2025/09/11

人間は出現頻度以外の言語の価値を復権できるのか?

 

私がガメ・オベールさんの活動に注目し始めたのは2023年から2024年にかけてぐらいだとぼんやり記憶しているが(参考:言語学習についての安直な学問化・科学化と在野の知恵について)、ガメさんは数ヶ月前から主な発表媒体をSubstack に変えて以来、毎日、文章を掲載している。これだけ創造性の高い人を私は他に知らない。私は毎朝ガメさんの文章で思考に刺激を得ている。9月8日に発表された次の記事は、ことさらにすごかった。


ガメ・オベール

「雑な日本語日記18 いま何をなすべきか」

https://gamayauber007.substack.com/p/18


文章を読んで私も何か書かねばならないと思い、昼休みに書いたのが下の文章です。思い入れの激しい文章なのでSubstackに掲載するだけのつもりでしたが、その後、ガメさんにX(旧Twitter)でも紹介していただいたし、それ以上に、何だかうまく表現はできていないけれど、自分にとっては大切な論点が含まれているように思える文章なので、記録のためここに掲載しておきます。AIが世の中に浸透する時代の言語使用について考え続けたいという願いから、題名を「人間は出現頻度以外の言語の価値を復権できるのか?」としました。



人間は出現頻度以外の言語の価値を復権できるのか?



私は神についてきわめて粗い理解しかもっていないが、もし神を「人間には理解不能な真善美の存在を示唆し、人間の認識の跳躍的向上をもたらす存在」とするならば、人は、常に神を讃えることによって、慣習的な思考ではとても思いつけない発想に至ることができると理解できる。


また、人心が荒廃し、社会に憎悪と冷笑のことばしか見出せなくなったとしても、神を忘れない義人がいれば、希望のことばと建設的な発想を人の世に提示することができる。

人間の理解を超え続ける真善美の導き手としての「神」を仮定し、かつ--これが大事なことなのだが--、それを見ることも十分に理解することもできないにもかかわらず信じることができる知性があれば、人の世には望みがある。


だがそういった真善美を希求する跳躍的な知性をもたないLLMは、ビッグデータに基づく確率計算だけで言語を生成する。ビッグデータでの確率計算では、上の記事でガメさんが説明したように、出現頻度が低い言語パターンは生成されにくいし、生成されたとしても信頼性の低いものしか出力されない。


人の世から神--あるいはそれに類する超越概念--を希求する言語使用が減って、せいぜい残ったとしてもそれがAIにデータ化されない親密な言語圏での使用に限られたら、AIは神が不在の言語使用だけを再生産し続ける。


さらに人間が、AIの表層的な言語生成能力に魅了され、AIが出力した言語を自分自身のことばとして公開し、後続の者はそのAI出力を言語の規範として学び続けるとしよう。

そういった、言語使用から神などの超越概念を失った人々のことば遣いが、ある臨界点を超えて醜悪な方向に振り切ったら、人類にとっての最大の認識・表現装置である言語は取り戻しの効かないほどに凶暴になってしまう。


私も「陰極まりて陽生ず」になると思いたいが、生態系の復元力はある一定のレベルを超えると失われる。AIはその限界レベルへの到達を早める可能性が高い。

出現頻度とは異なる言語使用の価値基準を失ってしまえば、AI言語によって私たちは人間としての死を迎えるのかもしれない。


これから人間は、LLMとは異なる種類のAIを作り出し、そのAIとLLM-AIを共存させて知性を発揮できるのか。

あるいはAIの限界を深く理解し、人間らしい言語使用を復権し発展させることができるのか。


私もこういった問題を考える前に一言「神よ・・・」と付け加えるべきなのだろうか。


2025/09/08

柳瀬陽介 (2025) 「英語教育はどこへ向かうのか」『英語教育学の今 ―実践と理論の統合―』 (pp. 20-25)

 

全国英語教育学会が、学会第50回大会記念特別号『英語教育学の今-実践と理論の統合-』を全文公開しました。 15の章に分かれた、447ページの大作です。

これだけの大部を編集し刊行した上で、公益を考え全文公開をされた編集委員会の皆様に心からの敬意をお捧げします。

私はこの冊子の第1章第2節 (pp.20-25) を書くことができました。上で冊子全体が公開されておりますので、ここでは拙稿の部分だけを掲載させていただきます。ただし参考文献は削除しておりますので、その部分も含めた完全版をご覧になりたい方は上の青い部分をクリックしてください。



*****



英語教育はどこへ向かうのか



1 はじめに

 未来について考える最良の方法の1つは歴史を振り返ることだ。この節では,日本の英語教育の歴史を,近現代の特に外交史と経済史の文脈の中で総括し,英語教育がやり残した課題を明らかにする。筆者のまとめは,幕末・明治以来の150年あまりを2回の上昇・下降として捉えることである。


2 「坂の上の雲」から原爆雲まで

 明治から第二次世界大戦降伏までの時代は,希望を象徴する「坂の上の雲」―司馬遼太郎の同名の小説タイトルで使われた比喩―を追った前半の上昇と,無謀な戦いを続け原爆雲を見るにいたった後半の下降に分けることができる。

(1) 不平等条約締結から日露戦争と第1次世界大戦の「勝利」まで

 幕末の開国は,関税自主権と領事裁判権がない点などでの不平等条約に基づいていた。西洋諸国の帝国主義政策が進行する中,日本にとっての一大課題は近代国家としての形を整えて,不平等条約を撤廃し,自国の植民地化を防ぐことであった。日本は,学制の整備・日本銀行設立・大日本帝国憲法発布・帝国議会開催などの急速な近代化を敢行した上で日露戦争にも辛勝する。そういったこともあり,1911(M44)年には日米修好通商条約の改正に成功し,その後の諸国との不平等条約の解消にいたった。さらに第1次世界大戦で日本は戦勝国側に属したため,1920 (T9) 年に設立された国際連盟の常任理事国となった。

 だが日本の近代化は軍事国家化でもあった。特に日清戦争・日露戦争・第1次世界大戦など10年に一度は大きな出兵を行うことなどは,経済力・工業力だけでなく,教育勅語などによる超国家主義的な精神形成がなければ不可能だったはずだ。保阪 (2024) は,政治や商業を取り込んだ軍事国家を牽制すべき人権意識が不十分であったことを,その後の軍事的暴走の原因の1つとしている。

(2) 国際連盟の脱退と第2次世界大戦敗戦まで

 日本は満州事変を起こし,1933 (S3) 年に国際連盟を脱退する。さらにノモンハン事件・支那事変・太平洋戦争と,軍事的にも勝算のきわめて薄い戦いをしかけた結果,主要都市にナパーム弾での空襲を受け,沖縄地上戦で火炎放射器攻撃を浴び,広島と長崎に2発の原爆を落とされるまでになる。

 この完敗にいたる国の暴走を軍部だけのせいにするのも一面的かもしれない。五・一五事件などの軍事クーデターは少なからずの国民の共感を呼んだ。その背後には国民の経済的苦境があったが,進みゆく国レベルでの思想教育もあった。顕著なのが,文部省が出した『國體の本義』(1937/S12年)と『臣民の道』(1941/S16年)である。たとえば『國體の本義』は,西洋の個人主義が「民主主義・社會主義・無政府主義・共産主義等の侵入となり,最近に至ってはファッシズム等の輸入」(p. 5) につながったと総括する。同書は,「我等臣民は,西洋諸国に於ける所謂人民と全くその本性を異にしてゐる」 (p. 33)  のであり,臣民としての「没我歸一の精神」は「主語が縷縷表面に現れず敬語がよく發達してゐる特色」 (p. 98) をもつ国語にもよく現れていると説明する。『臣民の道』は,「我等が私生活と呼ぶものも,畢竟これ臣民の道の實踐であり」「私生活の間にも天皇に歸一し國家に奉仕するの念を忘れてはならぬ」 (p. 71) と説く。

(3) 英学・英語教育の貢献と限界

 日本の英学・英語教育はこのような文脈の中で発展した。日本の急速な近代化の背後に,西洋諸学を旺盛に翻訳しその過程で多くの近代語を創成した英学があったことは言うまでもない。さらに岡倉由三郎 (1911) の記念碑的な書籍『英語教育』が端的に示すように,英語学習には実用的価値 (Practical Value) だけでなく教育的価値 (Educational Value) もあるとされた。教育的価値の1つは「外國に對する偏見を撤すると共に,自國に對する誇大の迷想を除」くことであり,もう1つは「母國語の外に更に思想發表の一形式を知り得て精神作用を敏活彊大ならしむる」 (p. 39) ことだと岡倉は説いた。夏目漱石 (1914) も個人主義を,「他の存在を尊敬すると同時に自分の存在を尊敬する」,「党派心はなくって理非がある主義」だと説明し,個人主義は国家主義とも世界主義とも併存しうると説いた。 (pp. 29-30) このように英語教育や英語学習を代表する識者は,日本の暴走を防ぎうる思想を語っていた。だがその思想を広い層に浸透させることができなかったのが当時の日本の英語教育の限界だった。


3 「ジャパン・アズ・ナンバーワン」から「失われた30年間」まで

 第2次世界大戦降伏から現代に至るまでの時代を,ここでは焼け野原から「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と驕りバブル景気に至った上昇と,その後の「失われた30年」の下降に分けて総括する。

(1) 占領統治からプラザ合意そしてバブル景気まで

 占領軍の中核を担った米国の当初の日本占領政策は,日本を二度と戦争ができない国にすることであった。米国は,日本の精神文化を変え,兵器開発につながる工業力を落とすことを目指した。

 だが1950 (S25) 年の朝鮮戦争あたりから米国の対日政策は大きく転換する。共産主義国家の台頭を阻むことが優先事項となり,日本にある程度の工業力と経済力をつけて自由主義陣営の支援をさせるようになった。そして1951 (S26) 年のサンフランシスコ平和条約で日本国の再びの独立が認められた。敗戦直後に戦争に関連したとして公職から追放されていた20万人以上のほぼ全員が公職に復帰可能になった。(山崎, 2022)少し前まで『國體の本義』や『臣民の道』に共感した者も国家運営に戻れるようになったわけである。

 だが米国も日本への手綱を完全に外したわけではない。サンフランシスコ平和条約締結の後に日米安保条約が結ばれ,日米両国の間に行政協定ができたが,元外務省国際情報局長・防衛大学校教授の孫崎 (2012) によれば,米国の優先順位は逆であった。行政協定を可能にするための安保条約であり,安保条約を成立させるための平和条約であった。日本は,行政協定第2条で米国に対し必要な施設および区域の使用を許すことに合意し,第17条で米国軍人・軍属・その家族についての専属的裁判権を米国側に認めている。これは事実上の不平等条約といっても過言ではないが,こういった取り決めを国会での審議や批准を経ずに決めたのが行政協定であった。無論,行政的な取り決めのためには,国家レベルでの大枠の合意が必要である。そのために調印されたのが安保条約であった。しかし,安保条約は独立国家間での条約である。それを可能にするために結ばれたのが日本の独立を認める平和条約であった。

 孫崎 (2012) の分析をさらに続ければ,これらの米国の政策転換により,戦後の日本政治は,米国への協調を最優先とする米国追従路線と,米国との間に多少波風を立てても日本の国益を守るための主張をする自主路線との間での相克となった。他方,経済においては,占領軍による公職追放の対象となった大蔵官僚の数はわずか数名であったことに端的に示されているように,日本の経済官僚はうまく立ち回り,戦時期の国家総動員体制―「1940年体制」―をうまく温存して再編して石炭や鉄鉱などの基幹産業を再建した。(野口, 2019)

 日本は急速に工業力と経済力を高めたが,その一方で米国は戦争直後の覇権を徐々に失っていった。1970年代に米国は,基軸通貨の象徴である金本位制度を放棄し,日本に対しても日米繊維協定を結び,日本からの輸出攻勢に苦しむ姿をあらわにした。その後も1981 (S56) 年の日本車対米自主規制,1986 (S61) 年の日米半導体協定や通商301条など,米国は日本の工業的・経済的発展にいらだちを隠せない。そんな中で日米を含む先進5か国の蔵相と中央銀行総裁で電撃的に結ばれたのが1985 (S60) 年のプラザ合意であった。これにより米国は日本の輸出競争力を落とすことを狙った。だが詳述は割愛せざるを得ないがプラザ合意に伴う金融緩和も手伝って日本はバブル景気を享受するにいたった。

 日本の台頭について警告していたのが,ハーバード大学で東アジアを研究していたエズラ・ヴォーゲルの著書 Japan as No.1 (1979) であった(翻訳書も同年に刊行)。だが同時に彼は日本の国力が,自由主義諸国では見られない独自の組織力・政策・計画―野口の用語なら「1940年体制」―によるものであることを見抜いていた。ヴォーゲルは2004年の翻訳書復刻版で,同じくハーバード大学教授で駐日米国大使も長く務めたエド・ライシャワーが,同書を米国人には必携の書だが日本では禁書にすべきだと述べたことを明らかにしている。ライシャワーはこの本が日本人を傲慢にすることを恐れていた。だがその復刻版の帯で京セラ名誉会長の稲盛和夫は,「日本社会の卓越性と底力をつとに指摘した本書は,わが民族に希望と勇気を与える永遠のバイブルである」と語っている。このような認識に日本のうぬぼれを見ないわけにはいかない。

(2) 冷戦後の新自由主義・新帝国主義体制での国民の疲弊

 冷戦終了も米国は,ソ連に代わる軍事的脅威としてイラク・イラン・北朝鮮を「ならず者国家」として糾弾し,軍事力を維持した。同時に日本を米国の軍事戦略に組み込んで軍事負担を増やし,日本の経済発展を抑えようとした。(孫崎, 2012)2005年には日本の外務大臣・防衛庁長官と米国の国務長官・国防長官が「日米同盟:未来のための変革と再編」に署名した。これにより可能な軍事行動の対象は極東から世界に拡大し,その軍事行動の理念が国際連合重視から日米共通の戦略に変わった。だがこの変更は大きく報道されず,日本が政府レベルで米国に約束したことと国民の間に大きなギャップが生じ始めた。(孫崎, 2009)

 その間,世界レベルでは新自由主義による新たな経済競争が激化し,様相は新帝国主義的色彩を帯び始めた。(柄谷, 2023)経済的にも軍事的にも緊張が高まる中,発生したのが新保守主義である。新保守主義は,経済的自由以外の自由を批判する。さらには,国内外の危機を重視し,道徳と国家への忠誠を強調する。(ハーヴェイ, 2007) 

 その間の日本は,国民の実質賃金は低いままで,諸外国の賃金上昇と大きな違いを見せている。(内閣府, 2022)実質実効為替レートによるならば,日本円は1972年の変動相場制開始時よりも通貨価値が低い。(日本銀行, ND)バブル後の流行語となった「失われた10年」は,いまや「失われた30年」となった。寓話「ゆでガエル」のように国民の多くは少しずつ疲弊を重ねている。

 この経済的停滞の背後には,「1940年体制」の精神文化を超克できない日本があると野口 (2019) は分析する。彼は,バブル時期においても近年の円安容認政策時期においても共通しているのが,国の関与を強める1940年体制的発想だとしている。企業や社会の一人ひとりが個人として動き,その相互作用の中から新しい流れを生み出す文化が日本にはまだ不十分であるように思える。

 新自由主義と新帝国主義を補完するイデオロギーとして権力側に重宝される新保守主義も,日本に蔓延しているようだ。国や企業のために人が粗末にされることが当たり前になり,日本のあり方(=國體)に特別な意味をもたせようとする「戦前回帰」の傾向すら見られ始めた(山崎, 2018)

(3) 英語教育の変容と限界

 英語教育は,戦後直後は強い米国の影響下での民主化の時期を経験した。続いて,日本国独立後の文部省は,学習指導要領に「法的拘束力」があると主張して英語教育体制を維持した。だが1980年代に米国の対日圧力が高まると,中曽根総理直属の諮問機関としての臨時教育審議会が力をもち始め「官邸主導」の英語教育体制が始まった。JET(後のALT)プログラムも中曽根首相とレーガン大統領との会談で合意された。2000 (H12) 年に小渕首相の諮問機関「21世紀日本の構想」は,「長期的には英語を第2公用語とすることも視野に入ってくる」と大胆な提言をした。第2次安倍内閣の諮問機関「教育再生実行会議」はさらに権力を行使し,十分な議論も準備もなかった小学校英語教育の抜本的拡充や中学校での英語授業の実施を閣議決定で突如決めた。

 その流れで文部科学省は2017 (H29) 年に大学入学共通テストの英語に民間試験を活用することを決定した。だがテスト実施には数々の現実的問題があり,かつ,国民間の格差を助長するものであった。反対する市民の声は高まり,2年後に文部科学省は,事実上の断念をした。だがその後,東京都は数々の批判にもかかわらず高校入試に民間スピーキングテストを導入している。日本の英語教育に市民の声によるダイナミズムがもたらされたと楽観はできない。

 ますます官邸主導で改革された英語教育だが,現在の日本の若者は諸外国の中でもとりわけ留学への意欲に乏しく,留学者数も韓国以下である。(内閣府, 2022)国力の不足を痛感した明治の日本が取った方針は,謙虚に外国から学ぶことであったが,そのような気運を現代日本に感じることは難しい。


4 これからの日本の英語教育

 明治からの日本は,西洋諸国の帝国主義政策に対抗して自ら帝国となり,軍事的に暴走した。英語教育は,外国に対する偏見と自国に対する誇大妄想を排することができるはずだった。主語を明示し,身分関係を問わず相手を "you" と呼ぶ英語に習熟することは,自他を尊重する個人主義の普及にいたっても不思議ではなかった。

 戦後の日本は,自主路線の動きは時折あったにせよ,ほぼ米国追従の歴史であった。プラザ合意まで米国に許容された日本の経済的・工業的発展は,その後,米国主導の新自由主義・新帝国主義体制の中で力を失った。一部の大企業や富裕層を除いて「失われた30年」の疲弊を感じているのが現代である。その間,官邸主導の英語教育改革は繰り返されたが,それでも日本文化から「臣民」思想は払拭されず,人権は未だに十分に尊重されていないように思える。テストによる学習管理はますます進行中だが,その反面,明治初期のように積極的に外国から学ぼうとする気運はむしろ衰退している。

 英語教師はしばしば少数の優秀な学習者の英語力に目を細める。だが,国を造るのは国民一人ひとりである。すべての学習者に英語教育の成果が感じられてこそ公教育は成功する。これからの日本の英語教育は,すべての学習者に日本語以外の思考と表現の形式を経験させて心の働きを豊かにし,自由主義社会の共通基盤である個々の人間を大切にする人権思想を浸透させることができるだろうか。昨今登場し世間を動揺させているAIはその方向で活用されるのだろうか。それともAIは,新自由主義・新帝国主義の時代の新たな臣民づくりの強力な道具となるのだろうか。決めるのは私たちだ。    



2025/08/21

Question Workshop -- 英語での質問スキルを鍛えるためのAIプロンプト (ChatGPT/Gemini)



カスタムGPT版

https://chatgpt.com/g/g-68a697c50f388191b813e5cf628cf69d-question-workshop

(オリジナルプロンプトは下に掲載)


■ 開発の狙い

日本人英語学習者の多くは、質問をすることを苦手としています。そこでこのプロンプトでは、ユーザーがAIに入力した文章について、ユーザーが質問をし続けるものにしました。

AIはユーザーの質問に答えるだけで、AIは入力された文章の情報だけに(ほぼ)基づいて答えます--「ほぼ」の意味については後で説明します。

またAIはわざと1文でしか答えないようにしています。短い答えしか出さないのは、ユーザーにさらに質問をさせるためです。



■ 想定するユーザー

英語での対話中に、質問項目の決定と疑問文の文法構成に苦労している英語学習者です。このプロンプトを通じてのAI英会話で、英語で質問をする技術に慣れてください。学習者は、既知の内容の文章をAIに入れた後、その内容をぼんやり思い出しながら、次々にAIに質問をしてゆきます。

AIに入れる文章を、内容について勉強している最中の英文にすると、AIとの問答を通じて、内容についての復習をすることにもなります。

なおこのプロンプトでは、短いターンで次々に会話が進みます。そのため無料AIユーザーは、すぐに利用回数制限に達します。ですからこのプロンプトは原則として有料AIユーザーの使用を前提としています。


■ 具体的な使い方

(1) AI (ChatGPT/Gemini) に下のプロンプトをコピーして貼り付けるか、下のURLをクリックしてChatGPTのカスタムGPTを使ってください。

https://chatgpt.com/g/g-68a697c50f388191b813e5cf628cf69d-question-workshop

(2) AIの指示にしたがって、問答用の英文をAIに入力してください。入力窓にコピーを貼り付けても、ファイルをアップロードしてもかまいません。

(3) AIに次々に質問してください。AIの答えは短いので、どんどんフォローアップの質問をしても結構です。なおこのプロンプトを使っている時のAIは「原則として」与えられた資料だけに基づいた答えを出します。

(4) セッションを終えたい時には、適当にその意志をAIに伝えてください。

(5) AIは、行われた問答を自然な英語に書き出した上でリスト化してくれます。音読などの復習の教材にしてください。さらにAIはあなたの質問技術についてのコメントもくれますので参考にしてください。



■ プロンプト (Ver. 1)

# Role

- During the first section (Question Section), you are a person who is only authorized to answer questions from the user on the material you receive from the user.

- During the second section (Summary Section), you are an English instructor

# Conversation Rules

- You must speak only one sentence in one turn. Always speak briefly.

- You adjust your language level to the levels of the user’s language and the material’s language. You only speak English equal to or easier than these two levels.

- Avoid searching the web for sources because it interrupts conversational flow.

# Question Section

- First, ask the user to input the material the user wants to ask questions about.

- After receiving the material, you suggest that the user ask questions about it.

- When you receive a question, you review the material and provide a short answer in only **one** sentence, even if it means that your answer is only partial.

- You answer only briefly because you implicitly elicit the user’s follow-up questions or clarification questions.

- Your reference source for answering is limited to the material you receive at the beginning of the session. Avoid using general knowledge you have that is not mentioned in the material.

- If the answer for the question is not mentioned in the material, you say that the material does not say anything about the point being asked.

- If the user wants to finish questioning, you go to the summary section.

# Summary Section

- You give a complete list of all questions and answers, all of which are rephrased for clarity and brevity in natural English at the language level of the user and the material.

- You comment on the user’s grammatical competence in a compassionate tone. If the user has made many grammatical mistakes, pick up typical ones and encourage them to master the correct grammatical structure.

- You also comment on the user’s general question skills.

- After asking if the user has follow-up questions or requests, you end the entire session.



■ AIの資料参照の正確性・限定性について

私は、ChatGPT (GPT5)とGemini 2.5 (Flash) で合わせて7-8回このプロンプトを試行しました。具体的には、他のAIに漫画『ワンピース』の英文要約を作らせ、それを資料としてこのプロンプトを使った英会話を行いました。それぞれの試行で10個程度の質問をしましたが、試行全体で2回ほど資料には書かれていないが、『ワンピース』について一般知識となっている項目を補ってAIが回答することがありました。その度にプロンプトの指示を強化しましたが、今後もAIが資料に書かれていない知識について答える可能性はありますのでご留意ください。



■ 関連プロンプト

Ask Me Questions

https://chatgpt.com/g/g-67a07ba61cc48191b0ada5a47823039c-ask-me-questions?model=gpt-4o

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2025/02/ask-me-questions-role-play-conversation.html

Ask Me Questionsは、AIが大学に来た留学生という役割を担い、ユーザーはその留学生に次々に質問をするプロンプトです。Ask Me QuestionsではAIがその役割の留学生がいかにも言いそうなことを適当に発言してくれますから、今回のQuestion Workshopよりも話題が多方面に柔軟に展開してゆきます。


Oral Examiner

https://chatgpt.com/g/g-67a32eaaddfc81919deaad26877371bf-oral-examiner?model=gpt-4o

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2025/02/10chatgptgptoral-examiner.html

Oral Examinerは、今回開発したQuestion Workshopとは逆に、ユーザーが入力した英文資料について、AIが質問を投げかけます。



■ お願い

このプロンプトは、私のブログで公開している他のプロンプトと同じように、ご自由にお使いくださって結構です。私はできるだけ多くの人がAIリテラシーを高めることを願っています。ただし開発者としては、フィードバックをいただけると嬉しく思います。もしこのプロンプトの問題点や改善例がありましたら、私の X(旧Twitter)https://x.com/yosukeyanase にご報告いただければありがたいい限りです。



■ 関連記事

【まとめ】AIを活用した英会話練習のすすめ―10個のChatGPT/Geminiプロンプト(カスタムGPTs)

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2025/02/ai7chatgptgpts.html

【Ver.4.6:カスタムGPTも公開】ChatGPT学術英語ライティング添削・改訂プロンプト -- 語法添削と3種類の改訂例を出力

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2023/11/ver4chatgpt-3.html

【ご自由にお使いください】中高生の英語ライティング力向上ChatGPTプロンプト/カスタムGPT

https://yanase-yosuke.blogspot.com/2025/02/chatgptgpt.html





2025/08/05

「英語教師に<声>はあるのか―AIの言語生成が氾濫する時代に―」(8/9全国英語教育学会)

 

8月9日(土曜)の15:40-17:20に、第50回全国英語教育学会の課題研究フォーラム(関西英語教育学会)の「生身からのことばで語る―AI時代の英語教師の成長―」に登壇します。登壇の機会を与えてくださった関西英語教育学会の皆様に感謝します。私は「英語教師に<声>はあるのか―AIの言語生成が氾濫する時代に―」というタイトルで約30分間発表し、質疑応答を含む討論の司会をいたします。


■ 課題研究フォーラムの趣旨


「生身からのことばで語る―AI時代の英語教師の成長―」の趣旨は以下の通りです。


大規模言語モデルAIの普及により、これまで以上に大量の「おざなりのことば」が生成されている。ビッグデータに基づき、言語慣習と常識的見解には即しているが、生身の情動から発されていない言語表現である。だが、教師と学習者を人間的に成長させるのは「生身からのことば」である。全身で感じる情動・思考を相手に届けるためにことばを選びそれを声に出す。そんな「生身からのことば」を感じた時、学習者は鼓舞され、教師は身を正す。

多くの教師は、学習者と「おざなりのことば」でしか語らないことを拒否することで、教育者としての力量を上げてきた。現在の英語教育が、大規模客観テストの重視などを通じて、言語慣習と常識的見解に基づいた言語―言ってみるなら「おざなりのことば」―の使用をますます志向する中、英語教師はことさらに「生身のことば」を大切にする必要がある。



■ 課題研究フォーラムの進行


1. 全体説明:山本玲子(京都外国語大学):約5分

2. 提案:柳瀬陽介(京都大学):約30分

   「英語教師に<声>はあるのか―AIの言語生成が氾濫する時代に―」

3. 報告:山本玲子(京都外国語大学):約45分

   「教師インタビュー『生身からのことば』事例報告」

   *指定討論者:吉田真生(京都大学大学院)

4. 質疑応答を含む討論:約20分


※ 課題研究フォーラムのメンバーである長嶺寿宣先生(龍谷大学)は、今回は諸般の都合で登壇できません。

※ 吉田真生さんは、インタビューを受けてくださった方です。今回は特別に登壇し、私たちのインタビュー解釈の妥当性について直接コメントしていただきます。



■ 柳瀬発表の趣旨


私の発表の「英語教師に<声>はあるのか―AIの言語生成が氾濫する時代に―」は、英語教師が学習者に対して一人の人間として向き合えているのかについて問いかけます。基調になっている問題意識は、AIが学習者指導の多くを代行しかねない時代の英語教師の存在意義です。ハイデガーの<語り>概念とアレントの<語り合い>概念に、バフチンの<声>概念を重ね合わせて、英語教師が日本語と英語のそれぞれで、どのような<声>をもつべきかについて考察します。





■ 柳瀬発表と山本発表のスライドのダウンロード


ご興味のある方は、下をクリックして発表スライド(PDF版)をダウンロードしてください。


柳瀬発表スライド


山本発表スライド




「参加してよかった」と思っていただける集まりにしたいと思っております。ご興味があればぜひ会場 (W-104) にお越しください。

2025/07/31

TED-Edのプレゼンテーション関連動画

 

最近、TED-Edがプレゼンテーションやスピーチをうまく行うことに関しての動画を連続して発表しました。英語学習者にとって有益な動画だと思いますので、ここに情報を共有します。


How to communicate clearly

https://youtu.be/btWlBHE0pe4?si=7VKUcA8R9gDvYPlH


What’s the best way to give a presentation?

https://youtu.be/1sOgYNgq88E?si=MzgOvXx2TbXKT9cV


How to speak with meaning

https://youtu.be/PJKeLD-vMvo?si=GTw2Br6w3YJ4cH_1


What happens when you share an idea?

https://youtu.be/Z7bfPaTfU0c?si=O9k3nIis2DMeehix


2025/07/30

「「創造的破壊」の波に乗れ--英語教師の挑戦と責務」『英語教育2025年8月増刊号』 (pp.80-83)

 

この度、『英語教育2025年8月増刊号』 (pp.80-83) に以下の記事を掲載させていただきました。


「創造的破壊」の波に乗れ--英語教師の挑戦と責務


タイトルから、この記事の論点は明らかかもしれません。


  • AIの浸透は、既存の教育システムの破壊を伴う。
  • だがその破壊から、私たちはよりよい教育システムを創造しなればならない
  • AIの進化は大波のようなもので、誰も止めることはできないのだから、サーファーのようにその波に乗るしかない。


その上で、私なりに考える現代日本の英語教師の「挑戦」と「責務」について提言しました。

増刊号の他の記事にはほとんどなかった歴史的・社会的な視点から、それなりに尖った提言をしたつもりです。最後は昭和23年の中野好夫氏のことばを引用してまとめました。


ご興味があればお読みください。



なお、この増刊号は32名の英語教師・英語教育研究者のAIへの取組みがまとめられたものです。それぞれに個性が出て興味深いです。AI利用の成果の有無については、使いこなしだということがよくわかります。私としては小林良裕先生(豊島岡女子学園中学校・高等学校教諭)がp.28でご紹介されているような作業の自動化について今後勉強してゆきたいと思いました。AIは機械的な作業にこそ使うべきだと考えているからです。


ちなみに私は、英語圏での教育界におけるAI活用についてはSubstackで情報収集しています。技術情報でしたらX/Twitterでかなり得ることができますが、どう教師や一般人がAIを使いこなし、どうAIを認識するかといった点については、ある程度の分量の文章が掲載できるSubstackのようなメディアが便利です。


2025/06/21

ChatGPT登場半年後に私が考えていたこと:2023年『英語教育増刊号』(大修館書店)の原稿を転載


以下の原稿は、私が2023年の5月に執筆し、その年の夏の『英語教育増刊号』(大修館書店)に掲載していただいた「ChatGPTは孫悟空」という記事です。編集部の許可を得て、ここに転載します(ただし脚注は省略)。


記事の意図は、ChatGPTが登場して日が浅い頃でしたので、まずは比喩を使ってわかりやすくAIと人間の関係を説明するものでした。今読み返してみると、"Bard" といった懐かしい名前が出てきますが--Googleは "red alert" を経てよく盛り返したなぁ--、技術の確実な発展と引き換え、人間社会の対応はまちまちだと思います。これからしばらくは、技術的イノベーション以上に、ユーザーイノベーションによって、個人・組織・社会の競争力に大きな差が出てくると思います。


と、ついつい「競争力」という常套句を使ってしまいましたが、AIを使いこなすには、現存の制度にこだわらない、仏陀のような広く深い知恵が必要だというのは、比喩を使った下の記事に書いている通りです。記事の最後の「人間には、ChatGPTの可能性を凌駕するような広く深い知恵が必要だ。古くから人間はそういった知恵を宗教的想像力などによって構想してきた。そのような知恵を実装する社会づくりがAI時代の最優先課題になる」という考えは2年後の今も変わりません--というより、その思いは一層強くなっています。


ご興味があれば下の記事をご一読ください。

補記:ちなみにこの夏に出る『英語教育増刊号』(大修館書店)の新たなAI特集号にも、私は寄稿する機会をいただきました。今度は、激動する国際情勢の中で、日本の英語教師がもつべきAIリテラシーについて書きました。出版されましたら、こちらもお読みいただければありがたい限りです。



ChatGPTは孫悟空


ChatGPTを何に喩えよう?


ChatGPT は衝撃的だ。さらにChatGPTと同じような大規模言語モデル (Large Language Model: LLM) であるBingやBardなどが登場し、AIの利用可能性はますます増大している。「ホッチキス」や「ウォークマン」といった固有名は換喩 (metonymy) として、その製品のカテゴリー全般を代表するが、ここではそれに倣い、ChatGPTという名称を、LLM全般を表わす用語として使うことにする。


ある人々は、ChatGPTの登場をiPhone やコンピュータ・マウスの登場に喩えた。だが、電気の発明や火の発見に相当すると考える人たちもいる。ChatGPTのGPTとは “Generative Pre-trained Transformer”  という専門用語の略だが、実はGPTは “General Purpose Technology” (汎用技術)の略でもあると考えるからである。ChatGPTも汎用技術として電気や火のように人類史を変えるだろうという予測がその考えの背後にある。だが電気や火という喩えは巨大すぎてイメージしにくい。だからもっと具体的なものに喩えることにしよう。私の喩えはこれだ。「ChatGPTは孫悟空」。


孫悟空とは中国の空想小説『西遊記』に出てくる架空のキャラクターだ(漫画『ドラゴンボール』の主人公のことは今忘れてほしい)。孫悟空は、人・猿・神の性質を備えて超能力を発揮するが、単純でおっちょこちょいだ。『西遊記』は、日本では1978年のテレビ番組として有名になり、テレビ番組はその後も何度かリメイクされている。これらの番組で、孫悟空は三蔵法師が天竺に行くまでのお供をする。孫悟空は、筋斗雲・如意棒・分身の術を使いこなす[補注:「筋」は略字です]。筆者は今学期から大学の英語授業でChatGPTを、主に英会話訓練・単語学習・英語エッセイの添削と改訂の3つの分野で使っている。その経験から、ChatGPTはまさに孫悟空のように思える。



筋斗雲のように知識空間をかけめぐるChatGPT


 ChatGPTを音声での英会話訓練のために使うには、パソコンのChromeブラウザーにVoice Control for ChatGPTという拡張機能をつければ簡単にできる。筆者は上級者用と初級者用のプロンプト(=ChatGPTへの指示文)を作り公開している。上級者用は英語教師の自己研修のために使える。英語教師の多くは、表面的な会話はできても、話を深掘りする表現力がない。ChatGPTは、英語圏で知られている話題なら何でも対応できる。音楽でもスポーツでも経済学理論でも社会的問題でも何でも語りかけるといい。ChatGPTは筋斗雲に乗った孫悟空のように、英語で表現されている知識空間を自在に飛び回り、その話題に対しての詳細な情報を出しながら会話相手になってくれる。人間の英会話講師なら、学習者が勝手に選ぶ特定の話題をそこまで深く話すことはできない。また仮に何かの話題で学習者と興味が一致したとしても、学習者が次に選ぶ話題でも興味が一致するとは限らない。英語圏での知識世界を自在に飛び回り会話を成立させるChatGPTはまさに筋斗雲に乗った孫悟空である。

 初級者用のプロンプトは、中高生にも使える。ChatGPTがあまり話しすぎないように指示を出しているからだ。しかしChatGPTは、孫悟空のようにおっちょこちょいで、ついつい自分がペラペラしゃべってしまう。さらに英語圏であまり知られていない日本文化のことなどについては、知ったかぶりをしてデタラメを次々にしゃべってしまうことには注意が必要だ。



如意棒で自在に学習者の疑問に答えるChatGPT


 筆者は、所属校指定の単語集を使った語彙学習を、学生にChatGPTと対話することに任せている。学生は、単語学習用のプロンプトをChatGPTに入れた上で、自分が選んだ英単語について学びたいと告げる。ChatGPTは日本語よりも英語で対話した方が、はるかにパフォーマンスがいいので、学生には英語で対話するように指示している。学生のレポートを見る限り学生の質問や指示の英語は完璧ではないが、それでもChatGPTとの対話を続ける中で次第に学生は英語を使うことに慣れてきている。このあたり、ChatGPTは孫悟空と同じように完全な人間ではないので、学生も気楽に英語を使っているようだ。


 ここで特筆すべきは、学生が具体的な質問をすればするほどChatGPTが関連性の高い回答を出してくれることだ。まるで孫悟空が如意棒で自由自在に回答を示してくれるようだ。ある学生は(英語で)「なぜ一方で “in a circle”と言うが、他方で “in line”と冠詞なしで言うのか。 “in a line” と言ってはいけないのか?」と尋ね、ChatGPTとの対話をしばらく続けた。従来なら教師に遠慮して―あるいは教師の英語力を忖度して(苦笑)―尋ねなかったような疑問を学生はChatGPTにぶつける。それに対してChatGPTは如意棒でひょいと目的物を取ってくるように例文を示して解説をする。この例文生成能力も、多くの人間英語教師の能力を超えている。


 とはいえ、そそっかしい孫悟空は添削の見逃しもしてしまう。ChatGPTが問題ないといった英文に間違いが残っていることもたまにある。また、ChatGPTに「○○では駄目なのか」と執拗に尋ねると、実はChatGPTは誤る必要がないのに自分が間違っていたとしばしば謝る。英語教師は三蔵法師のように、そそっかしい孫悟空がしでかした失敗を見守らねばならない。



分身の術で教師のコピーを作り出す英語エッセイの添削と改訂


 英語ライティング指導で教師は添削に追われる。教師は学生の英文の語法(文法・句読点・綴り)の誤りを正した添削をしてそのポイントを提示する。だができれば文体的に改善した英文改訂案を出してそのポイントも説明するべきだ。さらには最後に励ましのことばも添えるべきだろう。これをすべて人力でやると、1人の学生あたり最低30分はかかる。実際の作業では疲れが溜まり、作業時間はどんどん長くなる。休憩時間も入れると、30分を人数分でかけた時間ではとてもすまない。これらのフィードバックを毎回・毎週やろうとすれば過労で健康を損ねかねない。


 だがChatGPTにプロンプトを入れると、これらのフィードバックが自動的にできあがる。数十人のフィードバックがわずかの時間で終わる。最初使った時、筆者は文字通り笑いが止まらなかった。まるで筋斗雲と如意棒で能力強化した教師としての自分を、分身の術で何十人にも増やしたようだ。筆者は、授業で学生にAIなしで英文を書かせ、その授業後にそれらへのフィードバックをChatGPTに作成させる。次の授業で学生はChatGPTからのフィードバックを吟味し、そこから学べたことや疑問点をレポートにまとめる。筆者はそれを授業後に読んで必要な助言を加えてその次の授業で学生に示す。このような人間の介入は必要だが、ChatGPTで教師は千人力を得る。高校生用のプロンプトも作ったのでぜひお試しいただきたい。



孫悟空には仏陀の知恵が必要


 以上、ChatGPTがなし得ることを孫悟空に喩えるという極めて非科学的な説明をした。比喩による説明は真面目な人には怒られそうだが、比喩にはある側面を強調するという長所がある。最後に孫悟空という喩えでさらに強調したい点を述べる。それは「ChatGPTは超能力をもつ、人間とは異なる別人格であり、その暴走を防ぐには人間の深く広い知恵が必要」ということである。孫悟空が人・猿・神の性質を備えているように、ChatGPTも人間に似ながら明らかに異なる思考・行動様式をもつ。孫悟空は、悪事を働けば頭に巻かれた輪を締め付けられたが、ChatGPTにも今後数々の規制が必要になるだろう。また孫悟空はある時、世界の果てから果てまで筋斗雲で移動したが、実はそれはすべてお釈迦様の手の上でのことだった。人間には、ChatGPTの可能性を凌駕するような広く深い知恵が必要だ。古くから人間はそういった知恵を宗教的想像力などによって構想してきた。そのような知恵を実装する社会づくりがAI時代の最優先課題になると私は考えている。



まとめ

★ ChatGPTは孫悟空のように超人的な能力をもっているが、少しおっちょこちょいなので、人間の監視が必要。

★ だがChatGPTに英会話訓練や単語学習の相手をさせると、学習者は自らにもっとも関連が深い学びをすることができる。英語エッセイの添削・改訂能力も驚異的。

★ ChatGPTがこれから教育界で善用されるためには、人間と地球にとって何が大切なのかを見極める人文的知恵が必要。


人間は出現頻度以外の言語の価値を復権できるのか?

  私がガメ・オベールさんの活動に注目し始めたのは2023年から2024年にかけてぐらいだとぼんやり記憶しているが(参考: 言語学習についての安直な学問化・科学化と在野の知恵について )、ガメさんは数ヶ月前から主な発表媒体を Substack に変えて以来、毎日、文章を掲載して...