2020/12/22

今井むつみ (2020) 『英語独習法』岩波新書


いい本に出会いました。日頃学生さんに英語の学び方を解説する私にとっては非常に役立つ本です。その意味で、英語教師・英語教師志望の方々にはぜひお薦めします。また、自らの英語力を(CEFRでいうならB2やC1のレベルまで)高めようとする方々にとっても、格好の学習の指針となる本だと思います。高い能力を求めるなら、よい師を選ばねばなりません。この本はきっとよい師となるでしょう。


類書が数ある中で、私がこの本を評価するのは、著者もいうように、この本が合理的な英語学習法を提案するだけでなく、その理由としくみを解説しているからです。さらには、著者自身が日々英語を学び続け、高い英語力を有しているからです。


理論のない、体験談に基づく英語学習論を提示する人は、しばしば自説の第一の信者となってしまい、バランスを欠いた助言をしてしまいます。逆に理論はあっても、自らの英語力が中途半端な人は、現実離れした論やピントのずれた主張を展開しがちです。


この点、この本の著者は、認知科学・言語心理学・発達心理学の第一人者であり、かつ高い英語力をもった方です。著者の英語力は、この本の数々の英語例文の選択センスの良さや、007の『スペクター』が気に入り何度も「熟見」しているうちにすべての台詞が頭に入ってしまったというエピソード (pp. 157-158) などに示されています。そんな著者の論説は非常に説得力があります。


英語学習の理由としくみを説明する中で、著者が強調していることは、自らが関心も注意も向けていない現象、あるいは自らの「スキーマ」(認知的枠組み)ではとらえがたい現象は、いくら見聞きしても理解も記憶もしにくいということです(その極端な例の1つは "the invisible gorilla" でしょう)。


英語学習に即した例として解説されている1つの例は、英語の<様態動詞+前置詞>という構文スキーマです。このスキーマは、日本語には存在しないので、 日本語を母語とする英語学習者は、"A bottle floated into the cave."などとはなかなか言えず、ついつい "A bottle entered the cave, slowly floating."などと表現してしまいます。 (pp. 60-61)


こういった人間の学びの特性を踏まえた上で、どう英語を学ぶべきかという点については、ぜひ本書をお読みください。


日頃、英語ライティングを教えている私としては、上のようなスキーマ、あるいは可算名詞・不可算名詞の区別といったスキーマを学習するために有効な方法の1つは、瞬時に発話をするスピーキングではなく、考えて書くライティングだという主張 (p. 170) には我が意を得た思いでした。


今期、私はあるクラスでこれまでに学生さんに9回英語エッセイを書かせ、文法・文体・ストーリーテリングの観点からそれらすべてのエッセイにフィードバックを書面と口頭で加えました。そのクラスの学生さんからは、「この授業を通じて、外国語を学ぶとは母語について学び直すことでもあることを強く感じるようになった」とか「最初に英語に接した新たな感覚を思い出してきた」といったコメントをもらっています。英語学習は「とにかくトレーニング!」でなく、大きな認知的な原理を理解しながら、新たな感覚を身体に染み込ませ、新たな直感を獲得することだと私は信じていますが、この本からもそういった言語学習観が強く提示されています。


古典的な認知科学の枠組みに囚われた研究者は、とかく明確に表象 (represent) できる対象だけを取り上げ、実践へのアドバイスでもそういった対象についてしか語らないことが多いものです。しかし、先程述べたように理論面でも実践面でも超一流の著者は、「『頭の知識』を『身体の知識』にしなければならない 」(p. 163) や、「感覚と直感を磨くことが大事」 (p. 194) などと明言します。以下のような実践者の語り、実践の認識論、情動などの身体的側面を重視する神経科学などに説得力を覚える私としては、この本が感覚や直感や身体といったことばを使ってうまく外国語学習をしていることに大きく力づけられました。


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もう1つこの本の優れている点をあげるなら、最近の英語学習のためのオンラインツール(ほとんどのものは無料)を駆使した学びを例示していることです。これらのツールの中には私も知らないものがありましたので、私は早速ブラウザーにブックマークして、これから日々の英語使用・英語学習の中で使おうと思っています。


かつては何千円もした英英辞書などが無料でオンラインで使えるようになったことは私などにとってはいまだに衝撃で、オンライン英英辞書を私は毎日使っていますが、この本で紹介されたツールはそれら以上の衝撃や影響を今後私にとっても与え続けるかもしれません。これらの新しいオンラインツールを自ら使いこなすと同時に、学生さんにもこれらの使い方を指導し、どんどんと英語を自ら学ぶ習慣を身につけてもらおうと思っています--そのためには、英語を日本語を通じてではなく、英語を通じて学ぶことを今まで以上に指導しなければなりませんが・・・


その他、この本は、「探究実践編」として英語例文・練習問題を多く掲載しています (pp. 198-257)。これらの問題を簡単に解くための「感覚」や「直感」をもっているかどうかが、英語を知的世界で実際に使いこなせるかどうかの目安の1つになるでしょう。このセクションにも見られるように、この本は、単に英語学習についての抽象論を展開しているだけの書ではありません。


この本は、質の高い例文提示を通じて、英語(外国語)学習の方法と原理を解説する良書です。安直なダイエット本を求めるように「これさえ読めば、英語ができるようになる」ことを欲している人には薦められませんが、英語習得のために必要な合理的な努力を厭わない人には強くお薦めします。


日頃読書の習慣がない高校生や大学生には、本書の記述が少し難しく思える時もあるかもしれませんが、その時は「こういった日本語の説明をきちんと理解することが英語習得のためにも必要な一段階である」ということを自分に言い聞かせて読書するべきでしょう。


冒頭に述べましたように、英語教師・英語教師志望者と、高度な英語力獲得を目指しているすべての方々に薦めたい良書です。私もこの本を参考にして、本日より気持ちを新たに英語の使用・学習・指導を統合的に行ってゆくつもりです。



追伸1

この本では英語の映画をじっくり何度も見て、英語を身につける方法(「熟見」)を解説しています。私もこの方法で楽しみながら英語を身につけることがある程度できたと思っていますが、この本には書かれていない方法を1つここで書いておきます。


それは、日本語の吹き替え音声を聞きながら、英語字幕を読むことです。映画を使って英語を身につけるためには、最初、日本語字幕で見て内容を確認した後、何度も英語字幕を見ながら英語音声を聞いて映画を見ることが有効です。しかし、そうやってある程度、英語の音声を覚えたら、今度は字幕は英語にしたまま、音声を日本語吹き替えにするわけです。


日本語の吹き替えは口頭言語ですから、書記言語である日本語字幕に比べてはるかに表現が自由です。多くの語数をしゃべれますし、吹き替え声優の力量で、日常語や俗語なども絶妙のイントネーションで表現できます。日頃私たちが使っている日本語に限りなく近い表現です。その日本語音声を英語字幕と重ねると、「そうか、こういう気持ちの時には、こう英語で短く表現できるのだ」と次々に翻訳に関する洞察が深まります。


近年私は忙しくて時間がなくなったのと、時間があってもその時には体力が残っていなかったりで(苦笑)、映画を見る習慣をすっかり失ってしまいました。ですが、この方法は若い時にやって本当に勉強になりました。感性と体力に恵まれた若い人には、「遊び半分」の英語学習としてお勧めします。いやいややらされる無味乾燥の「勉強」よりも、はるかに英語が身につきます。



追伸2

この本は著者の以下の三冊の新書のテーマ(言語と思考の関係、ことばの発達、学びと教育)のちょうど真ん中に重なる書だそうです。(pp. 205-206) 私も以下の三冊を改めて読もうと思います。






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