2020/12/17

『若林俊輔先生著作集3』


一般財団法人・語学教育研究所が刊行を進めている『若林俊輔先生著作集』の第3巻をこの度入手することができました。


最近でしたら、「若林俊輔」という固有名詞を聞いても何のイメージもわかない人がほとんどかと思います。しかし、この著作集は、その若林俊輔先生 (1931-2002) が英語教育について語ったことばが忘れられず、その後のそれぞれの英語教師人生の糧となっている人々が、若林先生のことばをまとめあげている著作集です。


これを懐古趣味と切って捨てるのは、あまりにも単純で思慮のない行いでしょう。実際、この本をパラパラと読むだけでも、「なるほど」、「言われてみれば、確かにその通り」と思われる洞察がたくさんあります(勤務校での学生のリスニング力向上について考え続けている私としても、参考になる箇所が多々ありました)。


若林先生のことばが今でも貴重なのは、さらに言うなら、ひょっとしたら英語教育研究なるものは、次から次に新しい学術用語や研究方法を生み出しそれらを消費し続けているだけだからかもしれません。この業界のことばは、実は教育の営みの深いところにある事柄を十分捉えきれていないのではないでしょうか。だからこそ、古くは1960年代に書かれたことば--とりわけ学術的であろうとしていない平明なことば--が、現代の私たちの心を捉えるのかもしれません。人文系であるはずの英語教育関係者は、科学的装いをまとったことばには習熟しても、深いレベルで人間を納得させることばをまだまだ開拓していないのかもしれません(このような駄文をブログに書く人間も含めて)。


直接に謦咳に接することがなかった私の推測にすぎませんが、若林先生は人格をかけてことばを発していたように思います。学生との口頭での対話でも、エッセイの1つのことばの選択にせよ、若林先生は、無難なことばでお茶を濁さず、常に、自分がもっとも納得し、相手にどうしても伝えたいことばを選ぼうとしていたのではないでしょうか。


英語教育に関する知の主なものは、科学知というより人格的知識 (personal knowledge) であると私は考えています。人が生きてゆく中で、自らのあり方・生き方・人となり(=人格)をかけて実践することではじめて獲得できる知です。その人の身体に染み込み根本的な価値観を形成する知です。社会的・歴史的・文化的文脈の中の葛藤から発揮される知です。逆に言うなら、抽象的伝達や客観的・対象的 (objective) な記述・説明が原理的に不可能な知です。仮に記述・説明・伝達したとしても、その明証的なことばは、実践の中の暗黙知と統合されなければ意味をなさない知です。


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研究論文執筆にしか興味がない人はともかく、英語教育の実践にそれなりに取り組んでいる人は、そういった人格的知識の理解と獲得を実は求めているのだとしたら、若林先生などのことばがこのようにしていつまでも大切にされていることが少しは説明できるように思えます。


この著作集は一般書店では販売されず、入手は一般財団法人・語学教育研究所を通じて可能だそうです。『著作集3』でしたら1冊1200円です。


一般財団法人・語学教育研究所

https://www.irlt.or.jp/modules/bulletin/



若林先生をまったく知らない若い世代の人が、この著作集のことばと現代の英語教育を語ることばを比較検討してみれば、面白い卒論や修論になるかもしれません。


ご興味のある方は上記ホームページを御覧ください。


「転換期の大学言語教育 -AI翻訳とポスト・コロナへの対応-」(Zoomウェビナー 2021/12/4-5)

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