2019/08/18

ブライアン・ボイド著、小沢茂訳 (2018) 『ストーリーの起源―進化、認知、フィクション』白楊社





以下も「お勉強ノート」です。ブライアン・ボイド著、小沢茂訳 (2018) ストーリー起源進化、認知、フィクション』白楊社を読んだ上で、気になった箇所を原著(Brian Boyd (2010) On the origin of stories: Evolution, Cognition, and Fiction. Cambridge, Massachusetts: Belknap Press.)でも読み、その上で私にとって重要と思えた論点を適当に並び替えたものです。忠実な翻訳ではなく、まとめにすぎませんし、そこで使われている日本語も翻訳書とは異なるものも多いので、内容に興味をもたれた方は翻訳書(と原著)を読むことをお薦めします。


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1 アート

1.1 アートの特徴:アート (art) とは、認知的な遊び (cognitive play)の一種である。私たちは、多くの推論を可能にするパターン化された情報 (inferentially rich and therefore patterned information) を好むが、アートは、その傾向に基づいて人間の注意 (attention)を引きつける (engage) ようにデザインされた活動である。 p. 85, 84

1.1.1 パターン認識は生き残るために重要:世界はパターンに満ちあふれており、その中で生き残るためにはパターン認識 (pattern recognition) が重要となる。したがって単細胞生物でもパターン認識を行うし、ましてや霊長類やカラスといった知的な動物は、規則的、対称的、リズミカル (regular, symmetrical, or rhythmic)なパターンを好む。pp. 87-88, 85

1.1.1.1 音楽の源泉にはパターン認識がある:生物は聞こえてくるさまざまな音から懸命にパターンを探そうとする。この心理的本能 (psychological instinct) が音楽の源泉 (the source of music) となっている。p. 90, 87

1.1.1.2 ストーリーには様々なレベルのパターンがある:ストーリーにおけるもっとも顕著なパターンは行為主体と行為、登場人物と筋書、意図と成果 (agents and actions, character and plot, intentions and outcomes) にかかわるものであり、局所的に表れるのは言語的パターンである。そのほかにも場面やイメージの対比などのパターンもある。 これらは渾然一体となっている。p. 91, 88

1.1.2 アートという遊びが感受性を高める:より頻繁により熱中して (exuberantly) に遊べば遊ぶほど、感受性は鋭敏になる (sharpen sensitivities)p. 92, 89

1.2 アートの主要な機能:第一に、アートは柔軟な知性 (a flexible mind) を刺激しそれを訓練する。第二に、アートは創造性 (creativity) を生み出す社会的であり個人的でもあるシステム (a social and individual system) となり、今ここ (the here and now) にも、直近の所与 (the immediate and given) にも拘束されない選択肢 (options) を生み出す。他のすべての機能も究極的にはこの機能に行き着く。p. 86-87, 84

1.2.1 アートは開かれており非ゼロサムである:遊びとアートは開かれて (open-ended) おり非ゼロサム (non-zero-sum) であるという点で、チェスやクロスワードといったゲームとは異なる。p. 87, 84


2 ストーリー

2.1 協力を誘発する文化としてのストーリー:ストーリーはゴシップであれフィクションであれ、規範 (norms) を強め、心に残る共通の協力モデル (memorable and shared models of cooperation) を提供してくれる。ストーリーを共有する者は、お互いが共通の基準 (shared standards) を知っていることを確証できる。p. 64, 66-67

2.1.1 特にフィクションは道徳観 (a moral sense) を発達させる:ストーリーは、主要登場人物の行動も心中も十分に記述されたときにもっとも生き生きした (alive) ものになる。この点、フィクションは現実世界では不可能な記述を可能にする。その結果、読者はさまざまな登場人物の立場から物事を見て、共感的な想像力 (sympathetic imagination) が発達することとなる。 p. 197, 182

2.1.2 フィクションはまた創造性も豊かにする:フィクションは「今ここ」を超えて、他の可能性 (alternatives) を考えることを促す。これが新たなモデル形成 (modeling) の基礎となる。p. 197, 182頁 また、フィクションによって無限に大きな可能性に、具体的で特定の形が与えられる。 p. 198, 183

2.2 ストーリーは人間の直観的存在論に基づく:人間は蛇を枝と誤認するよりもはるかに頻繁に枝を蛇と誤認する。つまり、私たちは過剰に行為主体性 (agency) を見出してしまう (We humans overdetect agency)。そのような直観的存在論 (intuitive ontologies)をもつ人間は、ストーリーという形式で物事を解釈しやすい。 p. 137, 129

2.3 適切にストーリーを語れることが社会的にも個人的にも利益となる:ストーリーを語ること (narrative) は、人が現状を振り返り決断する際のの導きとなる (guide our reflections and decisions) 。無文字社会においても現代社会においても、的確に過去の出来事を思い出し、それを人々に伝わるような形で語ることができる人は、意思決定に大きな影響力を与える。 p. 169, 156-157

2.4 ストーリーの意味:偉大なストーリーの作者は、作者が意図している反応を読者が行うようにストーリーを作るが、それと同時に、作者が完全にはコントロールできない反応を読者がするかもしれないことを承知している。p. 370, 335頁 偉大なストーリーを一つの教訓 (single moral) に還元することはできない。 p. 371, 336頁 ストーリーの中で何度も語られる「メッセージ」 (message) からですら、読者は著者にとってではなく自分にとってもっとも大切なことを引き出したりする。 p. 372, 337 偉大なストーリーは、その中核 (central core) から数多の意味 (myriad meanings) を放射する。 p. 379, 343


3 ダーウィン・マシン

3.1 生成―試練―再生成:ダーウィン・マシン (Darwin machines) とは、進化の中の、「盲目的な変異と選択的保持」という補助プロセス (subsidiary processes of “blind variation and selective retention”) 、つまり「生成―試練―再生成」という下位サイクル (subcycles of “generate-test-regenerate”) を指す用語である。ダーウィン・マシンは、唯一の正解がない状況で、複数の可能性を生成し、環境という試練に会う。
中で死に絶えなかったものが再生成するというサイクルを繰り返す。そのサイクルにより予めの計画なしにうまくゆくものを残してゆく。 p. 120, 114

3.1.1 補注:この箇所をまとめる中で、私はやはり進化論のことがきちんとわかっていないことを痛感しました。この箇所のまとめは、翻訳書と違っているところもありますので、読者の方は注意してお読みください。

3.2 第一次ダーウィン・マシン第一次ダーウィン・マシン[ただし原著ではthe first-order Darwinian systemとなっている]は、生命進化 (the evolution of life) そのものである。生命は、新たな遺伝子の組み合わせを生成し、それがうまくいくかという試練を環境の中で受け、その中で死に絶えなかった遺伝子の組み合わせを再生成する。その再生成は、新たな有性生殖による新たな遺伝子の組み合わせをもったものである。その遺伝子がまた環境の中で試練を受け・・・というサイクルを繰り返し、進化が生じる。また、このサイクルの中で環境も変わりうることを忘れてはならない。pp. 351-352, 318

3.3 第二次ダーウィン・マシン第二次ダーウィン・マシン (second-order Darwin machines) は、第一次ダーウィン・マシンの「生成―試練―再生成」原則を装備している生体内のシステム (systems within living organisms) である。その一つの例は人間の免疫システム (the human immune system) であり、これはどんな抗原が生体に侵入するか予測できない状況下で可能な抗体を数多く生成する。その抗体の中で実際に抗原と遭遇したものは自らを再生成して、その抗原が再び侵入した場合に備える。第二次ダーウィン・マシンのもう一つの例は人間の脳である。人間はどのような環境に遭遇するか予測できないので、幼児の脳は必要以上のニューロン接続 (neural connection) を生成する。実生活という試練の中で有用であることが判明した接続は強化(再生成)され、使われなかったものは削除される。p. 352, 318

3.4 第三次ダーウィン・マシン第三次ダーウィン・マシン(third-order Darwin machines) の例の一つは、私たちの観念とその具現化 (our ideas and their concrete manifestations) である。たぐいまれなる創造性は、特定の問題に対して長期間にわたって何度も「生成―試練―再生成」のサイクルを適用して初めて生まれる。創造的な知性がなしうることは、未だ定かではないゴールに向かって盲目的に動こうとすることにすぎない。もしその中の何らかの動きがうまくいくようだったら、その幸運な動きからさらに新たな盲目的な動きを試みるだけである。pp. 352-353, 319

3.4.1 補注:著者の文化進化の議論は、天才的な個人に関してのものだが、この議論は共同体レベルにも適用できる(ヘンリック『文化がヒトを進化させた』白楊社)。ちなみに、著者も「生物文化的な」 (biocultural) と「進化論的な」 (evolutionary) ということばをほぼ同義として使い、「自然か文化か?」 (nature versus culture) という相互排他的二項対立を避ける。人間について研究する際は、生物学と文化の両方を視野に入れたアプローチが必要である p. 25, 33

3.5 目的:目的 (purpose) は、予め生じているのではなく、可能性が具現化するにつれ生じる (Purposes arise not in advance, but as possibilities materialize) p. 402, 366頁。目的は進化する。ダーウィン的なプロセスは目的の幅を拡張する (Purposes evolve, and Darwinian processes extend them). 知性も協力も創造性もすべて地球上の生命進化の過程で創出された目的である (Intelligence, cooperation, and creativity are all purposes that have emerged in the course of life on earth.)  p. 403, 367頁。


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付記(2019/08/19)
以上の「お勉強ノート」を踏まえて、私なりにストーリーについてまとめたのが以下です。

ストーリーの定義:ストーリーとは、ある状況 (setting) で複数の登場人物 (characters) が行為主体 (agent) としてどのような意図 (intention/goal) をもってどのような行為 (action) を行いどのような成果・結末 (outcome) に至ったかを筋書 (plot) という流れで描く様式である。 
ストーリーの種類:ストーリーを大別すれば実話 (non-fiction) と作り話 (fiction) の二つに分けられ、前者の例としてはゴシップや歴史書、後者の例としては詩や小説などがあげられる。 
ストーリーの社会的機能:ストーリーは、多くの人に規範 (norm) や協力の仕方 (model of cooperation) を共有させることができる。特に、ゴシップは直近の共同体における社会的情報を伝えることに長ける。作り話は、実生活では不可能な多元的記述により読者に共感的かつ包括的な想像力を育み、反実仮想を語ることにより創造性 (creativity) を培うことに長ける。さらに、状況に応じて的確なストーリーをうまく語る (narrate) できる者は、集団的意思決定において有利になる。 
ストーリーの利点:人間は事態を、行為主体が行為した (agent-action) という形式で把握する傾向が強いので、ストーリーという様式は(例えば科学的命題といった他の様式と比べて)人間の印象に残りやすい。 
ストーリーの意味:ストーリーには中心的な意味(メッセージ)と、そこから派生することが可能なさまざな周縁的な意味(含意)をもつ。後者の含意が読者一人ひとりの経験と想像力の違いによって多様な形態で引き出されるのはもちろんのこと、前者のメッセージですらも読者がそれぞれが生きる上でもっともかなった形で解釈される。 
アートとしてのストーリー:ストーリーはこみいったものになればなるほどアート (art) という遊び (play) の要素が強くなる。アートとしてのストーリーには内容面でも表現面でも様々なパターンが織り込まれ、そのパターンを見出そうとして読者はストーリーに注意を払う。遊びとしてのストーリーは、人々がストーリーの社会的機能で益することのみならず、ストーリーを理解・創作すること自体を楽しめることを可能にする。その結果、人々の感受性 (sensitivities) 、柔軟な知性 (flexible mind)、創造性などはいっそう高まる。 
ストーリーの進化:さまざまなストーリーを有する文化では、それらを素材にしてさらに多くのストーリーが生み出される。時代の試練に耐えて生き残ったストーリーは、それらがさらに適応力をもった素材となり、新たなストーリーを生み出す資源となる。こうしてストーリーという文化は進化する。 
ストーリーの目的:ストーリーは社会的機能という利点を有し、感受性・知性・創造性の涵養という利点ももつが、必ずしもそれらの利点を得ることがストーリーの創作・鑑賞の直接的な目的であるわけではない。ストーリーはアート・遊びとして、人間の情動に働きかけながら、生成ー試練ー再生成のプロセスを繰り返して進化する。ストーリーの目的はむしろ、その進化の末の多様なストーリーのあり様から人間が新たに見出すものだと考えるべきであろう。







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