2020/02/25

身体と心と社会は不可分である:Barrettの"How Emotions Are Made"の後半部分から



この記事も、Barrettの "How Emotions Are Made" に関するお勉強ノートです。





この記事ではこの本の後半部分にあった、理論の要約部分とルーマンの理論との親和性を示唆する部分についてまとめます。おそらくこの本のお勉強ノートはこれで終わりです。

( )内でのページ数表記や、翻訳書に大変お世話になったことは前の記事に書いた通りです。







関連記事Lisa Feldman Barrett (2018) How Emotions Are Made: The Secret Life of the Brain (London: Pan Books) の四章までのまとめ
https://yanase-yosuke.blogspot.com/2019/08/lisa-feldman-barrett-2018-how-emotions.html
Lisa Feldman Barrett (2018) How Emotions Are Made: The Secret Life of the Brainの五章(「概念、ゴール、ことば」)のまとめ
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Lisa Feldman Barrett (2018) How Emotions Are Madeの第六章(「脳はいかにして情動を作り出すのか」)のまとめ
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意味のシステム依存性と語の超越論的指示機能に関する若干の考察:バレット著、高橋洋訳 (2019) 『情動はこうしてつくられる』(紀伊國屋書店)の1-7章を読んで
https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/02/2019-1-7.html
第7章「社会的実在性を有する情動」(Emotions as Social Reality) のまとめ: "How Emotions Are Made"より
https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/02/7emotions-as-social-reality-how.html


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■ 理論の要約:身体と心と社会は不可分である

バレットは、本書後半で何度かにわたって、前半で説明した彼女の理論を非常に短く要約している。それらによると、彼女の理論は3つの柱から構成されている。3つの柱には、以下に見られるように微妙に異なった表現を与えられているが、本質的には同じことを述べている。


要約その1:読者に学んでほしかったのは以下の3点である。

(1) 身体と心は深く結びついている。 (your body and your mind are deeply interconnected)
(2) 行為を駆動するのは内受容である。(interoception drives your actions)
(3) 脳の配線を行うのは文化である。(your culture wires brain)
(176 , 292)


要約その2:情動を作り出すには以下の3つの構成要素 (ingredients) が必要である。

(1') 内受容 (interoception)
(2') 情動概念 (emotional concepts)
(3') 社会的実在性 (social reality)
(256 , 417)


要約その3:人間の心に共通する構成要素とは、以下の3つの心の側面 (aspects) である。

(1") 身体変容に基づく実在主義(affective realism)
(2") 概念(concepts)
(3") 社会的実在性 (social reality)
(285, 465)


要約その4:3点を統合した形で述べた文章

拙訳:人間は明示的に教えられなくても情動を知覚する。しかしだからといって、情動が生得的であるとか、学習とは関係ないとかいうわけではない。生得的であるのは、人間が概念を使って社会的現実を作り上げるということである。そして今度は社会的現実が脳の回路を組み上げる。さまざまな情動は、社会的現実がまさに実在的に創造したものである。この創造は、人間の脳が他の人間の脳と連携するからこそ可能になっている。(You perceive emotions without formal instruction, but that does not mean that emotions are innate or independent of learning. What's innate is that human use concepts to build social reality, and social reality, in turn, writes the brain. Emotions are very real creations of social reality, made possible by human brains in concert with other human brains.)
(281, 459)


以上の要約を私なりにさらにまとめてみると次のようになる。

私なりの要約身体と心と社会は不可分である。

(i) 心の身体性:身体内で起こっている情動が、その人の脳で知覚されることによりその人に心が生じる。
(ii) 心の概念・予測性:心は、その人のこれまでの経験の要約である概念を活性化する。その概念が、その人の未来を予測して行為を導き出す
(iii) 心の社会性:心の中の概念は、さまざまな人々がそれまでに作り上げてきた社会的現実の中で、その人が言語を使いながら他の人々と連携することによって獲得される。



■ ルーマンの理論との親近性

以前の記事でも書いたように、バレットの理論とルーマンの理論は親近性が高い。ここでは3つの論点を挙げてみる。


論点その1:脳と世界の間に境界はない

拙訳:私たちはたいてい、自分と外の世界は物理的に分離されていると考えている。出来事は世界という「外で」起こるのであり、自分は脳という「内で」それに反応すると考える。
しかし、構成主義的な情動理論では、脳と世界の境界線は相互浸透しているもの、というよりは、存在しないものである。脳の中核システムは、脳と世界をさまざまな形で結びつけ、知覚・記憶・思考・感情・その他の心的状態を構築している。
(Most of us think of the outside world as physically separate from ourselves. Events happen "out there" in the world, and you react to them "in here" in your brain.
In the theory of constructed emotion, however, the dividing line between brain and world is permeable, perhaps nonexistent. Your brain's core systems combine in various ways to construct your perceptions, memories, thoughts, feelings, and other mental states.)
(153, 255)
補足:脳は、外で客観的に起こっていることを内に投影しているのではない。脳は、外で起こっていることに起因する身体内の変化を、その時々の身体の状態と過去の記憶を通じて、自らの神経回路に反映させて「現実」を知覚している。


論点その2:私たちは「自己」をその時々に応じて生成している

拙訳:自己も概念であるのなら、人はそれぞれの自己のさまざまな事例をシミュレーションによって構築していることになる。構築した一つ一つの自己は、その時々の目的にかなっている。人はある時には自分を職業によって規定する。他の時には親であったり子どもであったり恋人であったりする。時には単なる肉体である。社会心理学者によれば、私たちは複数の自己を有しているのだそうだ。だが、これらの自己のレパートリーは、「自己」という一つの概念のさまざまな事例として考えることができるだろう。その「自己」は、目的に即した概念であり、目的は文脈によって変化する。
(If the self is a concept, then you construct instances of your self by simulation. Each instance fits your goals in the moment. Sometimes you categorize yourself by your career. Sometimes you're a parent, or a child, or a lover. Sometimes you're just a body. Social psychologists say that we have multiple selves, but you can think of this repertoire as instances of a single, goal-based concept called "The Self" in which the goal shifts based on context.)
(191, 315)
補足:「自己」という自分自身を表象する語の意味は、その語を発する人が、自分が置かれている文脈とそこで自分が定める目的に応じて生み出すものであり、その時々のその人の状態と状況によってさまざまに異なりうる。だが、その多様な意味を、「私という自己」といった語は、超越論的に指示する。
多くの人は、その超越論的指示が、どの言語使用においても<今・ここ>の指示対象の中に具現化しているに違いないと思い込んでいることはウィトゲンシュタインも指摘したとおりである。

論点その3:たった一つの現実など存在しない
拙訳:私たちが「確実なこと」として経験すること--自分自身やお互いや身の回りの世界について知っているという感情--、これは、私たちが毎日をなんとかやってゆくために脳が作り出している幻想である。(中略)私たちは愚かであったり能力が足りなかったりするから現実を把握できないと述べているのではない。私が言っているのは、把握すべき唯一の現実などないということだ。脳は、周りの感覚入力に対して1つ以上の説明を与えることができる--現実は無限に存在するとまでは言わないにせよ、確実に1つ以上は存在する。
(What we experience as "certainty" -- the feeling of knowing what is true about ourselves, each other, and the world around us -- is an illusion that the brain manufactures to help us make it through each day. (...) I'm not saying that we are dumb or ill-equipped to grasp reality. I'm saying there is no single reality to grasp. Your brain can create more than one explanation for the sensory input around you -- not an infinite number of realities, but definitely more than one.)
(290, 474)

補足:著者は、(292, 477)で、自分の理論も客観的事実ではない(not objective facts)ではない、と述べる。彼女の理論は、現時点でもっとも脳の物理現象を説明できる理論であるとは信じているが、同時に、将来、他のよい理論が出てきたとしても驚きはしないと述べている。


最近新訳が出たルーマンの『社会システム』の訳者のことばをもじっていうなら、こうなるかもしれない。


バレットの理論は「人間の知性の理論」ではない。
この理論そのものが、人間の知性の一部なのだ。


構成主義的な考え方からすれば、記述・説明される事象から独立してすべてを眺望的に記述・説明するが、自らはいかなる知的記述・説明からも逃れられている超越的な知性は存在しない。エッシャーの「描く手」のように、理論はその理論的記述・説明により、対象だけでなく自分自身も記述・説明している。自らの理論が絶対的なものではないという自覚を保ちつつ「なんでもあり」の俗流相対主義に陥らないのは、現代人の基礎的素養の一部だろう。








追記
いつものように私の誤解や錯誤を怖れます。もし何かありましたらこちらまでお知らせください。


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