この度、縁をいただいて、笹島茂・宮原万寿子・末森咲・守谷亮編(敬称略)の『英語授業をよくする質的研究のすすめ』(ひつじ書房 2023年)に次の論考を掲載していただきました。
「英語ユーザーへのインタビュー」の経験から
pp.92-97
この論考は、私が下のインタビュープロジェクトを遂行する中で考えた質的研究と量的研究の根本的な発想の違いについて短くまとめたものです。
京都大学自律的英語ユーザーへのインタビュー
https://www.i-arrc.k.kyoto-u.ac.jp/english/interviews_jp
論考の背後には、ウィトゲンシュタイン哲学やホワイトの歴史学の考え方があります。キーワードは、「多様性」「家族的類似性」「歴史的叙述」「相互作用し合う主体」です。
関連記事
ウィトゲンシュタイン『哲学的探究』の89-133節の個人的解釈
https://yanase-yosuke.blogspot.com/2021/03/89-133.html
ヘイドン・ホワイト著、上村忠男監訳 (2017) 『実用的な過去』岩波書店 Hayden White (2014) The Practical Past. Evanston, Illinois: Northwestern University Press.
https://yanaseyosuke.blogspot.com/2018/03/2017-hayden-white-2014-practical-past.html
なお、この論考をさらに展開した立論は先日、日本英文学会のシンポジウムで発表しました。
「英語ユーザーへのインタビュープロジェクトの実践から」
(日本英文学会第95回大会シンポジウム)の解説動画とスライド
https://yanase-yosuke.blogspot.com/2023/05/95.html
以上、自分の宣伝ばかりが続きましたが、この『英語授業をよくする質的研究のすすめ』は、初学者でもわかりやすく読めるように編まれた本です。
笹島茂・宮原万寿子・末森咲・守屋亮編
『英語授業をよくする質的研究のすすめ』
ひつじ書房ホームページでの解説:
https://www.hituzi.co.jp/hituzibooks/ISBN978-4-8234-1188-5.htm
Part I 「質的研究の背景と英語教育」 (pp.2-33) は、質的研究についての素朴な15の疑問を見開き2ページで手短に解説しています。
Part II「質的研究リサーチ方法」(pp.34-86) も見開き2ページの構成を引き継ぎ、25の観点から質的研究の方法について解説します。これだけ多くの観点があるのは質的研究の方法が「多様で複雑」であり、「単に手法だけを真似してもうまく行かないことが多い」からです。質的研究では「リサーチ方法の基本をもとに、自分自身で考える必要」があります。 (p.34)
とはいえ質的研究の方法は秘教的なものではありません。「質的研究のリサーチ方法は、人類が始まってからずっと営んできた学習の中にすでに多くのヒントがあります」とも著者は述べます。(p. 35) --私はしばしば一般書のルポルタージュを読んでいて、むしろ研究者はこのような叙述にもっと学ぶべきではないかと思ってしまいます。最近では北尾トロ (2023) 『人生上等! 未来なら変えられる』の内容だけでなく叙述スタイルも面白く読みました--
Part III「質的研究の実践例」(pp. 88-148)では拙稿も含めると7つの実践例が報告されています。個人的には末森咲先生や守屋亨先生といった若い世代の報告に共感しました。末森先生は、「博士論文に取りくんでいた期間は、最初から最後まで先が見えず、何一つ確信が持てない状態でした。目的地は決まっているけど、そこまでの道のりが全く記されていない、白紙の地図だけが手元にあるような感じでした」 (p. 109) と述懐します。守屋先生は、「周囲に自分の研究の話をしてもどこか話が噛み合わずに何度も首をひねられ、自分は研究に向かないのではないかと、己の未熟さと不甲斐なさに涙したこともあります」 (p. 114) と吐露します(言うまでもありませんが、もちろんお二方とも後日きちんと自分なりの質的研究を打ち立て、周りにも評価されています)
この本には資料として、英語論文例と用語集が付け加えられていますが、特に前者は有用です。
英語教育(あるいは日本語教育)でこれから質的研究を始めようとしている人、または始めたものの迷い続けている人には、この本はよいガイドになるかと思います。
追記
JACET言語教師認知研究会(質的研究コンソーシアム)では、「英語授業をよくする質的研究のすすめ(仮)」というテーマでシンポジウム(ハイブリッド形式開催)を計画しているそうです。現時点での予定は以下の通りですが、正確な情報は近日中にJACET言語教師認知研究会が行うだろうアナウンスで確認してください。
日時:9月30日(土) 14:00-17:00
会場:青山学院大学青山キャンパス総研ビル8階第11会議室
関連記事
北出慶子・嶋津百代・三代純平 (2021) 『ナラティブでひらく言語教育』
https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/03/2021_24.html
「人が他人の心を知ることができるのか」という難問、および再帰性 (reflexivity) と省察 (reflection) の違い
https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/03/reflexivity-reflection.html
八木真奈美・中山亜紀子・中井好男 (2021) 『質的研究を考えよう』(ひつじ書房)、および意味概念と物語概念のまとめ
https://yanase-yosuke.blogspot.com/2022/03/2021.html