この記事は前の記事の続きで、Lisa
Feldman Barrett(ホームページ、ツイッター)のHow Emotions Are Madeの第五章「概念、ゴール、ことば」
(Concepts, Goals, and Words) を私の関心にしたがってまとめたものです。
著者によりますと、この本の翻訳が紀伊國屋書店から発行される予定だそうですが、私としてはこの本を非常に面白く読みましたので、いつものように「お勉強ノート」をつくっている次第です。
A Japanese translation of "How Emotions are Made" is in progress, to be published by Kinokuniya Company.— Lisa Feldman Barrett (@LFeldmanBarrett) August 26, 2019
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概念 (concept)
概念とは、人が感知するあらゆる感覚信号 (sensory signals) を意味ある (meaningful) ものにして、それが何に由来し何を指し自分はどのように対応するかの説明を与える (an explanation for where they came from, what they refer to in the
world, and how to act on them. p. 86)ために脳が作り出すものである。概念なしには世界は常に変動するノイズになり、何がなんだかわからない状況になるだろう。
つまり概念とは、古典的(辞書的)概念観が示唆するように脳内の固定的な定義 (fixed definitions) ではなく、もっとも典型的なあるいはよくある事例であるプロトタイプでもない。概念とは、今自分がいる状況におけるゴール (goal) にしたがうならば似たものとしてまとめられると脳が判断した多くの事例 (instances)
である。(pp. 89-90)
概念はゴールに基づいている非常に柔軟に状況に適応するものである。「概念は静的ではなく、非常に可塑的で文脈依存的である。なぜならゴールは状況に適応するために変わりうるからである」 (Concepts are not static but remarkably malleable and
context-dependent, because your goals can change to fit the situation. p. 91)。
Glossary:Glossaryは、 “concept” を単に「ある目的のために似たようなものとして取り扱われる事例の集まり」と説明しています。
Categoryとの違い:従来はconceptは人が作り出すもので、categoryは世界に備わっているものとされていたが、著者は前者を人の知識、後者をその知識でもって語る事例と区別している。(p. 87)
ゴール (goal)
たとえば「怒り」という情動概念
(emotion concept) は、すべての状況で一つの同じゴールを有しているわけでもない。「怒り」のゴールあるいは目的にはさまざまなものがあるだろう。 (p. 101)
補足:これは、「怒りのゴール」も概念であり、多くの事例から構成されていると考えれば理解しやすいだろう。
他人の心を利用して学習する
概念を学ぶ際に、人間は単細胞生物でも行う統計学習 (statistical learning) だけでなく、自分の周りにいる人々の心
(minds) に存在している情報を利用して学ぶ。 (p. 96)
補足:別のことばを使えば、人間は個人学習としての統計学習を行うだけではなく、社会的学習・文化的学習を行うということであろう。ヘンリックは、この文化的学習が人間を他の動物とは異なるものにしたと考えている。
関連記事
ジョセフ・ヘンリック著、今西康子訳 (2019) 『文化がヒトを進化させた』白楊社、
Joseph Henrich (2016) The secret of our
success. New Jersey: Princeton University Press
ことば (words)
語り (speech)
は、他人の心にある情報にアクセスするための方法の一つである。(p. 97) 概念の諸事例はしばしば外見を大きく異にしているが、ことばが使われることによって、幼児は周りの大人の心の中にある、概念に基づく心的な類似性 (mental similarities) に注意を向けることができる。ことばは、あたかも子どもに「これらの外見は異なるけれど、心の中ではあるものに対応しているんだよ」と語りかけているようだ。もちろんこの「あるもの」とはゴールに基づく概念 (goal-based concept) である。ことばは幼児にゴールに基づく概念を形成することを促し、さまざまな物事を等価物として表象することを可能にする (Words encourage infants to form goal-based concepts by inspring
them to represent things as equivalent. p. 98)
子どもに向けて語られることば
ことばは、子どもが物理的な本質条件も有せず多様である概念を学ぶ際の鍵となるものであるが、ことばそのものにそのような力があるのではない。そのような力をもつのは、子どもの身体変容性ニッチ (affective nich) に向けて周りの大人が語りかけることばである。
身体変容性ニッチ:わかりやすくなら「人の心身に訴えてくるもの」「興味関心をひくもの」ぐらいであろう。詳しくは前の記事を参照。
関連記事
Lisa Feldman Barrett (2018) How
Emotions Are Made: The Secret Life of the Brain (London: Pan Books) の四章までのまとめ
補足:この論点は、いわゆる「英語のシャワー論」(=周りで英語の音声を流しておけば、いつのまにか英語が習得できる)への反論となっている。聞いている者の心身が自ずと注意を払うような事柄について語られたことばこそが、そのことばの概念および語形の習得に役立つわけである。
英語のシャワー論まではいかないものの、単語学習については未だに「何度も繰り返して単語帳を暗記すれば単語は覚えられるし、ひいては使えるようになるはずだ」といった信念を多くの英語教師が抱いていることについては辟易する。彼・彼女らは自分自身が英語を使わない・使えないからそのような信念を抱いているのだろうか。それとも丸暗記学習は学習者の管理のために非常に便利だからそのような信念を抱いているのだろうか。いずれにせよ、情動レベル・身体で感じるレベルで学習者の興味関心を引くことの重要性は強調してもしすぎることはない。
社会的実在性 (social reality)
ことばによって形成された概念は社会的実在性を有するといえる。複数の人間が、心的なものが実在する
(something purely mental is real) ことに同意することが人間の文化と文明の基礎をなしている。 (p. 99)
一人の心を作り出すには複数の脳が必要
遺伝子が可能にしているのは、脳が物理的・社会的環境に応じて自分を書き換える (wire itself) ことにすぎない。周りの人々、あるいは文化こそが、概念に充ちた環境を維持し、それらの概念をあなたに伝えることによってあなたがこの環境で生きることができるようにしているのだ。後にあなたも次の世代の脳にあなたの概念を伝えることになる。一人の心を作り出すには複数の脳が必要なのだ (It takes more than one yhuman brain to create a human mind. p.
111)
情動も概念によって作り出される
情動は、人がもっている情動概念を使って、自分の身体も含む世界に由来する物理的な信号 (physical signals) を元にして作り上げた (construct) 情動的な意味
(emotional meanings) を反映している。この情動概念の多くは、その人のことを気にして語りかけ、社会的世界 (your social world) を形成することの手助けをしてくれた人々の脳内にある集合的知識 (collective knowledge) から獲得したものである。 (p.
104)
補足:蛇足だが、ここで情動概念(および概念一般)は、心理的なものであると同時に社会的であり、個人的でありながら集合的でもあり、生物的・生理的であると共に認知的でもあることが示されているといえよう。
ことばなしでも概念は学べる
ことばがあった方が概念の学習が容易になるのは当たり前だが、人は既知の概念を組み合わせること
(概念結合 conceptual combination) により概念を学ぶことはできる。例えば多くのアメリカ人はドイツ語の Schadenfreude という語・概念を知らないが、それが示す経験を認識することはできる。
(pp. 104-105)
補足:外国語の概念を学ぶ際には、最初は母国語の概念をそのまま適用させたり組み合わせるだろうが、最終的にはその学習者の興味関心に即したコミュニケーションに参加することでその概念を習得すると言えよう。その習得した概念が「母国語話者の概念とまったく同じかどうか」といった論考に意味がないのは、概念が状況ごとのゴールに基づき、親族的類似性でもってまとめられることを思い起こせば理解できるだろう。もちろん両者にある程度の類似性が必要なことはいうまでもない。
概念の学習と使用は個人において全身的で全生涯的であるだけでなく、個人を超えて社会-歴史的でもある
概念を学ぶ時、とりわけ情動概念を学ぶ時は、出来事を五感および内受容 (interoception) の感覚すべてを統合する。その概念を用いる時にも脳はそれらすべての感覚を考慮に入れる。 (p. 108)
補注:以上の意味で概念の学習と使用は全身的である。また、五感および内受容にはその人がそれまでの生涯で経験した記憶が伴うわけであるから、その意味で概念の学習・使用は全生涯的である。このように概念学習・使用は全身的・全生涯的に個人に関わっているが、周りの人々のそれまでの知識と経験が関与しているので社会-歴史的でもある。
他人に情動を認めるということ
あなたは他人の顔に情動を見つけたり認識したり (detect or recognize) しているのではない。自分自身の身体の生理学的パターンを認識しているのでもない。あなたが行っているのは確率と経験に基づいてこれらの感覚の意味を予測し説明しているのである。 (You are predicting and explaining the meaning of those sensations
based on probability and experience. pp. 108-109)
補足:ここからやや強引に一般化するなら、「認知とは自らの経験に基づいて、すべての感覚が意味することを予測し説明すること」となるだろう。
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Lisa
Feldman Barrett (2018) How Emotions Are Made: The Secret Life of the Brain
(London: Pan Books) の四章までのまとめ