2020/09/07

SSH (Super Science High Schools)の生徒さんと教員の皆さんのために書いた2つの文章


私はある地域のSSH (Super Science High Schools)の指導助言者となっております。ご存知の方も多いでしょうが、SSHとは、「先進的な理数教育を実施するとともに、高大接続の在り方について大学との共同研究や、国際性を育むための取組を推進」する高校です。

とはいえ、私は自然科学については素人です。ですから私は、指導助言者の唯一の人文系として、もっぱら英語使用および言語使用一般の観点から発言するようにしています。

以下の2つの文章(「SSH校にお薦めしたい7冊の本」と「ストーリーについて」)は、そのSSHの関連で今年度前半に書いた文章です。税金を投入しての公共性の高い事業ですから、ここにも掲載することにしました。



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SSH校にお薦めしたい7冊の本


1 はじめに

 私は、SSHに指定された3校に共通する課題として、「広い視野をもち、広い層に向けてわかりやすい発信を行える人材の育成」があると総括しました。

 私は、文系理系さまざまの学部の一年生に一般学術目的の英語 (English for General Academic Purposes: EGA) のライティングを教える立場にあります。ここでは、その経験を活かしつつ、「広い視野」と「広い層への発信力」の観点、およびより発展的な観点から、SSH校の教師と生徒にお勧めしたい7冊の本を紹介します。


2 広い視野をもつために

 科学におけるトップ層だけを伸ばすのでなく、全校生徒を巻き込んだ試みを行うことは、科学的リテラシーをもち科学技術を社会的に支援する指導者層を生み出すためにも重要なことだと考えます。科学が狭く特殊な問題意識をもった人だけのものではなく、究極的にはすべての人々と地球・宇宙環境に影響を及ぼす人類的な営みであることをすべての生徒が理解することが望ましいでしょう。

 そのためには、そもそも「科学的な研究とは何か」という根源的な問いについて一度は考えるべきかと思います。そこで私としては以下のような本を学校に常備し、SSHを支える教員そしてSSHで意欲的に伸びようとしている生徒が、それらを読めばいいのではないかと思います。受験勉強的な意識とは異なる新しい意識で、SSH、理科系科目、ひいては学校での学び全般を捉え直すことが目的です。


(1) ウェイン・ブース、他 (2018) 『リサーチの技法』ソシム

(2) 宮野公樹 (2015) 『研究を深める5つの問い』講談社ブルーバックス


 (1) は全米で70万部以上売れているロングセラーがようやく日本語化されたものです。この本は、(研究することを)「なぜ書かなくてはならないのか」、「どうやって読者と会話するのか」、「『それがどうした』と言われない研究課題をどうやって見つけるのか」、「良い議論とはそもそもどんなものなのか」といった研究に関する根底的な問いのレベルから研究を指南する良書です。原著の The Craft of Research の英語も平易なので、意欲ある教師と生徒で原著の読書会を行っても面白いかもしれません。

 (2) はもっと現代の科学のあり方に即した本ですから、より科学に興味をもつ生徒向けと言えるかもしれません。科学が高度化するにつれ、科学を学ぶ者もどうしても自分の専門以外の知の営みに興味をもたなくなりがちです。しかし現代の多くの問題は、異分野の人間が協働しないと解決できないものです。そうなると、若い世代は、これまでよりももっと斬新で柔軟な研究を志向してもいいのではないでしょうか。少なくとも高校時代ぐらいはは野心的な夢をもつことが許されるはずです。こういった本の読書が若い世代の固定観念を破ってもらえればとも思います。


3 広い層に向けて発信するために

 狭い専門分野を越えた隣接分野、ひいては異分野、究極的には科学に興味をもつ一般市民にも自分の研究内容を伝えようとするなら、研究者は自分の研究内容を「ストーリー」にする必要があります。


(3) ランディ・オルソン (2018) 『なぜ科学はストーリーを必要としているのか』慶應義塾大学出版会


 (3) は、ハーバード大学で生物学の博士号を得て、ニューハンプシャー大学の教授として終身在職権(テニュア)を獲得したものの、さまざまな理由から映画界に転身し、今は大学・企業・政府機関などで効果的なプレゼンテーションを教える作者が「ストーリー」の力について解説した本です。やや分厚いのでまずは教員が読むべきかもしれませんが、この本の趣旨を理解した者が、「AAA (And, And, And) でも DHY (Despite, However, Yet) でもなく ABT (And, But, Therefore) で話の流れをつくろう」と説けば、この呪文のようなABTという文字が、プレゼンテーションの構想を練る際の一大指針となるでしょう。

 次に、広い層への発信を、英語による発信と置き換えます。やはり、科学者にとって英語は非常に重要であり、語学はできるだけ若いうちから鍛えておくことが一般的には望ましいからです。また、正確でわかりやすい英語を書く・話すための努力の多くは、効果的に日本語を書く・話すことへ転用することができます。以下の本などを読むことは、使用言語を問わない発信能力の向上につながると思います。


(4) 杉原厚吉 (1994) 『理科系のための英文作法』中公新書

(5) 遠田和子 (2018) 『究極の英語ライティング』研究社

(6) ヒラリー・グラスマン-ディール (2011) 『理系研究者のためのアカデミックライティング』東京図書


 (4) は、複数の文のつらなりである「談話」について、どう工夫してわかりやすい英文を書くかについて指南した本です。主な観点として「道標」、「句・節の階層構造」、「新旧情報」、「視点」が挙げられています。また、この本の知見は、以下の2冊よりも特に日本語にも転用可能です。

 (5)は、「大人の英語」を書くための英語です。私が教える大学一年生のほとんども、受験の英作文問題で減点されないため、できるだけ簡単な単語と文法で英語を書く癖を身に着けています。しかし、そのような英語は、知的に未成熟な英文にしか見えず、学術目的のための英語としてはふさわしくありません。また、日本語の影響を帯びた英語をよく書きますから、その英語が英語話者からすればとても読みにくい英文になってしまうこともしばしばです。そこで私も (5) に示されているような原理・原則を教え、大学生に、知識人としてふさわしい英語が書けるようにしています。(5) は、日本語、日本語の影響が強すぎる英訳文、英語話者にとって読みやすい英文の3つを連続して示してくれますから、非常にいい自習本になります。日本の高校の英語教科書は、ほとんど話しことばと書きことばの区別をしていません。高校生は難関大学の入試問題では書きことば(さきほどの言い方なら「大人の英語」)に接しますが、問題意識がほとんどないので、書きことばで書くことがなかなかできません。これから科学を通じて、世界の多くの人と、複雑な事象を簡潔に伝え合うことになる若い人にはぜひ読んでもらいたい本です。

 (6) は、題名を原著題名 (Science Researcher Writing: For Non-Native Speakers of English) により忠実な『英語が母国語でない科学者のためのライティング』とでもすれば、この本を必要としているもっと多くの人のもとに届くのではないかと思われます。時制、受動態・能動態、冠詞、副詞といった文法項目が、科学論文でどのような機能を果たしているかを解説しているので、世界の中でもまだ比較的文法知識が正確な日本の英語学習者は、この本から多くを学べるかと思います。とはいえ、前の2冊よりも高度な内容を扱っていますから、この本はまずはSSHに関連する英語教員が読むべきかもしれません。



4 さらに可能性を広げるために


 優秀な高校生の進学先に、海外の有名大学が入ってきたことを考えると、高校生のうちから、海外で活躍するとはどういうことかを予め知っておくことは重要になってくるかと思います。


(7) 増田直紀 (2019) 『海外で研究者になる』中公新書


 (7)はイギリスで活躍する日本人研究者が、自分の体験および、同じく海外で活躍する17名の日本人研究者の体験をまとめたものです。意識の高い高校生がこういった本を読んでおくと、将来の可能性も広がるでしょうし、仮に結局は海外には渡らなかったにせよ、今後の日本社会のあり方を見直すためのよい刺激となると思います。


 その他に、本ではありませんが、ぜひ高校生にもっと浸透してほしいのが次の無料サイトです。


Khan Academy

https://www.khanacademy.org/


 このサイトは、幼稚園から高校までの多くの科目の学習項目について説明した英語動画を提供しています(練習問題もたくさんついています)。英語で数式をどう読むかなどは、頻繁にそういった話題において英語を使わなければなかなか身につかないものです。高校生にとって内容的には簡単な小学校や中学校レベルの数学や理科の英語動画を高校生が何度も視聴することにより、「なるほど、英語ではこのように言えばいいのか」ということがわかるでしょう。高校レベルの数学や理科にチャレンジすれば、日本とは異なる説明法にも出会うかもしれず、それらの科目のレベルも深まるでしょう。最近、TEDを知る高校生は増えてきましたが、それに比べてまだKhan Academyの知名度は高いとはいえません。ネット環境と意欲さえあれば、Khan Academyで多くを学ぶことができ、その学びがさらなる可能性への切符となります。日本でも、もっと多くの高校生がこのKhan Academyを活用してほしいと願っています。


 以上、広い視野、広い層への発信力、さらなる可能性の3つの観点から、7冊の本(そして1つのサイト)を紹介してきました。これらをすべての高校生に求めることは現実的ではないかもしれませんが、意欲と興味をもつ高校生には、このような教科書を越えた世界を示し、「高校」や「日本」の常識を外れた知性を育てるべきではないでしょうか。日本の科学レベルを上げるには、より高い可能性を、より多くの高校生に示すことも重要だと考えます。




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ストーリーについて


1 高校生の皆さんへ

 趣味と研究はどのように異なるのでしょうか--趣味はあくまで個人あるいは特定の少人数集団で行う私的な営みです。しかし、研究は、広く学界ひいては一般市民に関わる公共的な営みです。だからこそ研究には税金が投入されます。

 たしかに趣味も研究も、その始まりは同じかもしれません。ある人の強烈な興味・関心です。しかし、そこから始まる調査や実験を研究にするには、その興味・関心が重要なテーマであることを、少なくとも同じような研究をしている仲間(=学界)に、可能ならば一般市民にも、うまく説得しなければなりません。その説得を行うのが、研究計画書(プロポーザル)であり、研究論文のイントロダクションです。趣味人としてではなく、研究者として振る舞うには、研究計画書やイントロダクションで、自分の研究について説得力あるストーリーを書けなければなりません。

 読者を引き込むストーリーの書き方の原則の1つはABT (And, But, Therefore) の接続詞を使って文章を構成することです。(オルソン 2018)「説明方法And先行研究But問題点の提示Therefore本研究の提示」という流れでストーリーを展開します。


背景説明:研究テーマに関する一般的知識などを一般読者と共有する

AND

先行研究:研究テーマについて、どこまでが先行研究で判明しているかを一般読者に伝える。

BUT

問題点の提示:先行研究で解明されていない点があり、その解明が重要であることを一般読者に理解させる。

THEREFORE

本研究の提示:自分の研究の目的(リサーチクエスチョン)・仮説・方法を読者に提示し、読者に自分の研究を読みたい・聞きたいと思わせる。

ABT方式で大切な点は、Andで一度読者に「そうだね」と首を縦にふらせた後、Butで読者に「えっ」と驚かせて首の動きを止めることです。さらにその後にThereforeで問題点を解決する自分の研究を提示して、「なるほど、なるほど」と読者の首を大きく縦にふらせることです。読者の感情に波を引き起こして、自分の研究の重要性を共感してもらうことがABT方式の1つのねらいです。

これに対して、間違ったことは決して書いていないのだが、読んでもあまり興味を惹かれない書き方がAAA (And, And, And) の接続詞でつながれた文章です。(前掲書)1つの例は「個人的動機And先行研究And目的・仮説の提示And方法論の提示」です。


個人的動機:一般読者には意義がよくわからない個人的な興味・関心を述べる

AND

先行研究:とりあえず自分が読んだ研究について報告するが、その研究と自分の研究の関連性が示されていない。

AND

目的・仮説の提示:自分の研究の目的や仮説を述べるが、読者はその目的や仮説の研究上の意義や社会的重要性がわからない。

AND

方法論の提示:実験や調査の具体的な手順などが述べられるが、読者はもう既にほとんどの関心を失っている。


AAA方式では、発表者が読者の心理を考えずにひたすら自分の観点から話を続けるので、読者は、「はあ。そうですか。で、それがどうしたのですか?」となってしまいます。「で、それがどうしたのですか?」は英語では "So what?" ですが、このことばを読者に言わせないことが、科学者にとっても必要です。

皆さんは、自分の研究計画をABT方式のストーリーで語ることができるでしょうか?それともAAA方式で、ただダラダラと話してしまうだけでしょうか?

とはいえ、いきなり誰でも最初からABT方式でストーリーを作れるわけではありません。最初はAAA方式でかまいません。しかし、研究を進めるにつれ、いろいろな人に話を聞いてもらいながら、ABT方式のストーリーを練り上げてください。

「私はあくまでも科学に興味がある理系だ。ストーリーなどは文系の仕事だ」と思っている人もいるかもしれません。しかしどんなにいい研究も、他人に興味をもってもらえるような形で論文にしなければ学界で認められません。多くの人の関心をひく形で研究計画書を書かなければ研究予算が取れず、研究すら開始できません。趣味人でなく研究者として科学を行うならストーリーを語る技術は必須の技術です。そしてこの技術は、いったんコツを掴んだらそれは生涯に渡って行使し発展させることができることです。ぜひ高校生のうちからストーリーの語り方にも興味をもってください。


参考文献

ランディ・オルソン (2018) 『なぜ科学はストーリーを必要としているのか』慶應義塾大学出版会

Randy Olson (2015) Houston, we have a narrative. University of Chicag Press.


2 関係教員の皆様へ

上でも少し言及しましたが、私は前から研究計画書の「動機」という項目名が気になっていました。「動機」と書かれると、高校生はどうしても個人的な目線でしか物を考えなくなります。私としては、これは「背景」とするべきかと思っています。

もっとも高校生という発達段階を考えるとここはあえて「動機」としておくという教育学的判断ももちろん十分可能です。しかし、その場合は、最終発表に向けて、私的関心を公共的関心に変える指導が必要かと思います。



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