2021/05/17

田尻悟郎 (2021) 『知ってる英語で何でも話せる! 発想転換トレーニング』 コスモピア

  

日本人英語学習者は、それなりに英単語を丸暗記していても、それらを使いこなすことができません。話を単純化して、学習者が10個の単語を知っているとしましょう。学習者は「E1?」と問われれば「J1」、「J3?」と聞かれれば「E3」などと、10個の英単語とそれぞれの訳語の対応関係を再生できます。

しかし、学習者がなかなかできないのは、たとえば「E1 + E3 + E7」などと、単語を組み合わせて新しい表現を作りだすことです。仮に単語を3つ並べると表現ができるとすれば、10個の単語から720通りの表現の可能性ができます(10 x 9 x 8 = 720)。もちろん、どんな並び方も文法的・慣習的に可能なのではありません。ですから英語の学びとは、これらのすべての可能な組み合わせの中から、文法的に可能なのはどれなのか、慣習上好まれて使うのはどれなのかといったことを知ることとも言えます。

英語教師は、学習者に10個の英単語を丸暗記させてしまえば、自分の仕事は終わりだと考えてはいけません。教師がやるべきことは、学習者に好奇心と意欲を喚起する課題を考案・実施し、学習者が10個の単語を使いこなせるようにすることです。もちろん、教師はその際に適切な例文提示をしたり学習者の表現の添削をしたりして、学習者が単語を適切に使えるようになるような支援をします。そうやって、学習者が丸暗記した英単語の潜在的表現力を学習者に体得させることまでが英語教師の責任だと思いますが、いかがでしょうか。

 

この本は、長年の中学校での英語教師経験から得た知恵と見識を、関西大学で未来の英語教師に教えている田尻悟郎先生が、読者にもその潜在的な能力を発揮させるべく、多くの例題を使って英語の使いこなし方を指南する本です。(田尻先生は、一般教育課程でも多くの大学生に英語を教えており、その経験からさらに英語教師としての力量を広げ深めています。)

 

本書を社会人が読んで例題で「頭の体操」をすれば、思った以上に自分が英語を使えることに気づくでしょう。高校生が読めば、応用的な英作文力が向上するでしょう。例題は多く、その解説は丁寧ですから、ゆっくりと自分でも英語表現を考えながらこの本を通読することがこの本の価値を活かすことになります。

 

英文法に苦手意識をもっている読者は、いきなりPart 4から読んでもいいかもしれません。ここでは「日常会話」「季節ネタ」「日本独自のもの」「四文字熟語」「高校生の日記」など、読者に「どうやったら英語で表現できるだろう?」と知的好奇心をかきたてる例題がふんだんにあります。解説、解答はもちろん、ネイティブスピーカーの見解も添えられたりしていますから、読者が自力で真剣に英語を考えれば考えるほど、英語の使いこなし方が身につくようにできています。

 

理屈で考えることが苦手でない読者は、Part 3から読めば、「発想転換」の原理がわかります。英文法が嫌いでない読者はもちろんPart 1から読むとこの本の真価がわかるでしょう。

 

実は、今回私は本書を読んで、改めて田尻先生の独自の英文法整理に感心しました。Part 2では、田尻先生は英語の「基本4文型」として、(1) 「だれがどうする」、(2) A=B」、(3) 「存在を表す」、(4)「受け身」を設定しています。いわゆる英語の5文型(あるいは7文型)とは異なる整理法ですが、この分類は実用目的で考えると非常に有用であるようにも思えました。というのも私は「巨人の肩の上に乗って」、この基本4文型を次のようにさらに整理してみたからです。

 

図:英語表現の選択基準



 

 この表の趣旨は、次のようなものです。

 

1原則:状態表現よりも行為表現を優先せよ

英語を表現しようとする際は、もっとも表現したいことが、行為なのか状態かをまず決めよ。そして選択の余地があるなら、「S (行為者) V (行為)」という行為表現を選べ。その方が、表現が生き生きとして意味が伝わりやすいからである。

 

2原則:受け身やIt/There構文よりも典型的なSV構文を優先せよ

選んだ表現の中心が行為であれ状態であれ、できるだけ第1選択候補の「S (行為者) V (行為)」か「S(話題) is C (状態)」を優先して使え。

補記:上ではいわゆる5文型でのC (Complement) だけを書いたが、本来は7文型のSVAなどでのA (Adjunct) も加える。(例: "She is in the kitchen" の "in the kitchen")

 

3原則:受け身やIt/There構文は、理由がある時に使え

S(話題) is Ved(行為) (by 行為者)」か「There is 名詞(話題)」は、「文脈の流れから、話題を文頭に置いた方が好ましい」や「存在に関する中立的な表現の方が望ましい」といった理由がある時に使え。

 

もっともこの私の整理はさきほど思いついたものなので、思わぬ不備もあるかもしれません。しかし、指導上の原則はできるだけ単純な方が実用的なので、このようにまとめてみた次第です。今後、この整理の可能性(と限界)について検討してみたいと思います。

 

なおこういった実用的な原則である「技芸の規則」 (rules of art) あるいは「伝承」 (maxims) の特徴については、以下の記事をお読みください。

 

関連記事

Michael Polanyi (1958) Personal Knowledge (The University of Chicago Press)のまとめ

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/09/michael-polanyi-1958-personal-knowledge.html

Michael Polanyi (1966) The Tacit Dimension (Peter Smith) のまとめ

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2020/09/michael-polanyi-1966-tacit-dimension.html

 

 

話を田尻先生の本に戻します。本書を購入した読者は、無料で例文の音声をダウンロードかストリーム配信で聞くことができますし、電子書籍版も入手できます。電子書籍版には、紙の本にはない「語順表補足資料:文型のバリエーション」も掲載されています。これで、田尻先生の「語順表」に関する理解を深めることができます。

 

総じて言うなら本書は、「これまで英語をそれなりに勉強してきたはずなのに、思うように英語を創造的に使えない」というもどかしさを感じている学習者(およびそのような学習者を指導している教師)にお勧めです。

 

ただし、読む際には、読み飛ばすのではなく、必ず自分で英語を作り出しながら丁寧に読み進めていってください。下の本もそうですが、こういった本は、自分で考えずに速読して「わかった気」になってしまっては、その真価を発揮できません。逆に言うなら、この種の本は、考えながら読めば、読者は自分の頭のOSが変わったような経験をすることができるでしょう。

 

関連記事

遠田和子 (2018) 『究極の英語ライティング』

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2019/05/2018.html




 



追記

上の表の第一案に対して田尻先生から的確なコメントをいただき、改善をすることができました。ここに改めて感謝の意を評します。


 追追記

田尻悟郎先生については、以下の記事などもお読みください。 

田尻悟郎先生(関西大学)による英語発音ガイド(YouTube動画) 
 田尻悟郎先生の多声性について 
 田尻先生の「進化」、言語感覚、コミュニケーション観、学習観 https://yanaseyosuke.blogspot.com/2010/06/blog-post_14.html
 「こんな先生に出会いたかった! ~豊かな人生を送るために子どもたちに伝えること~」
「英語教育の哲学的探究2」でのその他の記事
 アレント『人間の条件』による田尻悟郎・公立中学校スピーチ実践の分析 https://ha2.seikyou.ne.jp/home/yanase/zenkoku2004.html#050418 
 田尻実践に見る英語教育内容マネジメントに関する一考察 (2005/3/6)



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