2022/12/02

機械翻訳についてのEcononmist誌の短い記事:翻訳者はAIを自身の一部とするという意味で「サイボーグ」となる。

  【この「時事」カテゴリーの記事は、学生さんへの課題リマインダーに掲載した文章をこのブログに転載しているものです。】


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The Economist (December 3, 2022) は機械翻訳に関する短い記事を掲載しました。


"The translator of the future is a human-machine hybrid."

https://www.economist.com/culture/2022/11/30/the-translator-of-the-future-is-a-human-machine-hybrid



その記事は以下のように締めくくられています。


Tales of artificial intelligence usually pit humans against encroaching machines, “Terminator”-style. But the translators of the future will be neither entirely human nor machine. They will be human beings with mechanical enhancements. Call them cyborgs.


人間の知性は、そもそも道具や媒体--典型的には言語--の利用をほぼ不可欠なものとしている点でサイボーグ的であるという議論は、哲学者のAndy Clarkが昔からしておりました(注)。

The Economistの記事は、例えば法律関係でしたら、定型的な契約書の翻訳はほとんど機械翻訳でなされるが、新たな法解釈の議論などの場合はほとんどすべてを人間が翻訳することになるだろうと報告しています。

この記事は、多くの人が実感していることを表明していると思います。機械翻訳は、ビッグデータに頻出する慣習的・典型的・定型的な表現をきわめて忠実に訳すが、珍しかったり創造的だったりする表現は苦手とするということです。

しかし、このことは逆に、専門知識はもっているが英語が母語でない者にとって、機械翻訳が非常に有用な道具となることを意味するのではないでしょうか。

非母語英語話者は母語話者に比べて英語に接する時間が圧倒的に少ないので、英語の慣習に忠実に書くことが苦手です。機械翻訳は、そんな非母語英語話者に自分が言いたいことについての慣習的・典型的・定型的な表現を教えてくれます。

そのように機械翻訳に助けてもらえば、専門知識をもっている非英語母語話者は、自分の専門知識の英語表現により力を注ぐことができます。そうすれば、これまでよりも多くの人に自分の専門的発見を届けることができるでしょう。

英語を苦手とする知的職業人が考えるべきことは、「機械翻訳が発展するから、英語の学習はいらない」ではない、と私は思っています。

そうではなく、「機械翻訳が発展するから、もっと自分の専門について英語でも読んでおこう。そうすれば、自分で機械翻訳出力を修正して、他の人にはできない自分なりの貢献ができるから」と考えた方が生産的ではないでしょうか。

さらに極端に表現するなら、「日常会話英語よりも、専門の英語を勉強を優先させよう」とすらなるのかもしれません。

英語母語話者なら誰でも知っている表現については、機械翻訳の助けを借りることができます。それよりも、英語母語話者も機械翻訳も対応できないような、高度で専門的な英語表現を学んでおくことの方が、後々有用になると私は考えます。

専門知識をもった者がその英語表現も学んでいれば、その人が機械翻訳を使いこなす「サイボーグ」となれます。そうなれば、どんなAIや英語母語話者にもできない独自の知的貢献を英語で行うことができるのではないでしょうか。

ですから私としては、大学生の皆さんは、専門の英語論文を正確に読めるリーディング力だけはつけておいてほしいと願っています。専門知識を英語で正確に理解できる力は、機械翻訳を使って英語論文を書く際には不可欠だからです。

もちろん、他の研究者と直接にコミュニケーションを取るためのリスニング・スピーキング力も必須です。しかし、これについてはまた別の機会にお話します。とりあえずは下の関連記事の本多先生のインタビューをお読みください。


関連記事

工学研究科(教授)本多充先生

「研究者同士が英語で語る際に、スマホを経由して話すわけにはいきません」

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/interviews/transcripts2022_jp#frame-689


追記

上の本多先生のインタビューは「京都大学自律的英語ユーザーインタビュー」の一つですが、このインタビュープロジェクトではさまざまな声を集めています。

上の記事では述べませんでしたが、専門文献がほぼ英語でしか存在しない分野の研究者は、当然のことながらその分野について日本語で考えることが困難です。ですから、論文は初めから最後まで英語で書くことになります。


理学研究科・院生(博士課程)村山陽奈子さん

「言語能力だけがコミュニケーション能力ではありません」

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/interviews/transcripts_jp#frame-250


工学研究科・院生(修士課程)飛田美和さん

「英語はゴールではなくツール」

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/interviews/transcripts_jp#frame-440


他方、重要な英語論文以外の情報収集用論文読解には機械翻訳を使うという実践は、こちらで語られています。

経済学研究科(教授)黒澤隆文先生

「社会変化を踏まえ、自分のスキルへ投資する」

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/interviews/transcripts_jp#frame-578


この他にも多くの英語学習・使用についての知恵が公開されていますので、ぜひ「京都大学自律的英語ユーザーインタビュー」をご参照ください。


京都大学自律的英語ユーザーへのインタビュー

https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/interviews_jp



(注)

私もアンディ・クラークの考えを引用しながら6月に「機械翻訳が問い直す知性・言語・言語教育 ―サイボーグ・言語ゲーム・複言語主義―」という講演をある学会で行いました。


LET関東支部研究大会講演スライド公開 「機械翻訳が問い直す知性・言語・言語教育 ―サイボーグ・言語ゲーム・複言語主義―」

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/06/let.html


先日、この講演に基づく論文を同学会支部紀要に投稿したところです。機械翻訳の可能性を示す論文ですから、その主張を実践すべく英語翻訳版も投稿しました。紀要編集部のご理解に感謝します。


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