「AIを活用して英語論文を作成する日本語話者にとっての課題とその対策」(『情報の科学と技術』2023年73巻6号 pp. 219-224) (https://doi.org/10.18919/jkg.73.6_219) は、おかげさまで1ヶ月間で約2万件のviewsを得ることができました。何名かの有名な理系研究者の方々がtweetしてくださったおかげです。皆様のご厚意に感謝します。
本日、ある理系大学でオンライン講演をさせていただく機会がありましたので、このレポートを解説いたしました。このレポートを書いたのはChatGPTが出て数カ月後の2023年3月でした。解説では、レポートに書ききれなかったことや、その後の発展も加えています。レポート自体には何の新しいことも書いていませんが、日本語話者がAIを使って英語論文を書く際の原則を整理した点で有用かもしれません。
もしご興味があれば下の解説動画をご覧ください(スライドはここからダウンロードできます)。いつものように予行演習をただ録画したものですので、出来はよろしくないことを予めお詫びしておきます。
以下は、オンライン講演でたっぷりとってもらった質疑応答の時間で私がメモをしたことを再構成したものです。=>は私の見解です。
■ 多くの院生が英語論文をDeepLなどで日本語訳して読む。
院生は大量の英語論文を読まねばならず、英語への苦手意識もあるので、論文をDeepLで日本語に翻訳して読むことが多い。しかし専門用語の誤りは多く、肝心な箇所の誤訳や訳抜けがあるので、DeepL翻訳では精読できないことはわかっている。
=> 私のような年配の人間は英語力をつけた後にAIに接してAIの有用性に感動している「非AIネイティブ」といった世代である。だが、これから増えてくる「AIネイティブ」世代は、生身で英語力をつける前からAIと共に英語を学習してゆくだろう。その世代に対して、非AIネイティブがどのような英語教育の道筋を示すかについては慎重に考えなければならない。
講演で何度も繰り返したが、私は英語ライティングにはAIを活用しても、リーディングについてはできるだけ使用を控えるべきだと考えている。リーディング力がないと、AIが書いた英文を判断・校閲・編集できないからである。
せめて大学院ゼミは、「重要な論文は必ず英語原文で精読すること」といった方針を徹底するべきではないか。英語がきちんと読めないまま論文から情報を得て、AIが生み出す英語に頼り切って英語論文を執筆することは、学問の信頼性の点でも危険であろう。英語を読む習慣を身につけるには長い時間がかかるので、若い時代にはできるだけ英語を直に読み、精読力をつけるべきだと私は考える。
■ 院生はまず日本語で原稿を書きそれをDeep Lで英語に翻訳することも多い。
院生はまず日本語で文章を書くことも多いが、そもそもの日本語の文章が怪しいならやはり話にならない。また英語にしやすい日本語で書かないと、DeepLの英語も読みにくいものになる。
=> 講演で言及することを忘れましたが、下のマニュアルは実用的な日本語を書くためには必読だと思います。マニュアルの例文が特許関係の文であるという点は少し使いにくいかもしれませんが、ポイントは明快です。ぜひご一読をお勧めします。
特許ライティングマニュアル
https://tech-jpn.jp/tokkyo-writing-manual/
■ 理系研究者にとってどのくらいの時間を英語学習に使うかは難しい判断。
理系研究者にとっては、英語学習よりも自分の研究を進める方がはるかに大切である。他方、英語の重要性も熟知している。その中で、どのくらいの時間を英語学習に費やすか迷うことが多い。
=> とりあえず英語で論文を書いて発表ができるまでの英語力をつけたら、後は自分の研究者としてのキャリアの方が道を示してくれるのではないでしょうか。研究が充実して国外の読者が増えれば、自然と英語の必要性が高まるはずです。まずは20代に必要最小限の執筆力と発表力をつけてから考えてもよいのではないでしょうか。
以下のインタビューではいろいろなエピソードが語られていますのでご参考になさってください。
京都大学自律的英語ユーザーへのインタビュー
https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/interviews_jp
■ AIは知的格差を拡大させるかもしれない。
ある程度の英語力と学ぶ意欲をもっている者はAIでどんどん英語力を上げるだろうが、他方で英語の学習や使用をAIに任せてしまい英語力がつかない者も増えるだろう。そういった意味ではAIは知的格差を広げるかもしれない。
=> その懸念を私も共有します。私はAI時代の英語教育で大切なのは次の3つだと思います。
意識改革 + 意欲喚起 + 環境整備
意識改革とは「自分でも英語ができるようになれる。しかも今まで思っていたよりもはるかに高いレベルで」と考え方を変えてもらうことです。
意欲喚起は、その意識改革に基づきさらに学習意欲を高めることです。そのためには学習の環境を教師が整備することが必要です。
意識改革・意欲喚起・環境整備のどれも学習者が主体的に行うことで、教師が外からコントロールできるものではありません(もちろん誘導はできますが)。
これまでの教師は、教育内容の提示と試験の採点という管理的な業務が中心でした。しかし、AIという学びの支援装置を得たこれからは、教師は、学習者のために意識改革・意欲喚起・環境整備の点で側方支援する存在になる必要があると個人的には考えています。
以上です。この講演会を支えてくださった事務局の方に厚く御礼申し上げます。
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