--AIを使って自分らしい能力をさらに高める方法の指導が必要--
■ 日本の大学でもAI利用の害が目立ち始めた
毎日新聞の2026/07/21の記事「AI新世紀:「俺、要る?」万能AIに無力感 「闇落ち」自覚する大学生」()は、米国で言われてきた、AIによる若者の希望喪失が、ついに日本でも始まったと思わせるものだった。
> 「自分で勉強するよりAIに聞いた方が早い。『俺、要る?』と感じます」
> 「俺、何やっているんだろう。AIに書かせたら一発なのに」
> 「学生が無力感を抱くのは当然」
日本の若者がこれ以上希望を失うのは怖い。
■ 大学教員の無策は真面目な学生を追い詰める
大学関係者が、AI利用の一律禁止を命じたり、「AI利用は自己責任で」と諭すのは容易だ。
だが、それでは学生はAI利用の誘惑から逃れられない。
これだけAIが普及している中、レポートにより成績をつける授業がまだ多い(それは私にとって驚きである)。
レポート評価しかしない授業があり、不正にAIを使って高い成績を得る学生が存在すれば、「AIを利用しない地頭・生身の力を鍛えろ!」というお説教を真面目に受け止めた学生ほど、無力感を覚えるだろう。
教員は教育的なAI利用をそれぞれの科目で教える必要がある。
■ 生身の力 + AIありの力 + 両者を統合する力
私はChatGPTが登場した約半年後に行った講演で、L2(第二言語教育、実質的には英語教育)についての基本的考えを示した。
> 学校教育で育成されるL2の統合的能力は次のステップで育成される。1) 教師が最初に学習者の身体的能力を育てる、2) 教師が適切な時期にAIを導入して学習者にAI拡張的能力を体験させる、3) 学習活動で身体的能力とAI拡張的能力のそれぞれの向上をもたらす好循環を作り出す。AIなしの身体的能力にとどまらず、かといってAIによって一時的に拡張された能力だけであることも意味しない統合的能力が、AI時代の帰結としての英語力である。
柳瀬陽介(2023)「AI時代における第2言語としての英語力-大規模言語モデルAIの可能性と限界からの考察-」『JACET中部地区支部紀要 21, pp. 1-16.』
身体的能力とAI拡張的能力が連動する統合的能力は、便利な(笑)陰陽図で示した。
もはや身体もAIも私たちにとって不可欠だと考えるべきではないか。その両者の統合こそがこれからの教育の課題ではないか。
■ AIの教育的利用を本格的に開発しなければならない
AIを自分の内に統合して、AIなしでは考えられなかったような自分らしい能力を開発する道筋を示さないと、学生は無力感に苛まされ続けるのではないか。
もはや(大学)教師は、AIなしの学習だけでなく、AIを効果的に使った学習も導く必要がある。
AIを使ってこそ実現できる自分らしい自分に到達できる道筋を若者に示す責務が教師にはあるのではないか。
そのためには、教育界はそれぞれの教科でAI利用のbest practicesを開発する必要がある。
地球規模の核戦争でもない限り、AIがこの世から消えることはないだろう。
ならば、AIを使いながら希望を見出す教育が必要だ。
いや、それとも希望を見出すのは若者自身かもしれない。下の記事に書いたような・・・

