2024/04/15

「AI活用型英語ライティング授業を行う大学教師の実践と構想」 -- 日本語話者は外国語の学習と使用においてAIの使い方を間違ってはならない

 

2024/04/14(日)に、『通訳翻訳ジャーナル』の「第12回つーほんウェビナー:翻訳者&専門家が大激論! 生成AIで良質な良質な翻訳はできるのか?」に登壇しました。登壇の理由は、私にとっての異分野の翻訳業界の方々とお話ができること、しかも発表は1人10分でそれに対して原則として20分の対話の時間が発表直後に設けられるのでいろいろ学べそうなことでした。

果たせるかな私にとってもとても面白く勉強になる対話ができました。主催者によると多くの視聴者を集め感想も好評だったそうです。


■ 対話から学んだこと


私がウェビナー対話から学べた主なことは次の3つにまとめられます。


(1) AIは心から学ぼうと思っている学習者には天使の助けとなり、無理やり勉強をさせられている学習者には悪魔の誘惑になる。

英語ライティングを例に取るなら、ChatGPTなどのAIは添削や改訂を即座に提示してくれます。しかも質問を何度しても嫌がらずに答えてくれます。本当に英語力を上げようとする学習者にとってはこれほどありがたい支援はありません。反面、英語を書くことを強制されている学習者にとっては、やる気の出ないその課題をこなすのにAIの助けを借りないようにするには相当な意志の強さを必要とします(そして人間の意志はそれほど強くはないものです)。

従来の「課題とテストでいかに学習者を管理するか」とう発想では、AIがますます日常化する時代の教育をまともに行うことは無理だと私は考えます。

以前から私はAIの普及によって学校教育の発想法とあり方は変わらなくてはならないと考えていましたが、今回のセミナーでその変化は私が考えていた以上にはるかに根底的なものにならざるをえないと考えを変えました。


(2) AIをもっとも有効に使いこなせる者はAIを利用しない生身の力が高い人であり、生身の力が乏しい人はAIを有効に活用できなかったり誤用したりしかねない。

少なくとも現時点でのAIはまだまだ誤った知識を提示することがあります。ChatGPTなどは大規模言語モデルですから、言語慣習(綴り・文法・文体など)では間違いが少ないですがそれでも皆無というわけではありません。そうなるとAIの出力を判断するにはある程度の高い知識が必要となります。

またおそらくそれより重要なことは、AIへの問いかけが具体的で要点をついたものであればあるほどAIの出力の質は向上するということです。適切な問いをするにも高い知性が必要です。そうなると「富める者はますます富み、貧しき者はますます貧しくなる」という格差増大が知性の分野でも生じることになります。

AIをある程度使いこなせるようになれるためにも、AIなしの学力をつけておくことが必須となります。「自分の子どもがAIを使いこなせるようになれればいい」という発想ではなく、社会の構成員すべてにAIを活用できるような教育を提供する必要があります。格差の拡大はさまざまな社会的軋轢をもたらすからです。そのためには上の (1) で述べた教育改革が必要です。


(3) AIの基盤言語は英語である以上日本語話者も英語を使いこなす必要があるが、反面、日本文化には英語に翻訳されていない知恵がある。だから、AIで日本文化を英語翻訳すれば日本は独自の知的優位性を有することができる。

AIの開発基盤は英語圏である以上、これからもAIを最大に活用できる言語は英語であるという状況は続くでしょう。すでにこれまで英語が有していた他の言語に対する優位性はさらに強くなったわけです。日本語圏に住んでいると「AIに助けてもらえばいいから、自分では英語を使わなくてもいい」といった発想がしばしば聞かれます。しかし英語の母語話者とそれ以上の数の非母語話者から構成される英語圏の発想からすると、「さらに英語が強力になったし、AIで英語利用が容易になったのだから、英語を使わない手はない」となるかもしれません。私は英語覇権体制に警戒心をもっていますが(https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/11/blog-post.html)、それでもこれ以上日本語話者の中で英語が使える者が少なくなると(そして英語のレベルが低くなると)日本の力が衰退してゆくと思わざるをえません。

「AIがあるから英語学習はいらない」ではなく「AIがあるから英語の学習も使用も容易になった」と考え、日本語話者もどんどん英語を使いこなして世界の動きのなかに参加することが日本にとっての重要課題だと私は考えます。

そして英語使用の中で、日本文化が有していながらこれまで英語に翻訳されていなかった(ということはAIのビッグデータにない)知恵を英語で表現してゆけば、それは日本語話者が世界のさまざまな問題を解決するにあたっての独特の優位性をもつことになります。私は日本文化の奥深さを信じています。




■ 予行演習録画


下にはいつものように講演の予行演習の録画を掲載しました。Part 1は私のAI活用実践で、このブログを以前から読んでいる方でしたら既知の内容です。Part 2は今回新たに加えた内容です。特にPart 2の長い付録は、つーほんセミナー本番では割愛した箇所ですので、セミナー視聴者の方も前からのこのブログの読者の方々と同様、多少は録画を楽しんでいただけるのではないかと思っております。


詳しくは録画をごらんいただきたいのですが、Part 2で私が強調したのは、以下のようなことです。


・日本は今再び「内向きの時代」になっているように思える(下の図を参照)。

・しかし少なくとも積極的に外国語での知見を日本語に翻訳することを続けないと、日本語は世界の現在と未来を語れない過去の言語になってしまう(一部のエリートが英語を使っても、翻訳文献が少なくなれば日本語圏の知力は全体として衰退する)。

・これからも日本語の力を保ちながら、日本在住・日本語使用者としての知見を積極的に外国語に翻訳していかねば日本の国際的な立場は弱くなる(逆に言うなら、上で述べたように、日本文化は外国語への翻訳によって世界に対して独自の貢献をする潜在的可能性を有している)。

・外国語からの翻訳および外国語への翻訳の量と質を向上させ日本語話者の知性を世界に通用するものにしつつ、日本語話者の外国語使用力を高めることが、これから予測される激動の世界情勢の中で重要。

・日本のロールモデルは、第二次世界大戦前は英国で戦後は米国だったと言えるだろう。しかし、これからのロールモデルは強力な国語を維持しつつ英語もどんどん使っているドイツやフランスではないだろうか。

・もちろん日本語は、ドイツ語やフランス語よりも英語との言語距離が遠いので、日本語話者の英語習得は容易ではない。だがその困難の打開に使えるのがAIである。日本語話者は外国語の学習と使用においてAIの使い方を間違ってはならない。





講演のスライドはここからダウンロード



Part 1



Part 2


このような有意義なウェビナーを可能にしてくださった主催者と他の登壇者そして数多く参加し、登壇者の士気を高めてくださった視聴者の皆様に改めて感謝します。


追記(2024/04/16)
事務局から参加者の感想一覧をいただきました。私の予想以上にこのウェビナーは好評だったようです。
その感想と私の見解を加えた上で今回の成功の要因を分析すると以下のようなことが考えられます。
  • 登壇者の異なる背景:翻訳者・ツール開発者・教育者などの異なる背景をもつ者が対話したので広い観点から語れた。
  • 多い対話時間:対話の時間を発表直後に、発表時間の2倍取れたので話を深めることができた。
  • 登壇者同士の信頼関係:ウェビナーの打ち合わせの段階でいろいろ話ができ、お互いに信頼関係を築けたので率直な話ができた。
  • 指定討論者の存在:質問専門の指定討論者がいて、かつその方の見識が広く深かったので対話が豊かになった。
ただ時間がなく、登壇者のスライドをめくるスピードが早かったし語り方も早口だったといったご批判はいただきました。ですが、これらについては参加者特典の当日録画再視聴で補っていただけたらと願っております。

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