plants is very dangerous and difficult to dispose of. Nuclear waste can remain radioactive for hundreds of thousands of years. There is currently no safe way to store nuclear waste, so it is often stored in above-ground facilities, which are vulnerable to terrorist attacks. 

Another perspective is that nuclear power is too expensive. The upfront costs of building a nuclear power plant are very high. Furthermore, the costs of decommissioning a nuclear power plant are also very high. Many believe that renewable energy sources, such as solar and wind power, are a better option than nuclear power. These energy sources are much cheaper and do not pose the same risks as nuclear power. 

Given these two opposing views, many countries seem somewhat disoriented about their power generation policy. To take one example, Germany, which has long been a leader in renewable energy, decided to phase out all of its nuclear power plants by 2022. However, many other countries, such as China and the United States, are still expanding their nuclear power programs. 

Can there be a global consensus about nuclear power generation? There are three arguments worthy of attention. First, the world needs to find a way to generate electricity without emitting greenhouse gases. Second, the world needs to find a way to generate electricity that is both reliable and affordable. And third, the world needs to find a way to generate electricity without posing a serious risk to public safety. Can nuclear power help the world achieve these goals? 

When this question seems unanswerable, there appears a new question, radically different from the past ones. It asks why we have to assume that more power generation is necessary. Many people feel baffled with this question, but it raises a number of critical points in ecology. We know that we have to find a way to generate electricity without emitting greenhouse gases. We know that we have to find a way to generate electricity that is both reliable and affordable. And we know that we have to find a way to generate electricity without posing a serious risk to public safety. But why do we have to generate more electricity? We already have more than enough. In fact, we have too much. We have more than enough electricity because we use it inefficiently. For example, we use a great deal of electricity to light our homes and office buildings even when there is no one inside. We use a great deal of electricity to power our computers and other electronic devices even when we are not using them. And we use a great deal of electricity to heat and cool our homes even when the outside temperature is just right. If we used our electricity more efficiently, we would need far less of it. And if we needed less electricity, we would generate less greenhouse gases. In other words, if we used our electricity more efficiently, we would be able to solve the problem of climate change. But we do not use our electricity more efficiently because we do not have to. We do not have to because we are only animals turbocharged with science and technology. Our desire never stops, and it does not have to because we have the means to fulfill it. That is why we have to find a way to generate electricity without emitting greenhouse gases. That is why we have to find a way to generate electricity that is both reliable and affordable. And that is why we have to find a way to generate electricity without posing a serious risk to public safety. 

To summarize, 

1. Nuclear power is a very efficient and reliable source of electricity. 

2. Nuclear power is also very 'green' because it has a very low carbon footprint. 

3. However, many activists strongly advocate for the abolition of nuclear power plants because they believe that nuclear power is too dangerous and that it poses a serious threat to public safety. 

In conclusion, the world needs to find a way to generate electricity without emitting greenhouse gases. The world also needs to find a way to generate electricity that is both reliable and affordable. And the world needs to find a way to generate electricity without posing a serious risk to public safety.


追記
以下は、GPT-3がまるで一夜漬けで試験対策した学生のように、内容的に誤った英語を生み出した例です。書かれている内容はまったくのデタラメではありませんが、現時点でのGPT-3はこのトピックについては十分なデータをもっていないようです。

Chomsky and Wittgenstein both share the view that language is a system of rules. However, their views diverge when it comes to the nature of these rules. For Chomsky, the rules of language are innate and universal. This means that all humans are born with the ability to learn any language. The rules of language are also unchangeable; they are determined by our biology and cannot be changed by our cultural conventions. In contrast, Wittgenstein believed that the rules of language are arbitrary and can be changed by our conventions. This means that the meaning of words is not fixed, but can vary depending on the context in which they are used. To be more specific, in his early work, “Tractatus Logico-Philosophicus,” Wittgenstein argued that the meaning of a word is its use in a sentence. This is similar to Chomsky’s view that the meaning of a word is its role in a rule-governed system. However, in his later work, “Philosophical Investigations,” Wittgenstein rejected this view, arguing that the meaning of a word is not its use in a sentence, but its use in a language game. This is where Wittgenstein and Chomsky differ; for Chomsky, the meaning of a word is fixed by its role in a rule-governed system, while for Wittgenstein, the meaning of a word is flexible and can be changed by our use of it in a language game.

2022/06/11

AIは人間の能力を補い、人間でしかできない能力の開発を促す

 【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さん向けの文章をこのブログに転載しているものです。】


***


2022年6月11日号のThe Economist(デジタル版)はAI(人工知能)に関する記事を3つ掲載しました。

最初の記事は編集部が執筆したもので、AIによって、人間はより高度な仕事をすることが求められるだろうという予測を述べています。

How smarter AI will change creativity: The promise and perils of a breakthrough in machine intelligence

https://www.economist.com/leaders/2022/06/09/artificial-intelligences-new-frontier


Foundationと呼ばれる新しいモデルは、これまでのAIよりも柔軟であり、単純作業だけでなく、アーチストやライターやプログラマーの仕事の一部もこなします。


For years it has been said that AI-powered automation poses a threat to people in repetitive, routine jobs, and that artists, writers and programmers were safer. Foundation models challenge that assumption. 


しかしながら、AIの知性と人間の知性の違いに注目するならば、AIが人間の地位を奪う知性をもっていると考えるよりも、人間の知性を補うものだと考えるべきだと記事は示唆しています。


But they also show how ai can be used as a software sidekick to enhance productivity. This machine intelligence does not resemble the human kind, but offers something entirely different. Handled well, it is more likely to complement humanity than usurp it. 



2番めの記事はGoogleの技術者によるものです。


Artificial neural networks are making strides towards consciousness, according to Blaise Aguera y Arcas: The Google engineer explains why

https://www.economist.com/by-invitation/2022/06/09/artificial-neural-networks-are-making-strides-towards-consciousness-according-to-blaise-aguera-y-arcas


彼は、GoogleのLaMDA (Language Model for Dialog Applications)というAIと対話した文章を見せ、AIが複数の登場人物がお互いについて考えていることをあたかも正しく推測できているようであることを示します。これを彼は "the pro-social nature of intelligence"と呼び、AIの進展を示す一つの兆候と見ています。


彼は、この兆候に興奮していますが、それは社会的な知性こそが人間の知性を高めたと考えているからです。


[T]he intelligence explosion came from competition to model the most complex entities in the known universe: other people.

Humans’ ability to get inside someone else’s head and understand what they perceive, think and feel is among our species’s greatest achievements. It allows us to empathise with others, predict their behaviour and influence their actions without threat of force. Applying the same modelling capability to oneself enables introspection, rationalisation of our actions and planning for the future.


社会性を備えたAIというのは、これから大きなトピックになるのかもしれません。



しかしながら3番めの記事は、"not so fast"と言っているようです。著者は(あの知る人ぞ知る)ダグラス・ホフスタッターです。


Artificial neural networks today are not conscious, according to Douglas Hofstadter

https://www.economist.com/by-invitation/2022/06/09/artificial-neural-networks-today-are-not-conscious-according-to-douglas-hofstadter


彼は現在もっとも高度なAIの一つであるGPT-3でさえも、人間では考えられないような愚かな答えを出す例を数多く示し、次のように述べます。


I would call GPT-3’s answers not just clueless but cluelessly clueless, meaning that GPT-3 has no idea that it has no idea about what it is saying. There are no concepts behind the GPT-3 scenes; rather, there’s just an unimaginably huge amount of absorbed text upon which it draws to produce answers.


AIはたしかに記号処理では人間以上の能力を示しますが、その記号は、人間のような身体を通じて獲得されたものではありません。人間の身体はマルチモーダルな入力系をもっていますし、進化で獲得した本能と文化から獲得した行動様式をもっています。これらをもたずに、記号をただ記号として入力されたAIの知性は、やはり人間の知性とは異なるものにならざるを得ないと言えるでしょう。


こうしてみると、SF映画に出てくるようなAIが登場するのはまだまだ先で、今の課題は、人間が、AIが得意なことと人間が得意なことを見極めて、いかにAIを活用するかを学習することのように思えます。


関連記事

AIを無視も敵対視もせず、いかにAIと協働できるかを考えるのが鍵

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/06/aiai.html


 

2022/06/06

AIを無視も敵対視もせず、いかにAIと協働できるかを考えるのが鍵

【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さん向けの文章をこのブログに転載しているものです。】


***


私の英語ライティング授業では、1,000語以上のアカデミックエッセイを要求するEWLBでのみAI(機械翻訳)の利用を認めていますが、いずれ機械翻訳だけでなくAIはどんどん私たちの暮らしの中に入ってゆくでしょう。


その点で、以下のTED動画を見ることはとても参考になるかと思います。


Why People and AI Make Good Business Partners | Shervin Khodabandeh

https://www.youtube.com/watch?v=1yQYySYN2io&list=UUAuUUnT6oDeKwE6v1NGQxug



現在、多くの企業もAIを導入して生産性を上げようとしていますが、そのうち成功しているのは10%程度だそうです。そしてそれらの企業に共通しているのは、人間とAIがどのように協力すれば生産性が上がるかをよく考えていることだそうです。


These 10 percent winners with AI have a secret. And their secret is not about fancy algorithms or sophisticated technology. It's something far more basic.

It's how they get their people and AI to work together.

Together, not against each other, not instead of each other. Together in a mutually beneficial relationship.

Unfortunately, when most people think about AI, they think about the most extreme cases. That AI is here only to replace us or overtake our intelligence and make us unnecessary.

But what I'm saying is that we don't seem to quite appreciate the huge opportunity that exists in the middle ground, where humans and AI come together to achieve outcomes that neither one could do alone on their own.


人間とAIの力をうまく組み合わせれば、人間だけでもAIだけでも達成できない成果を達成できます。そうなると、どのように人間とAIの共生関係を作り上げてゆくかというのが課題になります。


How do they achieve these symbiotic human-AI relationships?


しかし、この問いには一律の答えはありません。


the right relationship between human and AI in a company is not a one-size-fits-all.



AIとの協働作業に成功した企業は、自分たちの仕事ぶりをよく観察し、どのようにすれば人間とAIで難問を解決できるだろうかと、想像力を働かせました。


They look inside their organizations and re-imagine how the biggest challenges and opportunities of their company can be addressed by the combination of human and AI.


しかし、想像力を働かせ、新しいやり方を創造することはそれほど容易ではありません。昔からの固定観念を破壊しなければならないからです。



But collaboration's hard. It requires a new mindset and doing things differently than how we've always done it.

And the winning companies know this, too, which is why they don't just invest in technology,but so much more on human factors,on their people, on training and reskilling and reimagining how their people and AI work together in new ways.


これからもさまざまな組織がAIを導入するでしょう。しかしAIを導入するだけで成功するわけではありません。AIを使いこなすために、私たちの想像力と思考力が必要です。少なくとも現時点から予想できるかぎりは、AIがいくら進展しても、私たちの社会でもっとも大切なのは人間です。


追記

上のようなTED動画を見る場合は、YouTube ChannelからLanguage Reactorという拡張機能をつけたChromeブラウザーで見ることをお勧めします。英語の巻き戻し、英単語の訳語チェック、英語テクストとその日本語翻訳のダウンロードなどで、英語学習が飛躍的に快適になるからです。


国際高等教育院・英語教育部門ウェブサイト

英語学習相談FAQ:英語学習に便利な動画再生アプリ (Language Reactor)。

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/consultation_jp_FAQ#frame-603



2022/05/10

当たり前すぎることだけれど、意識的に異なる傾向の情報源をもっておくことは重要

 

最近のThe New York TimesのOpinionページを読みますと、妊娠中絶に関する最高裁の動きを警戒しアメリカの危機を憂いている記事が相次いでいます。私としては「アメリカはどうなってしまうのだろう」と不安になるほどでした。


一方、The Economist誌の記事は、やや抑制的でした。


The ideal way to avoid this would be for the legislature to rediscover the art of compromise, so that the court could act as the arbiter it was meant to be.


How to save the Supreme Court from itself

https://www.economist.com/leaders/2022/05/07/how-to-save-the-supreme-court-from-itself



それではThe Wall Street Journalはどう論じているだろうと、久しぶりに同紙を開くと論調はかなり異なるものでした。少なくとも同紙編集部は、最高裁の動きと推測されている方向性を支持しています。(The Wall Street Journalは、毎日新聞デジタルを購読すると自由に読めます。)



The main abortion lesson from Europe is that voters can be trusted with such an important issue.


The Editorial Board

Europe’s Abortion Lesson

https://www.wsj.com/articles/europe-abortion-law-roe-v-wade-supreme-court-european-union-leak-alito-dobbs-pro-life-choice-civil-womens-rights-11651757568



 The Supreme Court’s job is to say what the law is, not to be a body of philosopher kings to impose progressive outcomes. Overturning Roe won’t usurp democracy. It will put the abortion debate back where it belongs in a democracy?for voters to decide.


The Editorial Board

Who’s a Threat to Democracy?

https://www.wsj.com/articles/whos-a-threat-to-democracy-supreme-court-abortion-roe-v-wade-ruth-sent-us-11651875512



昔から言い古されている当たり前すぎることですが、同じ問題も異なる人・機関によって大きく解釈が異なります。摂取する食物に気をつけるように、私たちは日頃頼っている情報源に気をつけなければなりません。可能な限り、異なる傾向をもつ複数の情報源に接することが、現代の教養といえませんでしょうか。


特に近年は、SNSの隆盛で多くの人が、自分が好む傾向の情報ばかりに接する危険性が高まっています("echo chamber" "filter bubble")。さらには、SNSが使っているアルゴリズムにより、私たちは知らない間に誘導される可能性も無視できません。


Our collective attention is important. Whoever (or whatever) controls our attention controls, to a large degree, our future. The social media platforms that hold and shape our attention need to be governed in the public interest.


EZRA KLEIN

TikTok May Be More Dangerous Than It Looks

https://www.nytimes.com/2022/05/08/opinion/tiktok-twitter-china-bytedance.html



下は歴代のTED Talkの中でも評価の高いものの1つですが、私たちは、自分が1つのストーリーに熱狂していることに気がついたら、冷静かつ意図的に別のストーリーを求めるべきなのかもしれません。


Chimamanda Ngozi Adichie

The danger of a single story 






関連記事
【解説】 Chimamanda Ngozi Adichieの動画:The danger of a single story


AI (GPT-3とOtter) の性能を目の当たりにして、私たちの頭の固さについて改めて考えました。


少し前の4/15のThe New York Timesの記事(A.I. Is Mastering Language. Should We Trust What It Says?)では、人工知能 (AI) のGPT-3の性能に改めて驚かされました。


Steven Johnson

A.I. Is Mastering Language. Should We Trust What It Says?

https://www.nytimes.com/2022/04/15/magazine/ai-language.html


GPT-3に「ブライアン・イーノの音楽とイルカを比較しなさい」という、少し無理筋の課題を与えました。極めて単純化するなら、GPT-3は「次にどのような語・句・文が来るのか」という予測を、ビッグデータを機械学習した「知能」で行います。上の題は、現実世界ではあまりありえないような比較ですから、そのようなトピックにGPT-3がどのように文章を出力するかというのがポイントです。


GPT-3に入力した英文:

Write a paper comparing the music of Brian Eno to a dolphin.


その入力を受けて、GPT-3が出力したのが以下の英文です。


GPT-3が出力した英文:

Dolphins are aquatic mammals known for their intelligence, playful nature, and vocalizations that often sound like singing. Brian Eno is an English musician known for his ambient and experimental music. Both dolphins and Eno’s music often evoke feelings of joy and serenity.

Both dolphins and Eno’s music are often described as peaceful and calming. Dolphins use their vocalizations to communicate with each other, and Eno’s music is often described as being designed to create an ambience. Dolphins are often playful and interactive with humans, and Eno’s music is often played in public spaces to create a communal atmosphere.

Both dolphins and Eno’s music can be described as unique and innovative. Dolphins are one of the only animals known to produce echolocation, and Eno is known for his experimental approach to music. Both dolphins and Eno’s music often defy categorization, and can be difficult to define. ...


この記事の著者も言うように、アメリカの高校生でもこのトピックでこれだけのレベルの英文を書ける者はそれほど多くないでしょう。しかもGPT-3はこの英文を瞬時に出力したわけですから、私としてはことばを失う思いです。



AIは上のように先端的分野で進化を示しているだけではなく、多くの人に知られるようになった分野でも着実に進展しています。

たとえば音声認識です。私はたまたまあるツィートで知りましたが、Otterという英語音声の自動文字起こしアプリは、これまでの類似アプリよりもかなり性能を上げているようです。

Otterを使えば、英語講義を聞きながらスマホで文字起こし・録音し、家に帰ってそのクラウドデータを使って英語講義を文字テクストで復習し必要に応じて講義を聞き直すことができます。



英語学習相談FAQ:リスニング:どこでも英語音声を文字化したい 

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/consultation_jp_FAQ#frame-649



このようなアプリの使用にはもちろん講師の許可が必要ですが、こういった講義の参加方法が普及すれば、英語で行われる講義に関する動向が大きく変わるでしょう。

私の勤務校では多くの教養科目講義が英語で提供されていますが、残念ながらすべてのクラスが定員を満たしているという状況ではありません。英語で講義を聞き通すことをまだまだ難しく思っている学生が多いのもその大きな原因かと思います。



上は2つの例に過ぎませんが、近年これほどにテクノロジーが進展しながら、英語教育のあり方や学習者の英語力に大きな変化がなければ、それはどこかが決定的におかしいのではないかと思います。

ひょっとしたら、しばしば指摘されているように、テクノロジーの変化の速さが、人間・社会の適応速度を凌駕しはじめたのでしょうか。英語教育改善の障害は私たちの頭の固さなのでしょうか。

私としては、テクノロジーの進展をできるだけ活かしながら、しかしテクノロジー企業の食い物にならないように気をつけながら、英語教育の具体的な改善にこれからも努力してゆきたいと思っています。




IPA発音記号はワープロに単語登録してしまおう!

  IPA発音記号をワープロやエディタに表記させるのは案外面倒です。私はWordの記号の挿入を使っていましたが、いちいちIPA記号を探すのは手間がかかりすぎです。 もっとも 単純な解決法は、ワープロのIME (Input Method Editor)に単語登録してしまうこと かも...