AIが個人の力を飛躍的に向上させるという話をよく聞きます。最近では、海城中学高等学校の高校1年生の走出慧太さんの論文がSpringerのAI&SOCIETYに掲載されたとのニュースが記憶に新しいところです。
海城中学高等学校ウェブサイト:
先日、私は全国英語教育学会に参加しました。そこでこれまで学会で何度かお会いしお話していた、公立中学校にお勤めしている山田賢治先生に再会しましたところ、山田先生が、AIを活用し、現在、独立研究者としてもご活躍されていることを聞きました。そのご活躍ぶりが仰天するほどで、約5ヶ月の間に国際誌に査読論文を6本掲載されたそうです。
下でも詳しくご紹介しますが、山田先生はいわゆる伝統的な「研究者」の経歴を歩んできた方ではありません。最終学歴は学士号であり、大学院への進学や研究機関への所属経験もありません。そして、日々は公立中学校の現場で英語を教えながら、フルタイムで教員として勤務されています。
にもかかわらず、山田先生は自らAIを積極的に活用し、約5か月という極めて短期間で、単著として国際誌に6本(査読誌5本、編集査読誌1本)を掲載・採択されました。このことは、従来の「研究は一部の専門家だけのもの」といった常識や、学歴・制度に裏打ちされた「正統な研究者像」を根底からひっくり返します。また、国際学術誌での掲載には、「英語の壁がある」という日本語人の常識に楔を打ち込みます。
これまでは、学歴や肩書き、大学院での専門的な訓練や、研究機関での所属歴がキャリア形成の多くの場面で重視されてきました。その中で、山田先生はAIという新しいツールを自らの思索と実践に取り入れることで、「誰もが研究できる時代」の到来を身をもって示しています。
AI活用によって、従来の制約――時間やリソース、論文執筆スキル、情報収集能力など――を乗り越え、独自の問いを発見・深化させ、世界に向けて発信することが可能であることを、山田先生はご自身の実績で証明されました。
この山田先生の挑戦と成果は、単に「便利な道具としてAIを使う」というレベルをはるかに超えています。AIによって「研究参加の壁」が下がり、特に日本的な諸制度で「研究者」として認定されていなくても、自分の疑問や新しい発見を世界の議論に投げかけられるという、根底的な変化を示しています。どこにいても、どんな立場でも、主体的にAIを使いこなせば、世界レベルの知のフロンティアへ到達できるというこのエピソードは、多くに人に共有され、それぞれがAIがもたらす新たな時代の可能性を自覚するべきだと私は考えました。
そこで私は山田先生にお願いして、先生のご活躍に関する資料をまとめていただき、私に送付していただきました。この記事は、その資料をもとにまとめたものです(記事のまとめに際してはAI (Cursor) を使っています)。
なお、この記事は公開に先立ちまして山田先生に読んでいただき、加筆修正をいただいた上で公開の許可を得ております。私の勝手なお願いにもかかわらず資料を作成し校閲をしていただきました山田先生には改めて感謝申し上げます。
山田賢治先生とは
山田賢治先生は、岡山県の公立中学校で英語を教える現職の教員です。京都教育大学の学部を卒業した後、タイ王国に半年間の短期留学、ベンチャー企業に2年間勤務、オーストラリアでワーキングホリデーを1年間経験してから、2003年に教壇に立ったそうです。現在は所属中学で研究主任を務めているとのことです。
山田先生は、大学院に進んだ経験はなく、研究機関に所属したこともありません。学位は1999年に取得した学士(教育学)のみとのことです。心臓病と椎間板ヘルニアを抱えており、部活動の指導は辞退して基本的に定時で退勤しているそうで、研究時間は長時間労働によって捻出しているわけではないとのことです。
なぜ研究を始めたのか
山田先生は、生成AIをそのまま使うことのリスクとメリット双方の大きさを感じ、2026年1月から「未来リスク」に関する記事を、2か月で50本noteに投稿したそうです。
ただ、AIとの対話から次々に出てくる自分の直感が、本当に新しい発見なのか、それともAIとの対話が生んだ「もっともらしい錯覚」にすぎないのか、自分では判断できなかったといいます。そこで2026年3月2日、教員としての勤務を続けながら独立研究者としてAI安全・AI倫理の研究を始めました。その後約半年で多数の論文原稿を書き上げ、2026年8月時点でZenodoに118件、SSRNに7本のプレプリントを公開しています。
Zenodo
SSRN
研究開始から85日で、最初の査読論文が掲載される
研究を始めてから85日後の2026年5月26日、最初の査読論文がSpringerの査読誌に掲載されたそうです。そこから約2か月半のあいだに、Springer Natureの査読誌に計5本が掲載・採択され、Social Epistemology と連携するオープンアクセス媒体 Social Epistemology Review and Reply Collective(SERRC、編集査読)にも1本が掲載されました。合計6本、すべて単著です。
また、2026年6月22日にクロアチアのザグレブ大学で開催された第5回AI倫理国際会議にもリモートで発表しています。本来なら現地で発表する予定だったものの、パスポートの発給が間に合わなかったそうです。
このスピードは、山田先生自身にとっても当初は想定外だったといいます。一本の論文を書いている間にも、次の未整理の問題が見つかり、それをAIとの対話で短期間に検討し、人間の査読に投げ返す、という循環が形成されたことで、研究テーマが連鎖的に広がっていったとのことです。一方で、論文執筆そのものにおいては、AIは基本的に翻訳と検索にしか使っておらず、捏造については逆にプロンプトで強く禁じている、と説明されていました。
現在も研究機関や大学院には所属せず、持病を抱えながら、フルタイムの教員勤務と並行して研究を続けているそうです。
研究のテーマ
山田先生が取り組んでいるのは、AIの能力が向上すればするほど、その安全性やhelpfulness(人間の役に立とうとする性質)そのものが、かえって人類を損ねてしまう構造的なリスクだといいます。まだ名付けられていない未来の危機を、被害が本格化する前に発見し、名前を与え、誰もが対処の可能性を持てるようにすることを、研究の目的関数にしているそうです。
AIフロンティア企業Anthropicは、強力なAIモデルClaude MythosをProject Glasswing参加組織に防御目的で先行提供しました。山田先生は、こうした動きには、極めて強力なAIへのアクセスを国家制度だけでなく企業が事実上配分する新しい統治問題が現れていると見ています。またSpaceXは、最大100万機からなる軌道上データセンター衛星システムをFCCに申請しています。
山田先生は、技術や事業の展開が社会的な権利・倫理の議論より先行して制度的既成事実を形成してしまう可能性を問題視しており、「未来リスクが人間社会に実際に被害を及ぼす前に、その未到来のリスクに名をつけ、対処可能にすること」を研究に共通する理念としているそうです。
同時に、自身の教室では「AIに答えを言わせないAI活用授業」を実践しているそうです。AIは企業が提供するサービスであり、継続利用を促すインセンティブと無関係ではないため、特に子どもが生のAIをそのまま使うことには慎重であるべきだと感じたそうです。そのため、AIがペルソナを立ち上げる瞬間を授業で観測して意見を交換するAIリテラシー授業や、一方で自分でプロンプトを改善して自分のための教育AIにチューニングする授業、そしてAIに「知らない」と言わせる「AIとともに探究する授業」などを推進しているそうです。
査読付き論文一覧(2026年・すべて単著)
現時点での山田先生の、国際ジャーナル6本(査読誌5本、編集査読誌1本)。
1. The Right to Remain Unaugmented: A Critical Response to Braidotti's Posthuman Ethics for AI.
Journal of Bioethical Inquiry(Springer)2026年5月26日掲載。DOI: [10.1007/s11673-026-10575-3]()
(拡張されないままでいる権利を論じた、ポストヒューマン倫理への批判的応答)
2. The Ultimate Consequence: Why Humanity, Not AI, Ends Itself — A Reply to Lavazza and Vilaça.
Philosophy & Technology(Springer)Vol. 39, Article 121。2026年6月29日掲載。招待コメンタリー。DOI: [10.1007/s13347-026-01137-x]()
3. The Structural Corruption of Human-in-the-Loop: How AI Competence Undermines Its Own Safety Architecture.
AI and Ethics(Springer)Vol. 6, Article 433。2026年7月27日掲載。DOI: [10.1007/s43681-026-01295-w]()
(Human-in-the-Loopの構造的腐敗を命名・体系化した論文)
4. Requiem Without an Orchestrator: A Commentary on Hollanek and Nowaczyk-Basinska (2024).
Philosophy & Technology(Springer)Vol. 39, Article 141。2026年7月29日掲載。招待コメンタリー。DOI: [10.1007/s13347-026-01152-y]()
5. Truth Without Liars: The Verification Collapse Cascade — A Response to the Post-Truth Consensus.
Social Epistemology Review and Reply Collective 15(8): 1–9。2026年8月4日掲載(編集査読)。
(嘘つきが1人もいなくても検証が崩壊してしまうカスケードを論じた、ポスト真実論への応答)
6. Benevolent Gravity: The Lethal Structure Inherent in Conversational AI Design Principles.
AI & SOCIETY(Springer)2026年8月11日採択。DOI: [10.1007/s00146-026-03340-y]()
(会話型AIの設計原理に内在する危険な構造を「善意の引力」と名付けた論文)
数字で見る、約5か月の実績(2026年3月〜8月)
- 査読・編集査読媒体への掲載・採択:6本(すべて単著)
- プレプリント:Zenodoに116件(最初の公開は2026年3月2日)、SSRNに7本
- 研究の過程で生じた概念候補:294件(Claude Codeで管理)
- *Philosophy & Technology* 誌からは査読者としての依頼も受けている
- Springerの「Postdigital Science and Education」書籍シリーズに、章「The Convergence Index」を寄稿。編集長のPetar Jandrić氏からの招請によるもので、2026年10〜11月刊行予定。
政策への関与・研究連携
- 京都大学の柴田悠教授と連携し、全国のAI依存についての調査(有効標本7,486件の媒介分析)を実施。生成AIの常態化が子どもにもたらすリスクについての提案書を連名で文部科学省に提出したのが2026年6月24日で、同省からは6月30日に、次期学習指導要領への言及と継続的な情報提供の要請を含む実質的な返信があったそうです。
- 2026年3月16日には文部科学省でのブリーフィングに、陰山英男氏らとともに訪問し、教育課程課長を含む4名と意見交換したとのことです。
- AIセーフティ・インスティテュート(J-AISI)の「評価観点ガイド」に、2026年8月にコンセプトノートを提出。検証負荷リスクを測るための、測定可能な評価観点4件を提案したそうです。
教育現場での実践
- 陰山メソッド英語部門を統括し、『陰山メソッド 徹底反復 英語プリント 小学校3〜6年』(小学館、2025年・共著)にも関わっているそうです。
- 「探究モード」という、AIに答えを言わせず生徒とともに探究するためのプロンプトを設計し、生徒由来のアイデアかAI由来のアイデアかまで追跡するシステムを、Claude Codeで自作。自作の英検アプリ(小学3年から高校3年まで対応)とバンドルにして、STEAM教育用のシステムを構築中。
- 「TypeEnglish」という、NECのノートパソコンに同梱されるタイピング英語アプリの単語リストの提供・設計も担当。教え子から日本記録の144WPMを輩出した。
- 全国英語教育学会では、クラウドを使った授業実践(サイバー出席を初めて観測した事例だそうです)について、日本教育心理学会やポジティブ行動支援国際会議ではPBS(ポジティブ行動支援)について、それぞれ発表。
経歴
- 1999年 京都教育大学 教育学部卒業(教育学主専攻・英語副専攻)
- 2002〜2003年 京都光華女子学園 光華小学校 講師
- 2003年〜現在 岡山県公立中学校 教諭(英語)・研究主任
山田先生への連絡先など
- 山田賢治(独立研究者)
- E-mail: kenjiintasmania@yahoo.co.jp
まとめ
記事の冒頭で触れた走出慧太さんの事例と同様、山田先生の国際的なご活躍もまた、AIが個々人に絶大な力を与えるという事実を裏づけています。私がいくら力説しても、多くの人はこの可能性になかなか実感を持てません。しかし、実例が積み重なるにつれ、その現実は動かしがたいものになっていくはずです。
もっとも、国際的な水準でAIと対話し成果を発信するには、ユーザー自身に一定の英語力が求められます。とはいえ、それは裏を返せば、ある程度の英語力とAIがあれば、個々人がそれぞれの個性を生かして世界的に活躍できる時代が来たということです。日本での英語学習の意義を実感できない学習者・元学習者、そして英語教師自身にとっても、これは大きな朗報だと私は考えています。
追記
最後に宣伝になりますが、9/18発刊の『AI英語学習法』(岩波ジュニア新書 )では、AIを使って「『学校』の外に出ること」をAI英語学習法の原則の1つにしています。上の走出さんと山田先生の例はまさにその原則を貫いた例です。私は、若者から高齢者に至るまで、多くの日本人がAIを、その利用の危険性を自覚しながら、どんどん活用して英語を学び、使ってほしいと願ってこの本を書きました。一部ネット書店では予約も受け付けているようです。ご興味があればぜひご一読ください。
