2023/08/07

LET62基調講演「AIによる英語教育の商品化と格差の拡大を防ぐ― テクノロジーは人権尊重のために ―」投映スライドと解説動画の公開

 

■ AI利用についての長期的指針を提示します

2023年8月9日(水)の10時から11時まで、外国語教育メディア学会 (LET) の第62回全国大会で基調講演をさせていただきます。会場は早稲田大学戸山キャンパスです。

この大会のテーマは、「外国語教育と「技術革新」:変わるもの、変わらないもの」です。基調講演の依頼を受けたのは、2022年12月でChatGPTが登場したばかりの時でした。まだGPT-4がどのようなものとなるかもよくわかっていない時期にお話を受けたので、最新の具体的情報を提示するような基調講演をするお約束はできませんでした。

ここ数ヶ月でChatGPTを使いこなす英語教師は随分増えました。この対応の速さは2020年のコロナ騒ぎの中のICT活用を思い起こさせます。そういった文脈では、ChatGPTの具体的な使いこなしなどを発表すれば受けはいいのかと思います。しかし私の具体的な実践については、すでに以下で行いました。


「AIの導入で英語授業はより人間的になった ― 実践速報に基づく考察」

(JACET中部支部大会基調講演)の録画とスライドを公開

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2023/06/ai-jacet.html


こういった事情で、今回はAI利用の長期的な指針について論じることにしました。具体的には、私たち英語教育関係者が当たり前に使いすぎて批判的に考えることが困難になっている「英語力」という観念について多くお話をします。AIを使って「英語力」という観念を暴走させてはいけないというのが主なメッセージとなります。



■ スライド

下は、当日に投影する予定のスライド表紙です。ダウンロードはこちらからできます。




■ 解説動画(2023/08/09追加)

学会基調講演は、皆様からの反応を見る限り、なんとか成功しました。講演の内容は結構ラディカルなものなので、否定的な反応を得るのではないかと実は危惧していました。それだけに予想外の好評に驚きました(もちろん表に現れない反発もあったでしょうが・・・)。

ともあれ、講演に向けてさまざまなサポートをしてくださった学会事務局の皆様に改めて感謝します。下の動画は、予行演習のビデオです。ご興味があればどうぞ御覧ください。




■ 要項原稿

以下は、6月に提出した「要項集」の原稿です。ただし当日は、時間の関係で「情動的価値(非交換価値・非商品価値)」という用語は出しません。


 新しいテクノロジーが登場すると、人間はとかく「テクノロジーに何ができるか」と技術主導の思考に陥る。だがテクノロジーは「善悪無記」であり、人間社会に益も害ももたらしうる。大規模言語モデルの人工知能(以下、AI)の台頭に際して問うべきなのは、「人間はAIに何をさせ、何をさせるべきでないか」という人間主導の問いである。

 本発表では、人間はAIを近代社会の歪みを悪化させる方向に使ってはならず、人間社会が掲げる理想の実現のために使うべき、という大原則をまず確認する。その上で、第一に英語教師は、AIを公教育における英語教育(以下、英語教育)のさらなる商品化のために用いて社会的格差を拡大再生産してはならないと主張する(「商品」についてはマルクスに即して説明する)。第二に英語教師は、人権―すなわち自由と(尊厳と権利における)平等―の尊重を毎日の授業で実践するためにAIを活用するべきと主張する。

 第一の主張は、大規模標準テストという商品を英語教育にこれ以上に組み込むためにAIを使うべきではないという立論につながる。大規模標準テストは「英語力」という抽象的観念を数値化するが、近年はその数値を他のテストの得点と換算(交換)可能な形にして「英語力」の商品化を助長する傾向にある。その結果、多くの英語教育関係者は、授業料や税金という貨幣支出に対して得られる商品価値の高低で英語教育を査定する。同時に「英語力」の抽象的性質は、学びから個性を奪い、学習者が学習の進行と共に自分らしさを抑圧する学びの疎外を進行させかねない。英語教育の商品化は、教育に剰余資金(資本)を大量に投入する家庭の子どもとそうでない家庭の子どもの間の格差を拡大させるだろう。

 第二の主張は、学習者を管理して測定する教育から、学習者の自律を認め尊厳と権利における平等を尊重した上で学習者の協働の自由を称賛する教育への移行につながる。そういった教育では、学習者が心身で実感する学習の喜びという情動的価値(非交換価値・非商品価値)を授業の基準とする理想を失わない。発表者はAIを活用した授業でこういった教育の片鱗を実現できた。AIは一人ひとりの人間らしい生き方を促進する社会づくりのために利用されるべきである。 



■ 感謝のことば

最後にこの登壇に向けて、事務局の皆様からは本当に手厚いサポートを受けました。心から感謝します。そのご厚遇に応えるべく、当日はできるだけよい講演と質疑応答をしようと思っております。



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